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アラスカクルーズもいよいよ最終の航海に。
一路カナダバンクーバー目指して、寄り道せず1泊2日の航海です。
あっと言う間に今回のクルーズも終盤になりました。
今まで残念なのは船からクジラが見られなかった事です。
果して最終の2日間の航海中に見ることができるのかな?
兎に角部屋のベランダや甲板に出たら、目を凝らして海面を見てみよう。
ついにクジラを発見❗
尾びれが海面に現れたのが見えました。
でも尾びれが見られたのはこの1回だけだった。
もっと見たかったのに。
また陸地の近くを航海している時に、何やら沢山の人を乗せた観光船が停泊しているではないか❗
これはクジラかイルカウォッチィングの船ではと見ていると、
沢山の小さな黒い物体が泳いでいるではないか。
背中から潮を吹いていたので最初は小さなクジラかなと思ったが、
体の一部に白い所もあるではないか❗
シャチかも?
結局シャチかどうかも確認出来なかったが、
兎に角近くで何か分からない生き物を観察出来て大満足❗
まだまだ何かに遭遇するかもと期待したが、それ以降残念ながら海面には何も現れずに。
船は滑るように航海を続けています。
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17年アラスカクルーズ
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7月6日 クルーズ6日目 クルーズ最後の寄港地「ケチカン」です。
前日のグレーシャーベイ終日クルーズを終えこの日は午前10時ころに「ケチカン」に入港です。
「ケチカン」はトンガス海峡に面して「世界のサーモンの首都」と言われ発展してきた街です。
海峡沿いにカラフルなこじゃれた家が並んでいます。
かなり裕福そうな街です。
アラスカのアンカレッジ、フェアバンク、ジュノーについで4番目に大きな街です。
4番目と行っても人口はわずか15000人ほどの小さな街ですが。
また森林資源に恵まれた土地で木材の集積地です。
トーテムポールの集積地でもあります。
ここでは木こりショーを見物しました。
もうすでに沢山の人が集まっています。
ショーの場所まではクルーズ船から歩いて10分くらいの所にあります。
大きな丸太を切ったり刻んだり、水の上で丸太に乗ったり、木に登ったりと色々なショーがあり、面白かった。
ここでは近隣にトレッキングなどのツアーもあるが街中で楽しめるのはこの木こりショーぐらいなので、クルーズのツアーのオプションの客が多くて、席が足りないで急遽席を増やしていました。
この入場料も阪急交通社のツアーでは他のオプションツアー同様にツアー代金に含まれていました。
港の近くの街は小さな街でサーモンの販売のお店も沢山ありました。
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7月5日クルーズ5日目
今日は終日クルーズで、今回のクルーズのハイライト
世界遺産「グレイシャーベイ国立公園」の湾内の氷河を巡ります。
自然保護のため大型クルーズ船は1日2隻のみしか湾内に入れません。
湾内はかつては全て氷河で埋め尽くされていたようですが、
温暖化のために、氷河どんどん内陸部に後退し、
今では2つの氷河しか船からは見れなくなりました。
国立公園の湾なので早朝にパークレンジャーが船に乗り込みくじらやアザラシやラッコなどが見えるとかを館内で案内します。
でもこの日はほとんど見ることはできませんでした。
僅かにラッコが遠くにお腹を出して泳いでいるのが望遠レンズで見ることが出来ました。
船前方のデッキが解放されてそこから氷河を臨みます。
まずは「ランブルー氷河」です。
次はハイライトの「マージョリー氷河」です。
幅1.7KM 高さ約60Mもあります。
ここではクルーズ船は約1時間ほど停泊し、ゆっくり氷河の鑑賞を。
運良く崩落に出逢えば良いのだが、なかなか崩落は見えません。
見えない所で崩落しているのかドドドーンという音だけは聞こえてきます。
やっと時間が来て船が動き出す前に小さな崩落が。
下写真ですが。あまりはっきりわかりませんね。
船は氷河の前で旋回し元来た航路を引き返してゆきます。
帰りもくじらやラッコが見えないかなと海面を見ていましたが、
何も見えませんでした。
夕刻日没後に綺麗な夕焼けに遭遇。
しばしサンセットと夕焼けに感動しました。
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ゴールドラッシュの時代は賑わったホワイトパス鉄道の拠点スキャグウェイの街は、今は本当にひっそりとした小さな街だ。
ところがアラスカクルーズの大型クルーズ船が毎日3〜4隻入りほとんどの乗客がホワイトバス鉄道に乗り込むので、鉄道会社や街の人にとってはクルーズさまさまだ。
スキャグウェイからホワイトパスまでの32KMをわざわざ金鉱を目指す人や物資を運ぶために難工事をしてまで鉄道を開通させたとは、当時のゴールドラッシュの時代背景を感じさせる。 いかに金を掘り当てれば千金に値したのかだ。
ホワイトパスから先カナダ側もホワイトホースまで177KMも開通した。
ところが皮肉なことに鉄道が完成した時にはゴールドラッシュは終わってしまい、金以外の輸送に使われていました。
1982年に一端廃止されたが、観光鉄道として1988年に復活し、多くのクルーズ客が乗ることで大きな収入源になっている。
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