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奴隷の歴史(5)
歴史
[ dareyanen22 ]
2013/1/3(木) 午後 10:32
奴隷の歴史(5)
歴史
[ アジアや世界の歴史や環境を学ぶ ]
2013/1/3(木) 午前 8:24
1500年代後半
戦国九州のキリシタン大名の大村純忠は領民を強制的にキリスト教に改宗させたり、領内の寺社仏閣を破壊した。それに抵抗する僧侶は追放、もしくは殺害された。
領内一円でキリシタンに改宗しない者は異教徒として弾圧され、そのまま奴隷として海外に売られていった。
当時、ポルトガル商人は争って日本人の女奴隷をアジアで買い漁っていたという事実がある。
ポルトガル人などの南蛮諸国の白人の間では、日本人の女奴隷は特に珍重されていて、マカオなどの奴隷の集散地や市場でもアジアの女性の需要が多かった。
奴隷は買い入れられた価格の10倍以上の値で転売されていて、商品としての利幅が大きかったが、輸送時に熱病などで死亡すればゴミ同然に海中に棄てられた。
そうした劣悪な環境での輸送では奴隷の死亡率はきわめて高く、航海が長い場合は3分の1から4分の1が死亡し廃棄された。
奴隷の歴史(5)
歴史
[ dareyanen22 ]
2012/11/23(金) 午後 9:27
奴隷の歴史(5)
歴史
[ アジアや世界の歴史や環境を学ぶ ]
2012/11/23(金) 午前 8:51
1587年、豊臣秀吉は宣教師追放令を発布した。その一条の中に、ポルトガル商人による日本人奴隷の売買を厳しく禁じた規定がある。
日本での鎖国は、奴隷貿易に結びついていた。
日本人を奴隷として輸出するのは、ポルトガル人がはじめて種子島に漂着した1540年代からはじまった。
16世紀の後半には、ポルトガル本国や南米アルゼンチンにまでも日本人は送られるようになり、1582年ローマに派遣された少年使節団の一行も、世界各地で多数の日本人が奴隷の身分に置かれている事実を目撃している。
我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、 安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)
我が民族中のあれほど多数の男女やら童男・童女が、世界中の様々な地域へ安い値でさらっていって売りさばかれ、みじめな賤業に就くのを見て、憐 憫の情を催さない者があろうか。
と、使節団の会話録に残されている
長らくお世話になりました
その他
[ dareyanen22 ]
2012/11/3(土) 午後 2:12
臓器移植など
その他
[ dareyanen22 ]
2012/11/2(金) 午前 10:55




