|
さて、泣けるCMの後は、泣けるお子様向け文部省推薦映画です。
皆さんは小学校か中学校の体育館などで「父ちゃんのポーが聞こえる」をご覧になったことはおありでしょうか?
これは松本則子という実在の少女の詩集『父ちゃんのポーが聞こえる』が映画化されたものです。
松本則子さんは現代の医学で不治の病、筋肉が萎縮してしまうハンチントン舞踊病という病気に冒され、21歳の若さで亡くなりました。
映画は1971年作、少女・松本則子に吉沢京子、その父に小林桂樹が扮しています。
もともと元気な少女が、ふとしたことから足がもつれて転びやすくなり、段々歩けなくなり、立てなくなり、寝たきりとなり・・・そんな病気の進行中、絵を描くことを通して知った初恋。そして死に直面しながらもSLの機関士の父親との心の交流。そして死。けなげに1日1日を生きようとする則子の物語です。
ただ、彼女が独りぼっちの病室で誰に気づかれることなく亡くなるシーンは、あまりにかわいそうで胸が締めつけられ、また父親の号泣シーンはさそい涙を禁じえません。
まさに全米が泣いた・・じゃない、日本列島が泣いたという感じです。
私はこの映画を中学のとき体育館で1回、大学のとき大田区蒲田の場末の映画館で2回、計3回観ています。
ある夏、大学の映画好きの友人Aが私のアパートに泊まりに来て飲み明かそうという日がありました。
私:「おいAよ、その前に、夏休み子供劇場3本立てがあって、夜の最終の3本目だけ見に行こうっ!」
A:「ええ〜っ、なんで子供向けB級邦画なんか・・別に見たくもないし・・」
私:「泣けるぜ」
A:「アホくさっ!そんなガキンチョ向け文部省推薦映画なんかで泣かないって」
私:「ま、いいからいいから・・感動したらおごれよ」
・・・と無理に誘い蒲田の場末の映画館に入ったのでした。
夜だったためか、客は私たちを除いて5人ほどしかいませんでした。
そして上映。そして終了。
スクロールテロップが流れたとき、さっさと席を立とうとする私。
しかし・・・友人Aは席を立てません。
彼の目は・・・あれほどバカにしていた彼の目からは・・・大粒の涙がとめどなく溢れていたのです。
私:「・・・だから言っただろう?今夜の酒はオマエのおごりだからな・・」
ちなみに「Goo映画」からあらすじをパクリました。さわりではなく全文ですのでご注意ください。
蒸気機関車の運転手杉本隆は、やがて、二度目の妻初江を迎えようとしていた。長女恵子、次女則子も、父の選んだ人だからと心よく承知して、その日からまた、親子四人の平和な暮しが始まった。
だが則子はちょっとしたはずみでよく転び生傷がたえなかった。そのことを心配した隆は、則子を連れて金沢の鉄道病院を訪れ、偏平足が原因と聞かされ安心して帰ってきた。しかし、学校での則子は、他の生徒と一緒に勉強ができず、市民病院の中にある、肢体不自由児が治療しながら教育を受ける「こまどり学園」に移された。
学園に移ってから、何かと沈みがちの則子をやさしく指導する元橋先生の努力で、彼女は日ましに元の明るさを取り戻していった。そんな則子を隆はたびたび訪れ、励ました。則子も、何より父の訪問を喜んだが、その父も、近い将来蒸気機関車が姿を消し、気動車に変るためしばらくの間名古屋の鉄道学園に学ばなければならなかった。父が名古屋に行っている間、吉川道夫たちが絵の指導に来るようになった。絵具を手につけて困っている則子の手を道夫はきれいに拭いてくれた。則子は、生まれて初めて父以外の男性にふれられ、秘かに胸をはずませた。則子は次第に絵を描く楽しさを覚えるようになった。その頃、則子のカルテには、ハンチントン舞踏病と記入され、則子のような重症患者のための治療設備がないために、人里離れた越山療養所に移ることになった。
則子は隆におんぶされ、想い出を胸につめるように機関車を見て歩いた。さみしいがらんとした療養所の個室で、隆が線香花火を則子に見せている。花火が散ると、則子の目から涙があふれ、家に帰りたいと泣き叫ぶ。返す言葉のない隆はやっとの思いで「これから週二回、療養所の下を通るたびに必ず汽笛で合図を送る、それが父ちゃんの挨拶だと思っておくれ」と説得するのだった。
則子は不自由な左手でせっせと詩を書き綴った。ポーッ・ポッ・ポーッ!/汽笛がこだまする/空に小さく消えてゆく/朝五時五十分ちょうど/父だ/父のひいている列車が療養所の下を走っているのだ/ポーッ/胸の奥でひそかに、則子も声のない汽笛をあげる。
数日後、隆の運転する列車にダンプカーが飛び込んできた。病室で気がついた隆の前で、初江があふれる涙をおさえて「則子が今日一人ぼっちで……」それ以上言葉にならなかった。
・・・思い出して涙ぐみました。
|
スミマセン、タイトルだけは見たことあったんですが。イイ話じゃないですかぁ〜、と思ったら残酷ですねぇ。切ないですねぇ。う〜ん、見た実感ナインでまとめられない。どっかで見てきます、ゴメンナサイ。
2005/5/27(金) 午後 11:32 [ シモキタちゃっく ]
◆shimokitachuckさん、結構有名かと思ってました(汗。でもこの映画は泣かせるために作られたといっても、決して過言ではにゃいぐらいの話です。半落ち、セカ中、黄泉がえりで泣かなかった人もどうぞです。
2005/5/28(土) 午前 1:23
だめだめさん、自分も中学校のときに学校の体育館で、この映画は見た記憶があります、今はそんなことしないんでしょうねきっと!でも、そういう映画っていい映画が多かったような気がします。記憶の中で、そうしてみた映画で、「片腕のエース」だか「片足のエース」確かそんな題名の映画があったような…小児麻痺?か何かのハンディキャップを克服する野球の映画だったかと…
2005/5/28(土) 午後 8:58
◆ロミさんそれはttp://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD19590/(片足のエース)ですね。父ちゃんのポーと同じ1971年ですが残念ながら見てません。体育館映画もいろいろあるんですねえ。
2005/5/29(日) 午前 2:16
だめだめさん、片足のエースのページ見てきました。ご案内ありがとうございました、体育館映画だけじゃあなく、学校の校庭で、怪獣映画を見た覚えもありますが…
2005/5/29(日) 午後 1:01
なんて映画なの〜〜〜!!!さみしすぎる死、やりきれない親心。でも、実話なんでしょ?あ゛〜〜ん
2005/7/24(日) 午前 8:04 [ ねね ]
昨日ご近所のご主人が「膠原病」の合併症でなくなったんです。56歳でした。トヨタ自動車にお勤めだったので葬儀には会社関係の方がたくさんみえていました。発病して三ヶ月足らずだったのです。うかがった症状がこの映画の主人公と似ていて・・・思わず 泣けました。 damedameさん、こんなに泣かせちゃ〜 ダメ☆
2005/7/24(日) 午前 9:43 [ pia*o2*67 ]
あれれ。ねねさんとぴあのさんのコメントがある・・・しまった。せっかくコメントくれてるのに、いま気がついた!ごめんね〜。ねねさん実話ですよ。だから泣ける・・もらい泣きです。ぴあのさん、膠原病聞いたことあります。ていうか、知り合いのお母さんがそうだって。私はこのB級映画に泣きました。
2005/9/6(火) 午前 1:40
ほんと実話だけに悲しい悲しいお話です。
私は中学のとき、学校の体育館で上映したの見ました。
しんみりしました。
でも、主人公が亡くなって、お父さんが布団かぶって泣くシーンで
不謹慎にも多くの生徒達がゲラゲラ笑ってるんですよね、私は恥ずかしかったです。上映してた人が怒ってました。
そこはとてもガラの悪い土地柄だったのです。
2012/10/29(月) 午後 9:42 [ なんでしょね ]