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本日日曜日はマレーシア国立博物館を見学した。 ここはマレー語では MUZIUM NEGARA というそうで 英語では Department of Museums Malaysia Ministry of Information, Cmmunication & Culture Malaysia という組織表記がされている 教育省とは別に情報文化省があり、博物館はその組織の一部であるようだ。 クアラルンプールの中心部から少し外れたレークガーデンの入り口にあるのだが 私の泊まっているホテルから見たらめちゃめちゃ都心に近いところにある。 ということでタクシーに乗ってお上りさんよろしく行ってきた。 伝統的なマレー様式も取り入れた建物は 東京の国立博物館ほどの規模ではないが 1階に2つ、2回に2つのギャラリーがあり それぞれ原始時代、マレー王朝時代 植民地時代、今日のマレーシア といった区分けになっていてなかなか見やすい展示だった。 とくに原始時代の展示はとても面白かった。 例のジャワ原人のでたジャワ島にもほど近いとあって 7万年前ぐらいの石器などかなり古くからこの地域に人が生活していたということわかる。 そもそもマレー半島もジャワ島もボルネオ島も地続きだったんですね。 この辺りは人が自由に行き来できたのだ。 また土器も日本の弥生式土器のような感じのものがあったし、 初期の絵画といわれるものも どことなく日本の弥生時代の線刻画と通じるような気がして、 とても親近感を感じた。 銅でできた鐘は 日本の銅鐸とは違う形だったが。 あと日本は第二次大戦中マレーシアに侵攻したのだが 日本を非難するような展示がほとんど見られなかったことに驚いた。 詳しく書けばきりがないが、 今から仕事をするのでこの辺で切り上げることにする。 それにしても・・・せっかく感動して図録を買おうとしたら 「ない」と言われたのにはがっかりした。 こんなにりっぱな博物館なのだから ぜひ図録を作ってもらいたい。 ここはなぜか写真OKで 国宝の仏像も含め 写真を撮ることができた。 写真がいっぱいあるので 日本に帰ってからあらためてアップします。 |
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独楽様
さすが独楽様、最初に国立博物館ときましたか。
ハリマオが一般的に知られてないのは、判るような気がします。諜報工作員として働きましたからね。また、戦時中の日本人の美談は、隠されている場合が多いようですから。しかし、日本人自体にも知られていないのは残念な気がします。東南アジアあたりでは、例の「水島、一緒に日本へ帰ろう」で有名な『ビルマの竪琴』のような事例がたくさんありました。ハリマオについてもマレーシア農業大学講師の土生良樹氏が『神本利男とマレーのハリマオ』を1996年に上梓されております。台湾存立の戦いに参戦して中国共産党から台湾を守った根本博中将。また、インドネシア独立に義勇兵として参戦した兵士の方々。スラバヤ沖海戦で撃沈された英国艦船の漂流乗組員422名を救助した駆逐艦「雷」艦長工藤俊作。英国は当時敵国。もちろん、杉原千畝氏やシベリアに抑留されていたポーランド子女を助けた日本国民も素晴らしい。戦争に対する自責ばかりが強調されるが、この他にもたくさんある美談を掘り起こして日本の国民性に自信を持ちましょう。と、またまたいらないことを長々とかきました。お許しあれ。
2010/10/25(月) 午前 0:30 [ Q ]
Qさま
物知りですね〜〜。私はどのお話も知りません。ハリマオというのはそもそもマレーのトラという意味のようでスーパーに行ったらハリマオという名の紅茶のティーバッグが売っていました。思わず買ってしまいそうでした。
2010/10/30(土) 午後 4:03 [ 独楽 ]
独楽様
それは残念です。独楽様ほどの優秀な方でさえそうですか。でも、そのコメント、このブログの対象範囲が古代史ということだからと理解しておきます。かの桜井よし子さんが言っておられます「日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか」と。「古代史」という歴史ジャンルが好きな人であれば、通史に対する理解も”当然”あるだろうと考えられます(笑)。私なんぞは、小学生の頃より、時に触れて旧石器時代から最近の戦後史まで行ったり来たりです。歴史小説の大家吉川英治が歴史上の日本人を描くに際して「私たちと同じ血と凡愚を持っていた日本人であったという基本が何よりも著者の力」と述べています。将に聖徳太子といえども、しかり。またまた長くなりそう(笑)、enjoy your Malaysia's life 本日はこのくらいで。
2010/10/31(日) 午前 11:27 [ Q ]
Qさま
大変申し訳ありませんが、このブログはあくまで古代史好き、奈良大学通信教育といった個人の関心を中心に書いております。Qさまのおっしゃる「日本人たるもの通史を知らねばならぬ」といった「べき論」は別のところで書いてくださいませ。あくまで個人の趣味ですし。知っている知っていないということで人をそしることも、そしられることもこのブログでは控えたいと思います。
2010/10/31(日) 午後 7:37 [ 独楽 ]
土器といい、石器といい、流水紋の青銅器・・・アジアは共通の文化圏だったことがわかるような気がしてきました。写真のアップを楽しみにしています。
2010/10/31(日) 午後 8:46 [ 朱雀 ]
朱雀様
こちらにきてつくづくマレーの人々は心持も含めて日本人と共通するところがあると感じています。上司がいると気兼ねしてあまり発言できないとか、あまり人をそしるようなことをしないとか。あと家に上がるのには靴を脱ぎます。日本に帰ったら博物館の写真はもう一度しっかりアップします。
2010/10/31(日) 午後 8:51 [ 独楽 ]
レンゴン渓谷 Lenggong valley
2008年、マレーシア ペラ州のレンゴン渓谷で、初期の類人猿(おそらくホモ・エレクトス)の石の手斧 が発掘されました。これは東南アジアに原人が住んでいた最古の証拠になります。
Ulu Perakにあるレンゴン渓谷は、その考古遺跡がマレーシアの先史時代の多くの形跡をあらわにし、考古学にとってマレー半島で最も重要な地域の一つです。
それは半島における人類の最も古い活動と考えられている場所です。今日でもそれはまだ、緑の植物や石灰岩の丘に囲まれた小さなカンポンを持つ田舎の地域です。レンゴンは野外博物館にたとえることができ、伝説、骸骨、洞窟壁画、宝石、陶磁器、武器や石器のような貴重な発見物の原産地です。レンゴン地域の洞窟の多くは、この地域に住んで狩りをしていた古代の人類の証拠を明らかにしました。
レンゴンの町はペラ州イポーから約100km北に位置しています
2018/3/3(土) 午後 5:58 [ マレーシアにまた行きたいな ]