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前回に続いて、録画予約して寝た。
いつものように配達の時間に店に行くと、「日本敗戦も決勝進出」の見出しの新聞が有った。
配達と犬の散歩が済んで、飯の用意をしてTVを点けると、どうやら日本は決勝進出のために、
試合では1点負けていながらパス回しで時間稼ぎをして、それ以上の失点を防いだらしい。
TVに映るコメンテーターとやらや解説者とやらが、口を揃えて「名将の絶妙の判断」とか、褒めていた。
まぁ、あの監督はプロチームの監督だし、元プロのサッカー選手だ。長年サッカーで飯を食ってきて今もそうしてる人間だ。
選手も全員プロサッカー選手だから、監督同様に過去の長年も今もサッカーで銭を稼いでいる人間だ。
コメンテーターとか解説者とかと言えば、プロサッカー選手出身だったりお笑い芸人だったりアナウンサーとか評論家だったりするけど、共通するのは視聴者に媚びることで飯を食ってる人間たちだってことだ。
誰一人として、「恥」を口にしない。「日本代表チームの」したことなのに・・。
まぁ、わしは自分のことを少数派の人間だってことは知ってるよ。
そして世の中には訳解らん変な理屈が正当な見識としてまかり通っていることもよく知っているよ。
スポーツをする人間は純粋、とか、ルールに従っているならばそれは正当な行為だ、とか、
わし的にはどう考えても「それは人間として恥ずかしい」と、思えることであっても、だ。
そもそもスポーツに人世を賭けるような人間は、其の殆どが自らの種目に勝利する為には、信じられないほどの沢山の事柄を犠牲にする傾向がある。
そして得た勝利を通じて自らの存在の意義を見出し、誇示する。
太古とは違い現代社会にはスポーツを娯楽として見るシステムが構築され、スポーツの場での勝者は実業社会の勝者と同等あるいはそれ以上の報酬を得ることもある。
しかしそれは社会の生産性が向上した結果としての社会的許容力の上に胡坐をかいた現象であって、本来のあるべき姿ではないことが忘れ去られている。
そうした歪んでしまったスポーツ観を全て肯定した連中が、今回の試合を演じ、評している。
しかしそうしたスポーツ観を否定している人間もいることを忘れてもらっては困る。
今度の試合は見るに堪えない見苦しいものだった。
わし自身が見なかったことは幸いだったが、その恥辱は全世界の人々に放映されたのだ。
少し以前に、相撲協会が揺れた。
揺れた根源的な理由は、要するに大横綱白鳳関の取り口に対する批判にあった。
白鳳関の場合は結果として協会首脳陣が味方をして、批判した親方の敗北で事が収拾したが、それでも白鳳関には「立ち合いでの張り挿し禁止」が課せられた。
多数の相撲ファンというか、ほぼ国民の総意としての根強い要望がそうさせた。
しかし、その以前は「ルールに抵触していない」と言うのが協会側の言い分だったのに、この事件以後そうなった。
曰く、「美しくない」
この度の試合は美しかったのか?
国民の多数は本当に「よくやった」と思っているのか?
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