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昨日は今年初めての朗読会でした。
場所は、新宿のジャズ・バー「ブラック・サン」。
私はこのブログで先日書いた「母」に加筆したものを朗読しましたが、
なんというか、朗読材料としては、いまひとつだったような気がします。
役者さんが3人いましたし、その他の人たちもセミプロ級の方々は
練習も半端ではありません。
朗読は
・いい素材
・暗唱するくらい練習する
・音(=声)で皆の頭に映像が浮かび、かつハートを打つ
ということが重要な気がします。
年の初めでしたので、続けて新年会もしました。
Fさんという女性は、ご主人が釣ってきたイカ(何イカだろう?)を
持ってきてくれて、サシミで食べました。柔らかくて、何もつけなくても
甘みのある美味しいイカでした。イカ、湯葉、漬物、おでんなどをつまみながら
ビールやワインなどを飲みました。
(これで朗読会も含めて1000円は安い。マスターのサービス!)
宴たけなわのタイミングで、氏家さん(ブラックサンのマスター)、Fさん、Y子さん
の3人で、落語の「薮入り」の朗読劇をしてくれました。
「薮入り」ってご存知ですか?
いい話ですねぇ。
昔、丁稚(小僧)、女中として奉公に出された子供たちは、年に2回、お正月の15日頃と
お盆に家に帰る(帰省)が許されていました。住まいと食事を与えられる代わりに、給与は
ゼロです。しかし、帰省の歳には、少しお小遣いをもらって帰ってくる。
江戸時代に始まり、1945年まで200年以上続いた日本の制度です。
松下幸之助も本田宗一郎ももともとは丁稚だったんです。
「薮入り」の具体的な時代背景はわかりませんが、当時、ねずみがたくさん出ました。
ねずみを捕まえて交番?に届けると、例えば1銭もらえた。疫病などが流行ると、
これが値上がりして、1匹が10銭とか1円に跳ね上がることもあった、と。
「薮入り」の意味は藪の中にある実家に帰る、というのが有力です。
さて、「薮入り」。
もうすぐ、幼くして丁稚に出た息子が3年ぶりに帰ってくる。それを待ちわびる両親。
もう夜中の二時頃から目が覚めてしまって、眠れない。息子に早く会いたくて会いたくて。
「きっと、随分大きくなっただろうなぁ」と。
帰ってきたら、何を食べさせてあげようか、どこに連れて行ってあげようか
と想いはめぐり、ああ、早く会いたい、会いたくて、眠れない。
「ええい、おっかぁ、時計の針を一時間くらいくるりと回してしまえ!」
などとわけのわからないことを言う父親。
そして、息子が礼儀正しく帰ってくる。
父親は嬉しくて、涙で、息子の顔を見ることもできない。
とりあえず、近所の銭湯に行かせる。
その間に母親は、息子の財布の覗き、その中に15円もの大金が入っていることを
発見する。
「いくらなんだって、15円ものお金を持たせてくれるはずはないわ」と。
直情型の父親は、かっと来て
「あの野郎!まさか、人様のお金を盗んだんではないか!?
そういえば、目つきが少しおかしかった」
などと言い出す始末。
やがて、息子が銭湯から帰ってくる。
父親は、いきなり怒鳴り倒し、息子をぶん殴る。
「オレはな、お前にそんな躾をした覚えは無いぞ!」
驚いて泣きながら、息子は説明する。
「頑張って、ねずみをたくさん捕まえたんですよ。お父様。
決して人のお金なんて盗んでいませんよ」と。
自分の早とちりと知った両親は泣きながら息子にお詫びして
抱きしめる。
そういう話です。
私は泣いてしまった。
人情話というのでしょうか。
落語の基本かもしれませんが、心に響きます。
理屈はない。
人を感動させるものは、愛であり、人情であり、優しさだ。
理屈も、批判も、知識も、人を感動させはしない。
氏家さん(ジャズバーのマスター)は、落語が好きで、早い時間にバーに行くと
ジャズではなくて、落語が流れています。
落語のお話の原作は、原作者が分かっている場合もありますが、不明のものも
たくさんあります。きっと、いい話は、まるで伝説のように語り継がれているのだと
思います。
立川談志いわく
「演劇なんて、楽なもんさ。それぞれの役ごとに演技すればいいんだろう。
落語はたった一人で、座ったまま、すべてを語って描くんだぞ」
来月の朗読会には、私も、もう少し、素材を考えて、練習して臨まなくては。
感動と反省の一日でした。
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