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テキストとして使用してる巣箱385ページ
WHAT's IN?の1992年3月号で
森田恭子によるバービー9年間の軌跡ってやつです
 
きっと1988年がすごいって話を前回したと思うので
今回は1989年以降です
 
1989年、春くらいまではTHE BLACK AND WHITE SHOWをやってます
on the Runほどではないけど
相当なロングツアーですね
 
で、それ以外ですが
ここにはあんまり活動がないように書かれてますけど
まぁ真暗闇贔屓の方々は知っての通り
ちゃんとバービーの活動もしてますね
もちろん杏子バンドや愛しあってるかいなど
ソロ的な活動もあるけど
そんなに大きな違いはないはず
夏のイベントだって杏子バンドとNO NAME BANDたしかにあったけど
バービーだってちゃんとやってます
あとクラブチッタね
これってeeney meeneyのレコーディング中だったし
秋以降はまぁスタジオワークが多かったってこと
それはそれでバービーだからね
裏ではちゃんとバービーが活動してたってことでいいと思います
 
ん???
chibiと三日月の憂鬱のシングルリリースで
テレビとかにも出てたぞ
そういえば三日月はCMソングだし
十分ぢゃね???
 
あっそうそう
このへんで思い出すのが
ほら
目を閉じておいでよ
chibi
三日月の憂鬱
この3曲に共通するのが・・・
そう
サックスがないのね
ライヴではおなじみだけど
この当時はまだなかったので
テレビ出演のとき
サックス無しっていうのも目にしました
 
あっ√5のとくのHITSだって
目を閉じておいでよ
chibi
せまってday by day
だからサックス持ってなかったっけね
 
で1990年
これももう何回も言ってるけど
年明け早々に明治のイベントライヴ
これは無料招待ライヴでした
しかもセットもけっこう豪華で
CM通りのセットだったとか・・・
イマサを筆頭に
メンバーもなかなか良いライヴが出来たと
色んなとこで言ってたね
もう一度観たいライヴの1つなのは間違いありません
 
そしてアルバムの先行シングルがリリースされて
あっ勇み足サミーですね
これが目を閉じておいでよ、と同じ、バービーオリコン最上位曲となってます
ひさびさのサックスでした
アルバムeeney meeneyと合わせて
結構な数のプロモーション活動をしたと思います
テレビ出演とかね
そしてすぐにツアー
大都市中心でほとんどが2DAYS
セットもeeney meeneyの世界観で
なーんか不思議な感じでした
 
ほいでもって夏はいつもの感じで数本のイベントをこなし
そしてそして
神戸チキンジョージでライヴして
ひさーしぶりにBlue BLue Roseを聴いて
でOVER HALLツアーに入るわけね
 
シングル、ノーマジーンではテレビ出演ってほとんどなかった気がするけど
あいまいtensionは出てたね
 
話を戻してOVER HALLは
春にまわれなかった中小都市を中心にこまごまと回ったツアーですね
なんとびっくり神戸と大阪での公演がない!!!
関西では京都のみでした
あっツアーファイナルだけどね
これが11月30日で
あとここに書かれてるとおり、大みそかにイベントに出演してますが
この次のバービーのライヴが
まさかFINALになるとはね・・・
 
1991年
それはもちろんソロ活動しかありません
しかもこれに関する講座記事は
まだ記憶に新しい気がするので省略します
たしか1人1人書いていったよね
 
そして1991年12月24日に解散報道があり
1992年の1月18日から24日まで
計5回のライヴで終焉したわけですね
 
メンバー最後のあいさつは、コンタの“あばよ!”だった、とあるけど
そっかこの記事、つまりは神戸国際会館の記事しか
巣箱にはないから
渋公のことがまったくわかんないんだね
ちなみに補足するならば
神戸の2日目
つまりは19日のライヴ終了後も
メンバーは一言ずつ言ってます
杏たんは結婚ネタを同じように言ってたなあ
で、渋公の全メンバーの一言を、ちゃんと文字にしてくれてる雑誌記事もあります
イマサのあの「ぎゃふん!」もね
大辞典に書いてなかったっけかなぁ
なかったらまた記事にしますわ
 
 
ではまた

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