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【超緊急拡散・最新動向】 「人権侵害救済法案」 民・公で次期国会で成立の動き/動かぬ自民!
ご訪問ありがとうございます。
この記事の拡散・転載はフリーです! どんな方法でも結構ですから、拡散お願いします!
また、抗議は地元議員へ連絡し反対するように圧力をかけるのが一番効果的とのことです!
これは、形を変えた乗っ取り戦争です!
合法的に乗っ取られたら大和民族は近い将来消滅するでしょう!
もう時間がありません! 今すぐ、行動に移してくださいお願いです!!
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たちあがれ日本からの情報です!
民主党と公明党は連携し、次期国会で「人権侵害救済法案」を成立させる動きをしています! 自民党の谷垣総裁は、「人権侵害救済法案」推進派であり、あえて反対しないとのことで、 上記法案が成立する可能性が高く極めて深刻な状況です。 ※この法案が成立したら、回避する方法はありません! もう後が無いと言うことを認識ください!
一般のわたし達はどうすれば良いのかを、たちあがれ日本の方に尋ねしましたところ 「地元の国会議員に連絡し反対する様に圧力を入れるのが一番効果的とのことでした。」
※民主党本部や、各省庁に連絡入れても彼らは、確信犯であり効果が無いとのことでした。
また、たちあがれ日本は「人権侵害救済法案」の危険性について反対啓発ビラを作成しており、
党員・サポーターでなくてもPDFをご自身で印刷し拡散が可能です。 詳細につきましては一度、「たちあがれ日本」にお問い合わせしてみてください。 以下、たちあがれ日本のメールより抜粋 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【3】人権侵害救済法案に対する反対啓発ビラについて
政府・民主党が提出を準備している「人権侵害救済法案」について、 ・そもそも現行制度で人権侵害事件の99%が解決している(法務省発表)、 ・行政組織の新設で国家公務員と人件費が増加し、行政改革に逆行している、 ・しかも、内閣の指揮を受けず巨大権力を持つ「3条委員会」設立を予定している、 ・人権侵害の定義があいまいなため、新たな人権侵害発生の恐れがある、 などの理由から、わが党は反対を表明しております。 そこで、更に理解を深めて頂くべく、同法案に対する反対啓発ビラを作成したところ、
わずか5日間で8万2,000枚の請求がありました。 今回の啓発活動に対し多くの皆様にご協力頂いておりますことに厚く御礼申し上げます。
現在、順次発送体制を整えておりますが、皆様には是非同法案への危機意識を共有して頂き、
街頭や戸別での配布活動などによる更なるご協力をお願い致します。 なお、本啓発ビラは党WEBサイトにて印刷可能ですが、街頭や戸別での配布活動などで一定
部数が必要な場合は、党本部まで必要部数・送付先などをご連絡下さい。 http://www.tachiagare.jp/pdf/newsrelease_110829.pdf ※ご自身で印刷しポスティングする場合は上記PDFファイルを印刷し拡散してください。 【懸念事項】
彼らも、必死なわけだ。。
★外国人参政権と人権擁護法について、韓国で兵役等の義務が始まる(2012年より)。
★法案成立後あちらの政府が、スパイ活動や対日工作を、本人やその家族などの兵役免除や 期間短縮と引き換えに行わせる制度をコッソリ作ってくるかもしれない。
★何十万人もの日本社会に溶け込んだ人間が、オリンピック選手が、兵役免除がかかっていると 金メダルをたくさん取るように、スパイ活動や対日工作を本気モードではじめる恐れがある。
協力のモチベーションが違う。 しかし通名なので全くわからない。
★重要な情報の傍にいる人はもちろんのこと、普通の地位にいる人でも
ノルマ制で少しでもポイントをかせごうとネットで、自分の持っている情報をせっせと送る可能性が
高い。いろんな産業のいろんな技術が開発したとたんリアルタイムで向こうに渡るかもしれない。
だだでさえ円高で苦しんでいるのに、産業の優位性がなくなってくる。 ★半永久的にこんなことがつづく。半島には経費が一切かからない。 ★スパイ行為の疑惑を指摘しても、それは在日韓国人に対する差別行為であると
韓国政府や民団の全面バックアップのもと人権侵害救済法を使って逆に告発されるので 防止、摘発は難しくなる。 ★参政権の投票も自由ではなく、あちらの政府の意向にそった人物への投票が指示される。 ★相手は戦時中日本軍に協力したということで財産を没収するすごい国なので、ほかにも兵役、 財産没収、強制帰国というおどしを使ってなにをさせてくるかわからないので、警戒が必要。
これら懸念があり今後どう展開していくかわからない時に、自分で自分の首をしめるような法律を 作るのはどうかと思いませんか? アンケートにご協力ください!
【最新動向】 「人権侵害救済法案」 民・公で次期国会で成立の動き/動かぬ自民!
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★一人でも多くの方に読んでいただきたい!
★人権侵害救済法案 絶対阻止!
★日本を護りぬくぞ!
と思った方は、一日一回 Wランクリ 凸凸ヘ(゚∀゚*)ノ 応援お願いします♪
日本嫌いな反日特定アジア3国人に日本国は、合法的に乗っ取られる!
特亜3国との戦争は、最終段階へ! その名も合法的な人口侵略!
『日本乗っ取り戦争!』
本気で民主党を潰さないと、ウイグル、チベットと同じみちをたどることに… 日本人による!
日本人のための!
日本を愛する真の保守議員による!
救国内閣の誕生が必要です!
※偽保守議員、日本人なりすまし議員もいます! 「選挙前.com」 で検索
日本人よ毅然とあれ!
こんな記事もあります
みんながどういう記事を書いているか見てみよう!
![]() 2011/11/17(木) 午前 3:57
さて、井の頭線撮影の前に参加した、人権侵害救済法案反対デモについて書きます。 TPPの陰に隠れている形になっていますが、民主党が進める政策の中でも最も危険と言われているのが、この「人権侵害救済法案」です。まだ一般的な認識が低いですが ...
![]() 2011/10/26(水) 午後 0:41
【がんばれ日本】10.23日本を護る国民大行動in名古屋(日本文化チャンネル桜)↓ http://www.nicovideo.jp/watch/1319598575 日本国民の生存権を脅かす民主党、カルト、反日。 ...
![]() 2011/10/10(月) 午後 0:35
... 危険すぎます人権侵害法案。糞左翼駆逐。 <その他のよくわかる人権侵害救済法案 動画> http://www.youtube.com/watch?v=zRlxrGNVjIs http://www.youtube.com/watch?v=NU_CRQTYTCw http://www.youtube.com/watch?v=ryMGIRJA9N4 http://www.youtube.com/watch ...
![]() 2011/8/11(木) 午前 1:05
人権侵害救済法案阻止! 人権侵害救済法・人権擁護法案 薬に見せ掛けた、「毒薬」。 「人権侵害救済法」 ランキング ★↓宜しく御願いします。★ にほんブログ村 ニュースブログ 人気ブログランキング
![]() 2011/5/12(木) 午後 2:30
... ブログ、掲示板で言論弾圧が始まる! 人権侵害救済法案提出へ、メディア規制なし 読売:5月12日 政府・民主党は、不当な差別や虐待で人権侵害を受けた被害者の救済を目的とする「人権侵害救済法案」を次期臨時国会に提出する方針を固めた。 ...
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■「皆様は大災害に静かな威厳をもって対処された」
ブータン国王: 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。
皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。
改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」
ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。
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■「ブータン国王」を連日取り上る日本のマスコミ
国賓として来日中のブータン国王夫妻のニュースが非常に目立っている。
2011年11月19日には京都を訪れ、被災地を巡回してきた大日如来坐像にノミを入れ、震災の犠牲となった人たちを悼んだ。 ブータン国王夫妻は11月20日に帰国の途につくことになる。 日本のマスコミは連日「ブータン国王」を大きく取り上げていた。普段「ブータン」という国は名前は聞いたことがあっても、そう大きな話題になることはなかった。
■「チベット法王ダライラマ14世」に対する扱い
一方で、世界的にはブータン国王よりも知名度が高く、影響力も大きいノーベル平和賞受賞者である「チベット法王ダライラマ14世」の来日時のニュースの数を比べてみよう。
ダライラマ14世 ブータン国王 これは配信された記事の数のグラフであるがピークの山の数でみるとはっきりその違いが分かる。 ネットや活字メディアではなくテレビの報道で比較すればもっと差が付いたのではないかと思う。 少なくともテレビではブータン国王のように連日報道されるようなことは
無かった。
一部のネットの言説にあるように、「全く報道されなかった」という事実はない。 しかし、あの国に気をつかい、被災地を訪問したこなど、
大きく取り扱われなかったことは事実である。
このことは、国際的に人畜無害なブータン国王への熱狂的な取り上げ方との対比で浮き彫りになったといえるだろう。 http://www.best-worst.net/news_O0xYkxZv6.html?right |

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内容紹介夫らと北朝鮮に渡った著者を待っていたのはあまりにも悲惨な生活だった。食糧は乏しく、娯楽もない。ときに公開処刑を見せられる。すべてを運命として受け入れ、家族を守るために苛酷な日々を懸命に生きた日本人女性の半生の記。
内容(「BOOK」データベースより)1961年、帰国事業に応じた夫の家族とともに、「地上の楽園」と宣伝された北朝鮮に渡った著者を待っていたのは、あまりにも悲惨な生活だった。乏しい食糧、電気も水道も満足にこない。娯楽もなく、里帰りもできない。ときに公開処刑を見せられる。やがて配給が止まるなか、三女は栄養失調で死亡、次女はヤミ商売のかどで服役、中朝国境を行き来していた長女も捕まり獄中死する―。誰をも恨まず、すべてを運命として受け入れ、夫と6人の子供を守るために、想像を絶する日々を懸命に生きた日本人女性が、2001年に脱北し、帰国するまでの半生の記。北朝鮮の庶民の暮らしを詳細に描いた稀有な記録でもある。
出版社からのコメント地上の楽園と宣伝された帰国事業で北朝鮮へ渡った日本人妻が現地でのあまりに苛酷な生活をありのまま綴る。貴重な証言です。
著者について1941年、福井県生まれ。61年、帰国事業に応じた夫の家族、1歳の長女と共に北朝鮮へ。中国との国境に近い江原道恵山で夫と6人の子供と40年間暮らす。2001年、鴨緑江を渡り脱北。中国経由で帰国を果たす。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)斉藤 博子
1941年、福井県生まれ。61年、「帰国事業」に応じた朝鮮人の夫の家族とともに北朝鮮へ。中国との国境に近い両江道恵山で40年間暮らす。2001年、脱北し、中国経由で帰国(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |

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我国の友好国、「タイ王国」が未曾有の災害が襲っています。
一刻も早い終息を願うばかりです。
以下に友好の歴史を抜粋します。
☆長崎から江戸まで、象が歩いた
享保13年(1728年)6月安南(タイ国)より雄雌2頭の象が来ました。牝象は、寒さの為死んでしまいましたが、翌年3月長崎から江戸まで、象が歩きました。
江戸になくてはならない人気者になりました。
☆日タイ交流の始まり
1882年(明治15年)、東伏見宮殿下がバンコクを訪問されて、国交関係樹立について会談された。
☆靖國神社参拝、外国要人第一号はタイの外務大臣
1887年(明治20年)9月22日、シャム(現在のタイ)国王の弟で外務大臣のデヴァウォングセ閣下が、外国要人として初めて靖国神社に公式参拝されました。
☆政尾虎吉博士がタイの法典編纂に従事
タイが欧米各国から招いた20数名の法律顧問の首席だった政尾虎吉博士は、1897年(明治30)から大正2年までの16年間、タイにとどまり、新法制と法典編纂の事業に取り組んだ。博士が大正10年に亡くなられた時は、タイ政府は国葬の礼を持って遇した。
☆日本女性がタイ貴族女学校の校長に
近代女子教育のために設立されたラーチニー(皇后)女学校では、国王の意向で、イギリス人教師を雇う従来の習慣が変えられ、日本人女性、安井てつ(1870〜1945)が事実上の校長として招かれた。1904年から、3年間、安井は当時の貴族名門の子女約200人ほどを教えた。それから再度のイギリス留学の後、帰国後は東京女子大学学長、東洋永和(現・東洋英和)の校長を務め、日本とタイ両国の女子教育に大きな足跡を残した。
☆泰の性格 - 1941年4月3日 田村大佐放送
前駐泰大使館附武官陸軍大佐田村浩氏は四日午後八時より「泰国最近の情勢」についてAKより放送、日本と攻守同盟を締結した前後の事情、最近の同国の政情、泰国人の特性、ビプン首相の人なり、泰国軍などを詳述したのち日本人が泰人に対する態度について次の如く述べた。
泰国人は面子を非常に重んじる。ゆえに彼らに接するにはその体面を傷つけぬように注意せねばならぬ。小さいことではあるがたとい低い身分の泰国人に対しても衆人の面前で口汚く罵ることは避くべきである。 また泰国人は深い仏教徒であるから仏様に対して不敬になるようなことをしてはならない。仏像や僧侶を大切に取扱うことが必要である。僧侶は王様や貴族に対しても絶対に頭をさげることをしないし礼をすることもない。これが小乗仏教の習わしであってそれくらい僧侶は権威を有している。 また泰人に体罰を加えることは屈辱を加えることになる。日本人は一寸したことですぐ他人の頭や頬っぺたをはることがあるが、これは泰人に対しては絶対にいけないことである。殊に泰人は頭は最も神聖なるものとして宗教的信念をもっている。可愛いからといって小さな子供の頭を撫でることも避けた方がよろしい。 また泰人がてきぱき返事をしないからといってむきになってはいけない。明瞭に「ノー」ということを彼らはいわない癖がある。
☆米英の圧迫打破 - 1941年12月16日 ピブン泰首相公式放送
われわれはタイ国家興隆のために生きねばならぬ。働かねばならぬ。しかも果敢に行動しなければならぬ。この重大時機を乗切るためには全タイ国民は政府と足並を揃えて断乎とした行動をとらねばならぬ。
過去をふりかえってみよう。最近には仏印と武器を執って戦わねばならなかったが、日本の強力な援助によって失地を回復し得た。遠い昔から日・タイ間にはただの一度として不愉快な思い出を残したというべきなんらの記憶もない。タイの国土は次第に小さくなって来ている。これは一体どこの国の仕事であったか。今さらいうまでもない。彼ら列国の間で条約まで結んだメナム河を国境としてわがタイ国を分割しようとしたのではないか。 タイは今まで堂々独立国家として自由に存在して来た。これまでになぜわれわれは欧米諸国に与えたような親善を日本に対して与えなかったのであろうか。これはよく考えてみると実に巧みな米英第五列の宣伝のためである。われわれは彼らに欺かれてはならぬ。 いま日本は全東亜民族を英米から解放するために戦っている。しかも日本はかつてのわがタイ国の土地にあって戦っているのだ。タイは今この機会を逸することなく立上らねばならぬ。そして米英の奴隷的圧迫を打破するために戦わねばならぬ。 ☆タイ、米英両国に宣戦布告 米英はタイが日本と同盟したというので、タイの地方都市の空襲を始めた。ピブン政権は、1942年(昭和17年)1月8日、米英両国に宣戦布告する。
☆東条首相、タイを訪問
1943年(昭和18年)7月、東条首相はバンコックを訪れ、イギリスやフランスにもぎ取られた旧領地をタイに戻した。タイ国民は躍り上がって喜んだという。
☆国に帰ったら、殺されるかな
「日本国民は餓死寸前の時でありました。日本中が焼け野原でした。そして皇族も華族もいなくなり、有力な軍人と賢明な役人と高潔な政治家は牢に叩き込まれて誰もいません。アメリカはそっくり返って威張っている。団員は、『こんな気の毒な日本を見ていられるか。』と口々に言いました。だから、私に向かって池田勇人蔵相が熱心に払えない理由を釈明していたけれど、全然聞いていなかったのです。」
タイ王国 元貸与金返還交渉使節団 ソムアン・サラサス最高顧問
※帰国後、ソムアン顧問はこのように報告し、最終的に1959年、20億バーツ(当時の換算で10億ドル以上)の巨額な日本側の借金を、実に40分の1の2,500万ドルにまで値引きに応じてくれたのである。また、後日こう振り返っている。
「国に帰ったら、殺されるかな。」とフッと思った。けれど、「まあいいや、友邦日本は悲惨な状態なんだから。」と自分に言い聞かせました。団員も同じ気持ちだったのです。
※更に、ソムアン顧問とその父で戦前に経済相を務めたプラ・サラサス氏は、「あまりにも日本の子供達がかわいそうだ。」と言って、私費で象の「花子さん」と米10トンを贈っている。プラ・サラサス氏はまた、マッカーサーと直接会って、「将来、アメリカはソ連とかならず対決する日が来る。その時、力になるのは日本である。日本をいじめる事は、アメリカの為にも、アジアの為にもならない。」と進言している。
☆12月8日 - 日本というお母さん -
「日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったがためである。
12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して、重大な決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」 ククリット・プラモード タイ王国元首相(1973年就任)
※タイの人々は、目上の人を非常に大切にします。特に父母に対しては、敬意と感謝の念を忘れる事は有りません。国王は国民の父であり、王妃は国民の母と称される程です。そのような国の首相が、就任以前の記述とは言え、「日本という母がいたことを忘れるな」と東南アジア諸国の人々へ発信してくれた事に深い感銘を覚えます。
☆優しかった日本兵を私は忘れない
私はクンユアムに進駐してきた最初の日本兵から、帰還する最後の一兵までを知っている。クンユアムの日本兵は村人と共に働き、お互い協力して生活していた。カンチャナブリの博物館で宣伝される日本軍とは違う。優しかった日本兵を私は忘れない。
2005年1月8日 メーホンソン県クンユアム
旧日本軍博物館 財団設立準備総会 ジャルーン・チャオプラユーン(元運輸大臣) The Greater East Asia War Japanese Army Museum of Khun Yuam(大東亜戦争クンユアム旧日本軍博物館)
※インパール作戦後、日本兵が敗走した白骨街道。そこでは作戦中、道路建設に駆り出された現地人の多くもまた死んでいる。そのような究極の精神状態での交流を通して、今でも現地の人たちに語り継がれている日本兵が居たことを誇りに思う。
☆プミポン国王ご夫妻、靖国神社に公式参拝 1963年(昭和38年)6月4日、プミポン国王ご夫妻が、靖国神社に公式参拝(中村元司令官が名代)されました。
☆2002年、敬宮愛子内親王殿下お誕生のお祝いに日本国民に友好のしるしとしてアジアゾウのアティ Artid(太陽、オス5歳)とウタイ Authai(日の出、メス4歳)が寄贈されました。 タイからのアジアゾウ来園は、1964年に当時の皇太子殿下(現天皇陛下)がタイ王国を訪問したときに、タイ王国日本留学生会より贈られた「メナム Mae Nam(オス)」(1965年来園)以来37年振りとなります。
☆日本は最高のパートナー 2006-12-27
プリディヤトン副首相兼財務相は26日、ニュースクリップのインタビューに応じ、対日関係を重視する姿勢を鮮明にした。
私個人は、97年の経済危機から現在まで、日本は最高のパートナーだったと思っている。危機の際にも我々を捨てず、助けてくれた。タイの自動車産業がアジアのデトロイトまでもう一歩のところまできたのも、日本のメーカーの投資のおかげだ。来年は日タイ修好120周年に当たるが、日本との友好関係は今後も大事にしていきたい。
プリディヤトン・テワクン副首相兼財務相
1947年生まれ。王族。 米ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで経営学修士号(MBA)を取得。 縁戚のラムサム財閥がオーナーの商業銀行カシコンバンクに勤務。 アナン暫定内閣で副商務相。 1993〜2001年タイ輸出入銀行総裁。2001〜2006年タイ中央銀行総裁。 ☆東日本大震災後、電力不足に悩む我国へ
タイから東京電力に無償で貸し出された天然ガスの発電機が、川崎市川崎区千鳥町の川崎火力発電所に設置された。短期間の工事で約四万世帯分の発電能力が増強された。試運転も済ませ、電力不足時の予備電源として緊急稼働に備える。(下画像)
☆天皇陛下の魚 - プラー・ニン(仁魚)
1964年(昭和39年)、今上陛下が皇太子時代にタイを訪問された時、プーミポン国王から山岳民族であるモン族のタンパク質不足の問題をお聞きになり、繁殖力の強いティラピア50尾を贈られた。その後、タイ全土で養殖されて、1973年にはバングラデシュへの食料支援として50万尾を贈られたという。今では山岳民族だけでなくタイ国民の貴重な蛋白源となっている。この話に感動した中国系タイ人が、御名前「明仁」から一字を頂き、中国語で「仁魚」、タイ語でプラー・ニンと命名したという話が残っている。
※タイの市場ではナマズが見当たらない日があっても、プラー・ニンが売られていない日はありません。体長30〜40cmのものでも20〜30Bで買えます。今では、それほど庶民的な魚です。
私たち日本人が思う以上に、タイ王国は変わらぬ友好、友情を持ち続けてくれています。我国も震災後、時間もたっておらず国難の時ですが、支援の輪が広がっていくことを願ってやみません。
災害に遭われた、タイ国民の皆様にお見舞い申しあげます。
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