天下為公

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在ペルー日本大使公邸占拠事件
 
(ざいペルーにほんたいしこうていせんきょじけん)
 
 
1996年(平成8年)12月17日(現地時間)に、ペルー首都リマで起きたテロリストによる駐ペルー日本大使公邸襲撃および占拠事件。
 
1997年(平成9年)4月22日にペルー警察の突入によって事件が解決するまで、4ヶ月間以上かかった。在ペルー日本大使公邸人質事件とも呼称される。
 
テロリストへの同情論
 
篭城しているMRTAメンバーのうち主犯格のセルパとナンバー2のロハス以外のほとんどが 12歳~18歳までの少年達で、うち2人は15歳の少女だった。
 
少年達は50ドルで売られた子供達だったとの説もある。彼らは純真で、日本語の練習をしたり、日本から差し入れられた カップラーメンに感動して、「家族の土産にする」と言うMRTAの少女もいた。
 
突入後、殆どの兵士は射殺されたが、セシリアなる女性の一人は生きて逮捕されて、後ろ手に縛られて、見せしめの為にいったん公邸の外に出され、もう一度館内に引きずり込んで、四肢を切り落とし、乱暴を加えて殺されたとの事。
(当時日本大使館書記官として人質となり、武力突入後にゲリラ兵3人の生存を目撃した小倉英敬による)。
 
2007年5月18日、この件で、治安部隊に左翼ゲリラを違法に処刑させたとして、殺人罪に問われたモンテシノス元国家情報局顧問と当時の軍幹部2人の初公判がリマの海軍基地内の法廷で開かれ、検察側は、武力突入後に武装解除したトゥパク・アマル革命運動(MRTA)のゲリラ兵3人の処刑を命じたとして、モンテシノス被告に禁固20年、アスクラ元陸軍大佐に同15年、エルモサ元国軍司令官に同8年をそれぞれ求刑したとの事。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アンカー」ペルー日本大使公邸人質事件の真実  「ぼやきくっくり 」文字おこし
 
 

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