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山鹿の装飾古墳や江田船山古墳と玉三郎を楽しむという充実したスケジュールだった11月3日に続き、宿を福岡に移しての4日も充実していた。
この日は魏志倭人伝で言えば伊都国と奴国への旅。
まず、午前中は伊都国への旅である。
博多から福岡市営地下鉄空港線とこれが乗り入れているJR筑肥線で波多江駅まで
そこからはタクシーで伊都国歴史博物館へ。
ずいぶん立派な博物館だが、最近建て替えられたらしく、
館内の廊下にはこんなあそびごころのあるディスプレイが・・・
この博物館では、伊都国の王墓といわれる平原遺跡出土の日本最大の銅鏡(内行花文鏡直径i46.5センチ)をはじめ多数の国宝鏡が展示してある。この最大の銅鏡は1枚ではなく5枚あるそうで、そのうちの1枚は東京国立博物館に行っているとのこと。
この平原王墓は、この地域に3つあるとされる王墓のうち最も新しいものであるが、それでも古墳より前の形態の墓である方形周溝墓に分類されている。
他施設に貸し出したりしているものを除きこの平原王墓で出土した40面の鏡の大半がこの博物館に展示されているようであった。
平原王墓は鏡のみならず、青いガラス勾玉(これも国宝)、メノウ勾玉など色鮮やかな装身具が副葬品となっており、特に被葬者は女性といわれているそうだ。
これらの副葬品も展示されてじっくり見ることができた。
この博物館には、平原遺跡に先立つ王墓である三雲南小路王墓、井原鑓溝王墓などの紹介と出土品の展示も行われている。特に三雲南小路王墓は銅鏡が57枚も出土したとされ、江戸時代にすでに発見されていたとのこと、この博物館には巨大な甕棺なども展示されている。
4階に行くと糸島の風景が一望できる展望スペースもありゆったり休憩できる椅子もあって快適だ。
これを見てもこの地区が低い山に囲まれつつ肥沃な広々した田園地帯を擁する場所であったことがわかる。
ついでながら訪問した4日の時点で
「古代出雲と伊都国」という特別展示も行われており、
ここには大量の埋納された銅剣が出土荒神谷遺跡や同じく多くの銅鐸が出土した加茂岩倉遺跡の出土品の一部が展示されていて、思いもかけず出雲の有名な遺跡の国宝出土品をここ九州で見ることができたのは幸いだった。古代の伊都国と出雲の関係についての展示もなされていて、複数埋納の遺跡は伊都国にもあることがわかり興味深かった。
隣接するファームパーク伊都国という施設で昼食をとったあとは伊都国散策マップに従い近隣の遺跡を訪ねることとした。
まず三雲南小路遺跡。前述の王墓を擁する遺跡だが、次代の井原鑓溝王墓を擁する集落と合わせ、三雲井原遺跡と称され、その面積は40.5haと、吉野ケ里遺跡をはるかに超える巨大な遺跡となっている。
行ってみると大半は民家や田畑になっており、一部発掘の跡がわかるように整備されて看板が立っていた。
その後伊都国の末裔の古墳と思われ立派な家型埴輪が出土した銭瓶塚古墳、同じく円筒埴輪出土のワレ塚古墳などを横目で見ながら平原遺跡に到着した。
ここは歴史公園として整備されているようだ。
遺跡をうたった句碑もなかなかなたたずまい。
王墓自体は比較的小ぶりである。
この地域には上記弥生時代の豊富な遺跡のほかにも、立派な古墳や古代山城である怡土城、古代官道の遺跡などもあり、本当は時間をかけて回ってみたいところであったが、
今回は初の訪問でもあり、次回を期して次の目的地須玖岡本遺跡に向かった。
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