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とっとりU42/JE4OFK
昭和56(1981)年1月14日開局 BCL・ハム・オーディオ・エレクトロニクスの入門ブログ

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ようこそ

小学生のときにBCLを始めて電波に興味を持ちました。
1981年に市民ラジオの無線局、1983年にアマチュア無線局を開局。

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ミズホのピコ6S+ポケットDPのお手軽運用が基本スタイル。
丹沢・大山などでQRP移動運用を楽しんでいます。
ただいま茨城県に単身赴任中。筑波山へ時々登っています。
詳細はこちら↓をご覧ください。
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 小学生のころ、自宅にあった短波ラジオで中国語や韓国語の放送を受信。「短波」という雑誌の存在を知り、BCLにのめり込む。主に海外日本語短波放送、国内中波放送を受信した。
 
 中学生になり、雑誌「ラジオの製作」の読者となる。アマチュア無線や市民ラジオに興味を持つが、短波ラジオRF-2200(松下電器)の購入に資金を使い果たしたことで開局が遅れる。その間、同級生たちが市民ラジオで楽しそうに交信している様子をRF-2200で傍受し、交信したい気持ちが強まる。
 
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市民ラジオ開局時に使用したSONY ICB-790
(使用していた実物の写真です)
 
 一足早く市民ラジオを開局していた同級生たちが飽きてやめてしまったころの1981年1月、ようやく市民ラジオを開局。当時住んでいた鳥取・境港の自宅から交信できるローカル局が数局あり、毎晩のようにローカルラグチューを楽しんだ。
 
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BCLに使用したNational RF-2200とアマチュア局開局に使用したTRIO TS-830V
 
 1983年にアマチュア無線局を開局。10WにGPという貧弱な設備であったが、7MHz SSBで全国のアマチュア局と交信。

 1985年春、就職のため故郷・境港を離れ、徳島→倉敷→小田原→平塚→浜松→宇都宮→茨城・笠間と渡り歩き、その土地所々でローカル各局との様々な出会いがあった。アマチュア局の開局後の5年間は市民ラジオから遠ざかったが、倉敷在住時代の1989年、おかやまBK10局との出会いにより、アマチュア無線と並行して市民ラジオの運用を再開。 現在は平塚市湘南平を拠点に、丹沢・大山などで小電力による移動運用を行っている。
 
 
 「とっとりU42」は1981年1月14日、当時の中国電波監理局から発給された市民ラジオの無線局呼出名称。これが私の無線趣味の第一歩でした。34年の時が過ぎた今もなお、あの頃の楽しさが忘れられずにいます。

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