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「地球最後の日」を想像してみよう。
巨大隕石が地球に衝突する。なんとかそれを避けようと人類は頑張るけど、
結局、衝突をさけることはできそうにない。衝突すれば間違いなく地球は破壊され
人類の生存は不可能。衝突まで、あと24時間。
(よくある設定だけど)
さて、あなたなら、どうする?
子供のときに、そんな話はよくあって、「美味しいものを腹いっぱい食べる」なんて
意見もあったけど、当然、そんな状況で仕事を続ける人はない。お店はすべて閉店だ。
電車も動いていない。医者も警官も先生もTV局も新聞社も政治家もみんな仕事なんて
放棄するだろう。電気も水道もガスも止まるかもしれない。電話もメールも通じないかもしれない。
移動するとしたら、歩くか、自転車か、自動車か。どこへ行く?
信号も止まっているかもしれない。逢いたい相手に連絡も取れないかもしれない。
略奪や暴行、強姦などが起こるかもしれない。しかし、食料品などは、もっと事前に各家
は購入して準備しているだろう。スーパーにもデパートにもめぼしいものは残っていない
かもしれない。お金も宝石ももう、意味はなさない。若くて綺麗な女性は、怖くて部屋から
出られなくなるかもしれない。
王様も乞食も、社長も平社員も、総理大臣も秘書も、中学生も高校生も関係なくなる。
金持ちも貧乏人も関係ない。売春婦も女王様も関係ない。身分も生まれも関係ない。
エリートもおちこぼれもない。
明日はない。自分だけでなく、世界の人がまもなく全員死ぬ。
それでも、人は理性やモラル、自尊心を保つことができるのだろうか?
(世界的にみたら、日本人はたぶん、そんなときでも「もう、しょうがない」と
冷静な人が多いかもしれない)
最期の24時間を家族で過ごすか。恋人同士過ごすか。
死ぬ前に、以前から怨んでいた人をぶん殴りにいくか。
信仰深い人は、ひたすら神に祈るのか。
いろいろと悩んでいた人は、気持ちが救われるかもしれない。
もう、面倒な仕事の心配はいらない。
上司に怒られることもない。
嫌な同僚の顔を見なくてもすむ。
借金を返済する必要はない。
お金の心配も老後の心配もなくなる。
原発や放射線の心配もいらなくなる。
嫁と姑のトラブルもなくなる。
夫婦のトラブルもなくなる。
家族の争いがなくなる。
病気の苦しさから、開放される。
介護の毎日から開放される。
自分の死をまじめに想像すると少し怖いけど、
地球最後の日を想像するのは、なぜかそれほど怖くない。
可能性が低いからだろうか。
怖くないどころか、なにかしら、すっきりするような気もしてくる。
爽快な気分だ。
なぜだろう?
皆が平等になるからか?
それとも、私は、ちょっと疲れているのだろうか・・・。
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自分だけ死ぬなら怖いけど、みんな一緒に死ぬという平等さが恐怖を取り除いてくれますね、予防接種と同じです。w
2012/1/28(土) 午後 10:56
モノケさん、こんにちは。すべての人類が一緒に死ぬとなると、「残った人たち」というのはいなくなり、歴史はそこで終わります。もう、自尊心もいらない、遺族に迷惑もかけない、後世に残す名誉もない、なんにも心配は要らない、なんて考えて行くと、なんだか、「それもわるくないかな」なんて考えてしまうのです。
2012/1/29(日) 午前 11:19 [ dareyanen22 ]
内緒さん、こんにちは。たぶん、アキちゃんが去ったこととは関係ないと思いますが、わかりません。私はどちらかというと、「無常観」を感じます。そして、地球最後の日ですが、神への感謝を感じるかどうか、わかりません。でも、覚悟を決めたときには、きっと、神のことを想うでしょうね。
2012/1/29(日) 午前 11:23 [ dareyanen22 ]
隕石の衝突で地球が破壊、これを可能性のある現実だということは
イギリス人の先生と話をしていて初めて思いました、彼が言うにはマクロの目で地球の歴史を眺めたら、今はそういう時間軸の中にあるのだと真剣に言っていました、
ただだからといって、自分の実感の中にそれが現実となって想定できるかと言うと答えはNOです、
想定外としかいいようがないのは、そういうことを現実とみなす基盤が全く自身の中にないからでしょうね。。。
自分の死よりも数倍も恐ろしいことです、恐ろしいというより、
「自分のもっている感情の中にない感情」
そんな感じですかね。
2012/1/29(日) 午後 2:02
凛さん、巨大隕石の衝突はありうる話です。でも、もっと確実なことは、自分が死ぬこと、やがて太陽にも地球にも終りがくるということです。でも、地球に終りが来る前に人類が住めない星になるはずです。それまで人類がくだらない争いで自滅しないか、地球脱出する技術を持ちえるかはわかりません。
でも、私は、あと24時間で地球が終りになってしまう最後の最後に、人はどんな価値観を持つのだろう?何をしたがるのだろう?ということに興味があります。それこそが、きっと、一番大切なものだと思うからです。
2012/1/29(日) 午後 4:03 [ dareyanen22 ]