|
龍角寺古墳群と岩屋古墳は 白石太一郎先生もご著書で触れておられるが 東国の後期〜終末期古墳のなかでも学問的にも注目を集めているもののようだ。 竜角寺古墳群は、 平成11年のガイドブックによれば、 5世紀末から7世紀にかけて造営された古墳群で、 古墳の総数113基を数えるとのこと。 うち分けは、前方後円墳37、円墳70、方墳6 である。 何らかの調査が行われたものはガイドブックでは16基だそうである。 また風土記の丘で管理しているのは岩屋古墳も含め78基になる。 さて昨日は龍角寺で白鳳仏の本物をガラス越しに見たあと 房総のむらにもどり、帰りのバスが来るまでの間 岩屋古墳とミソ岩屋古墳を見学した。 岩屋古墳は方墳としては非常に大きいものだし高さもあるのだが、 あまり人工的に整備しない方針なのか、 枯れ草に覆われてなだらかな形状をしており 大きさの割には威圧感のないさりげない雰囲気でそこにあった。 三段築成なのはだいたいわかるのだが一番下の段はどこまでだか 境界がわかりにくかった。 東側の石室は修復中なのかビニールで覆われ、 西側の石室は開口部は見えるものの鉄格子で保護してあった。 中をのぞくとざらッとした肌合いの石の壁が見えた。 ミソ岩屋古墳は 岩屋古墳から200メートルほど離れたところにある方墳で 岩屋古墳の半分弱といったサイズである。 岩屋古墳の被葬者の次の世代が被葬者となっているといわれている。 こちらは開口部に鉄格子はなく 中をしっかりのぞけるようになっている。 正面の壁が緑なのはカビか?? 天井も含めざらざらした肌合いの石である いずれにしろ石室の構造も岩屋古墳と似ているようだ。 |
全体表示
[ リスト ]





独楽様。こんばんは。独楽様の関心の対象についていけず、ここでコメントを送っていいのやら大いに迷いましたが、毎日ブログを拝読している証拠として一筆。感心したのは息子さんと行かれたこと。知的な探索につきあってくれたのか、はたまた息子さんも古代史に興味あるのか・・・親子仲睦まじく古墳見学されて、羨ましく思うのと同時に尊敬してしまいます。上手く子育てされたのだなあ、って。そして、休日も勉学中心に動いていらっしゃる独楽様、さすがですね。新しいカリキュラムがこないとおしりが上がらない明日香より。
2008/3/18(火) 午後 9:17 [ 明日香 ]
明日香様
下の息子は、母親の遠出に2回に1回は付き合ってくれますが、彼としては暇つぶしプラス「被扶養者のギム」といった感覚だと思います。上の息子は趣味にバイトに忙しくほとんど付き合ってくれなくなりました。
2008/3/18(火) 午後 9:43 [ 独楽 ]
岩屋古墳、興味が湧きますね。終末期の古墳のようで、飛鳥の終末期古墳岩屋山古墳の石室壁のように表面が平らになっていますがざらざらしているというので、花崗岩ではないようですね。凝灰岩のようですがこれはもろいので石棺には使いますが石室の構造には使わないので、どんな石か石材に興味があります。後期、終末期の古墳には推古天皇陵、植山古墳他双室を持つ古墳の例が多いのですが、関東にも多いのでしょうか。
2008/3/20(木) 午後 3:37 [ 朱雀 ]
朱雀様
関東全般の後期古墳を語れるほど詳しくないです・・。ただやはり後期の同じ千葉県の成東町の駄ノ塚古墳(一辺60メートルの方墳)は複数構造の石室で5人分の人骨が出たそうです。こちらも約半分のサイズの駄ノ塚西古墳が近くにあるということです。
2008/3/20(木) 午後 9:14 [ 独楽 ]