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『白痴』を読み終わりました。
天才について凡人が語ることは愚かかもしれない。所詮、凡人に天才のことは理解できない。
ある文学者は
「ドストエフスキーの本を読んで、理解し、語り尽くすには少なくとも10年はかかる」
といったようなことを書いていました。それだけドストエフスキーが描いた世界は広く深い。
それでも、私は語ろうと思う。
以前も書きましたが、ドストエフスキーの文学は、文学的なポリフォニーとでもいうように、
数々の登場人物がそれぞれの考えや信念を語る。主役でない人にもかかわらず、たとえば
60ページくらい語る。それを読むと「なるほど」などと思う。しかし、また、別の登場人物が
またまた80ページくらい延々と語る。それはそれで、またわかる。作者のドストエフスキーは、
ずっと後ろに隠れていて、登場人物に自由に語らせていく。
もし、あなたが自分の物語を書いたとしたらどうなりますか?
もちろん、主役はあなただ。登場人物の数はどのくらいだろう?
あなたが愛した異性がいる。それも一人ではないはずだ。しかし、その異性を愛している他の人もいる。あなたを愛した人もたくさんいるはずだ。あなたが嫌いな人もいる。あなたを嫌いな人もいる。そこには素直な愛の喜びだけでなく、嫉妬もあるし奪い合いもある。憎しみだって生まれる。
あなたには母がいて、父がいて、それぞれの個性を持っている。血がつながっていてもあなたとは違う。兄弟姉妹がいる。友人や仕事の同僚もいる。
あなたを利用している人もいる、あなたが利用している人もいる。
お金持ちも貧乏人もいる。ノイローゼの人もいるし、病気の人もいる。秀才もいれば、愚鈍な人もいる。お金や権力に媚びる人もいれば、高潔な人もいる。死んでいく人もいれば、新たに誕生してくる人もいる。子供がいて、老人がいて、ずるい人も、誠実な人もいる。殺す人、殺される人、裁く人、裁かれる人、自殺する人、発狂する人。神を信じる人もいれば、神様なんて全く信じない人もいる。
ドストエフスキーの小説には世界のすべてがある、と言われています。だから、正直言って、
読むのはしんどい。数多くの人がチャレンジしては、途中で嫌になってしまう。でも、せめて
150ページくらい頑張って読み進むことができれば、やがてあなたはドストエフスキー・ワールド
にはまって行くでしょう。
『白痴は』は、一種の恋愛小説でもあります。主役のムイシュキン公爵が愛した二人の女性、
ナスターシャとアグラーヤ。そして、その二人の女性も彼を愛した。しかし、ムイシュキン公爵は
「恋」というものがどういうものかも知らなかった。そして、ナスターシャを愛するロゴージンの
複雑な心境とアグラーヤを愛するガーニャの苦悩。
スイスの精神療養所を出たムイシュキン公爵が11月の終わり、ペテルブルグへ向かう汽車の中で、
ロゴージンに出会うところから物語りは始まります。
ロゴージンは(以下引用)
「あまり背の高くない、二十七歳ばかりの青年であり、髪はほとんど真っ黒といっていいほどの縮れ毛で、灰色の瞳は小さかったが、火のように燃えていた。鼻は低くて、平べったく、顔は頬骨がとびだしており、薄い唇はたえずなんとなく不遜な、人をばかにしたような、いや、毒を含んでいるとさえ思われるような薄笑いを浮かべていた。しかし、その額は秀でて美しく整い、下品に発達した顔の下半分を補っていた。この顔のなかで特に目だっているのは、その死人のように蒼ざめた肌の色で、それはこの青年のかなりがっちりした体格に似合わぬ憔悴しきった感じを体つき全体に与えていた。が、それと同時に、その人を食ったような、厚かましい薄笑い、いや、みずから悦に入っているような鋭い眼差しとはまるでそぐわない、悩ましいまでに情熱的なものをも感じさせていた。」
ロゴージンは品のない商人で、がさつで粗暴、しかし、お金を持っていました。
ロゴージンは、絶世の美女ナスターシャをぞっこん惚れこんで、なんとか、お金の力で彼女を
自分のものにしようとしていました。
一方、ムイシュキン公爵は、ほとんど無一文で、白痴同然に世間知らずで、でも、誠実で素朴で
紳士的な美しい青年でした。まさに二人は対極をなしていたのです。
ムイシュキン公爵の家系は絶えてしまっていて、遠縁の人がある将軍夫人であると知って、
訪ねていきます。最初は胡散臭い青年と思った将軍家ですが、彼の誠実さに打たれて、
温かく迎えられます。この将軍家の三人姉妹の末っ子が美人のアグラーヤ。
アグラーヤはムイシュキン公爵を白痴扱いしながらも、「これだけ高潔で誠実な人はいない」
と恋します。
将軍家の秘書をしているガーニャという知的な青年はアグラーヤとナスターシャのどちらかを
自分のものにしたいと考えていました。
アグラーヤは将軍家の令嬢。
ナスターシャは、お金持ちに囲われていた過去をもつ女性。
ムイシュキン公爵がガーニャの家を訪問しているときにナスターシャが突然やってきて、
初めて二人は出会います。初めは高圧的だったナスターシャは、ムイシュキン公爵のあまりに
無防備で誠実で無欲な人柄に惹かれ、恋します。
さあ、この5人の恋の行方は?
読んでいて、ムイシュキン公爵の行動を「おまえはバカか!」と思うことがありますが、
この本のタイトルを考えれば無理もないことです。
「なんだただの恋愛小説?」って言われそうですが、もちろん、そんな単純な小説では
ないです。説明が難しい。
<<次回に続きます>>
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