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いろいろあるけど、めげずにコツコツと

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武生にて

先週の金曜日は、仕事で福井県の武生(たけふ)に行ってきました。
以前は、武生市でしたが、今は越前市と言います。
場所はここです。
 
 
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歴史のある街で、紫式部も一時、ここに滞在していたと言われています。
空襲を受けていないのか、いまでも、あちらこちらに古い建物があって
風情があります。
冬は越前ガニが美味しい。メス蟹のセイコ蟹の味噌が旨い。
 
 
 
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仕事を終えてから、近くに、以前勤務していた会社の工場があるので
そこに立ち寄りました。知人がいるんです。
8年ぶりくらいかな。
 
Aさんは、無機化学を専攻していたマスターでインテリです。米国にも2年くらい駐在していた。
TOEICも900点くらい。「評論家的で何もしない」といった批判もあって、現場受けは悪いのですが
私とは気が合います。「汗水たらして苦労を共に」というタイプではなく、極めて合理的な
考えをする人です。現在50歳くらい。
 
彼らしいエピソードとしては、たとえば;
 
・海外出張などに行って、なかなか素敵なものがあると買うのですが、お土産としては
誰にも渡さない。誰か大切な人の誕生日とか結婚記念日とかのために、それを隠し
持っておいて、その日に渡す。
 
・ある工場にいたときに、そこの検査の女性たちが皆、ローレックスの腕時計をしていた。
それを見た彼は「なんてバカなんだ。若くてお金もないはずなのに、そんなものに
何十万円を払って。どうせ何十万円も使うならば、自分への投資として、専門学校へ
行くとか、本を買って読むとか、何か他の使い道があるだろうに。ローレックスの
時計をはめても彼女たちの価値は何も上がらない」
 
・以前、ITバブルで世界が投資で過熱しているときに、彼いわく、「どうして、誰も、これは
異常だ!って言わないんですかね。こんなバブルが続くわけがないじゃないですか」。と。
そして、やがて、このバブルは崩壊し、増設した工場には閑古鳥が鳴いた。
 
Aさんと久しぶりに対面して、旧交を深めた。
彼は2年前には、福島県にいた。
「武生に来ておいて良かったですね。原発事故に遭遇しないで」と私が言うと、
「いやいや、私は単身赴任なので、家族は福島ですよ。一時期は実家の新潟県に
退避していましたけど」と。
「でも、考えてみれば、武生は福井県。原発銀座だね」
「そうですね、ここでも事故があったら、大変なことになります」と。
 
福井県には15基の原発があります。
 
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Q:
なぜ福井県に原子力発電所がたくさんあるの?
A:
原子力発電所を建設するには、
(1)固い岩盤があること
(2)大量の水が得られること
(3)広い敷地があることなどに加え、地元住民の理解が必要です。
福井県では1960年(昭和30年)代前半に、地域の発展を期待して原子力発電所の誘致運動が敦賀市と美浜町で行われました。続いて1965年(昭和40年)代前半には、高浜町と大飯町で原子力発電所の誘致運動が行われました。このように福井県の原子力発電所の建設は、地元の誘致運動から始まり、いずれも安全性の確保を大前提に、立地地域の振興や発展を目指して進められてきました。その後も、4市町にある各発電所で増設計画が進められ、現在の基数に至っています。
(「原子力の科学館あっとほうむ」より)
以前から気になっていたことを聞きました。
「原発って、稼働していても、停止していても、事故があったら、どちらも同じように危険なの?」
 
「いえ、高温だとより危険です。停止していて、冷却状態ならば、危険性はずっと低いですよ。
高温だと放射性物質も活性化して気体になっていますから、爆発事故などがあれば
広い範囲に飛んで行ってしまう。低温ならば、活性化していない分、飛んで行かないです」
 
「セシウムの話ばかり、ニュースで流れるけど、本当はウランやプルトニウムのほうが
怖いんじゃないの?半減期も数億年でしょう?」
 
「ウランやプルトニウムは重たい物質なので、そんなに飛散していないはずですよ。
本当は、セシウムよりもヨウ素が軽く、すごく飛散したんですけど、半減期が数日だったので
問題にならなかったんですよね。だから、セシウムに焦点があたっているんです。
でも、原発に関係なく、放射性物質っていっぱいあるんですよ」
(ヨウ素にもいろいろあって、人体に有害なものもあれば、必要なものもある)
 
私の理解力が乏しくて、彼の云っていることの1/10くらいしか理解していないと思うけど、
そんな話でした。
 
飄々として見える彼だけど、結構ストレスをかかえて仕事をしているらしく、いろいろと
健康も害しているらしい。
実は私も、人から見ると、飄々としていて、そんなには一生懸命働いていないように
見えるらしい。淡々としているように見えるらしいのです。
だけど、そんなことはない、と自分では思っています。
彼への共感は、そういう似たもの同志意識から来るのかもしれません。
 
 
 
 

米国事情

米国の代理店の営業部長が来日して、打合せ、そして、昼食を食べた。
大変なインテリで、頭の回転が速い。健康のため週30kmくらい走っている。
昨日は、夕方、皇居の周りを一周したらしい。
 
米国の抱える問題についていろいろと話していた。
不況だ。大学を出てもなかなか就職先がないらしい。
かつては、お爺さんの代よりも親の代、親の代よりも子供の代のほうが
より豊かな生活をしてきた。生活は、どんどん時代とともに向上してきた。
しかし、いまや、かつてのほうがいい生活をしていた、という時代になったらしい。
 
彼の次女は大学4年生。医学部のドクターコースに行くという。
難関試験に合格したそうだ。しかし、インターンも含めて、医者として
旅立つまで10年かかるらしい。それまでにかかる学費が2000万円。
 
「あなたはそんな大金を払えるの?」
と聞いたら
「私は払わない。親が払うのは4年間だけだ。それ以上、学びたければ、自分の
お金で学ぶべきである。お金がなければ奨学金を借りればいい。
彼女はそうする。やがて、医者になれば借金は返せる」と。
 
米国は学校の学費が高い。そして、医療費も高い。
医療保険に入っていない人、入れない人も多い。医療保険に入っていないと
ちょっとした手術でも30万円や40万円するらしい。
 
「学費と医療費が高い」と彼は嘆いていた。
そして
「貧富の差がどんどん広がっている」と。
 
「ロムニー氏についてどう思うか?」
と聞かれたので、
「異端のモルモン教の彼が米国の大統領候補というのは興味深い。
そして、戒律が厳しいモルモンの彼は、なんであんなに金持ちなのか。
宗教を全面に出しながら、金持ちの人を私はあまり信用できない」
と答えた。
 
 
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彼は民主党支持だ。白人の彼がなぜ、民主党支持なのか?
「民主党を支持するのは、ユダヤ、黒人、ヒスパニックなどのマイノリティーでは?」
と聞いたら、
「え?言ってなかったけ。私はユダヤ人だよ」と。
 
彼の祖先は、お爺さんの代に米国に移民で来た。ギリシヤとトルコの血が流れているらしい。
奥さんの祖先は17世紀に英国から米国に移ってきた初期の人たちだ。
 
「ユダヤ人なのに、なんでも食べて大丈夫?
コーシャがあるでしょう?」
と聞いたら、
「ああ、コーシャね。よく知っているね。ユダヤ教でも、厳しく実践している人、
中くらいの人、適当な人といったレベルに大別され、私は、適当なレベルですよ。
一部戒律は守るけど、すべてを守るわけにはいかない。」と。
 
仕事の話ですが、彼が毎月、電話会議をしよう、とうるさい。
私は言った。
「基本的にいいですよ。でも、問題は2つある。1つは時差の関係で
私は早起きしなくてはいけない。もう一つは、言語だ。
英語でするつもりか?なぜ、日本語を勉強しようとしないのか?
日本人と仕事をしていくうえで、日本語くらい学ぼうという情熱すら感じない。
欧州人は外国語を話すぞ。1か国語しか話せないのはアメリカ人だけだ。
せめて、5歳児程度の日本語をマスターしてみてほしい。そうすれば
全く違ったタイプの言語をマスターするのがいかに大変かわかるはずだ。
それがわかれば、話す言葉も書く言葉も、ノンネイティブにどう表現すれば
少しでもわかりやすくなるか、考えるようになるはずだ。あなたは海外に
行くことが多いので少しはわかると思うけど。
もちろん、アメリカ人が英語だけで済まそうとしているのは、戦争で勝って、
経済大国で、世界一の国と思っているからだ、ということくらはわかっているけど」
と。
 
彼は申し訳なさそうな顔をして 
「私が言ったなんて他の人に言わないで欲しいのだけど・・・」と言いながら
「米国人のマジョリティはクリスチャンだ。カトリックは概して控えめだからいい。
でも、プロテスタントの中には、絶対これが正しい!あなたは間違っている!
と決め付けて、他人を非難する人が多くいる。柔軟性に欠けるんだ。
共和党にはそういう人が多いんだよ。いつだって、アメリカがナンバーワン
なんだ」と。
 
たわいのない雑談ですが、結構刺激的でした。
 

総理の説明責任

野田総理は、よくやっている。
 
麻生は、品がなく、漢字も読めなかった。暴言もあった。
麻生(学習院卒)が総理になってから、皇室の学習院離れも進んだ。
鳩山は信頼性に乏しかった。言っていることがコロコロと変わり、
現実性も乏しかった。奥さんだけが元気よく登場していた。
しかも、自分たちだけ大金持ちで、平成の脱税王だった。
安倍は精神的にもろかった。圧力に負けて、ヘナヘナになって
最後は投げ出し、逃げてしまった。
管のことはよく知らないけど、短気だった。怒ってばっかり
いたようだ。官僚の評判も悪かった。
 
野田総理には暴言はない。漢字も読めるみたいだ。
言っていることがコロコロ変わる、というほどではない。
精神的にも強そうだ。投げ出さない。短気でもなさそうだ。
 
しかし・・・・
 
野田さんは、国民への説明が足りな過ぎる。
説明責任を果たしているとは言えない。
 
オスプレイの沖縄配備。「御理解と御協力」が欲しければ、ちゃんと
「オスプレイは、今後事故の起こすようなペリコプターではない」と
いうことを実証し、説明すべきだ。さもなければ、沖縄の人たちが
反対するのは当然だ。
 
青森の大間原発の建設工事再開だってそうだ。2030年には原発を全廃など
と言っておきながら、なぜ、これから、原発を建設するのか。
原発を廃炉にする方法、タイムスケジュール、コスト試算はできているのか。
核廃棄物の最終処分については、ちゃんとした見通しはあるのか。
なぜ、国民や北海道人にちゃんとした説明をしないのか。
(もし、ここでも事故が発生したら、大間のマグロも終わりですね)
 
 
 
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消費税増税も必要なことは、なんとなく、わかる。しかし、その前に身を削って
議員数削減だと思う。「身を削る」と言及しながら、実際にはなにもしていない。
いつのまにか、そういう話は消えてしまった。
 
彼には説明責任がある。
これだけ重要なことを、十分な説明もせずに国民や地域住民が納得するわけがない。
 
民意の反映について、あまりにも国民の意見を尊重しすぎる(ポピュリズムという)
と、衆愚政治になる、という意見もある。政治のことは、政治のプロに任せる。
そのプロを選ぶのが選挙であって、選ばれた人たちにすべてを託すべきである、と。
 
しかし、それにしても、やはり、説明責任はついてまわる。
野田さんの信念を貫くために、周りの人たちを、真面目そうな顔をして
だましながら、ごり押ししていったら、「平成の大詐欺師」と呼ばれるかもしれない。
オオカミおじさんだ。
 
とても、残念。
 
「ご理解」を求めるならば、納得するように説明をして欲しい。
 
5年以上の工事を終えて、東京駅が1914年の当時に復元されて、今日
10月1日、グランドオープン(リニューアル・オープン?)となった。
 
丸の内、北口、南口の天井はこんな感じで高い。
 
 
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朝の丸の内北口外観。
 
 
 
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記念のブックマークをJRの人が配っていた。
(2個もらっちゃった。金色の東京駅の駅舎の形)
 
 
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そして、夜。
ライトアップされて、なかなかいい感じですね。
 
 
 
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古いものはいい。
古いと言っても、たかだか100年くらだけど、神社仏閣を除いて、1944年、1945年に、みーんな
米軍の爆撃で破壊されちゃいましたからね。
 
 
 
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なんか大勢の人たちが写真を撮っていました。
写真だけ見ると、日本じゃないみたいですね。
 
 
日本の玄関、東京駅。
この駅のデザインはなかなか素敵だけど、英国風なんですよね。
日本風ではなくて、日本の「文明開化」の香りがする。
 
1854年に今の佐賀県で生まれた辰野金吾が英国人建築家ジョサイア・コンドルの
下で学び、英国にも留学し、修業し、西洋建築を学んだ。
全長335メートルのこの駅舎をよく、当時、大胆に設計したと思います。
 
日露戦争に勝った日本は、近代国家の仲間入りをしたんだ!と「象徴」が欲しかった
んでしょうね。
 
 
 
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私としては、こういう西洋の物まねではなくて、「純和風」のものにあこがれるのですが、
まあ、せっかくの100周年、グランドオープン、文句は言うまい。
 
美しい駅です。
 
耐震工事も含めて、復元費500億円です。
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2012年9月28日の朝日新聞朝刊に村上春樹氏が寄稿した『魂の行き来する道筋 』の
全文を掲載します。
 
**

尖閣諸島を巡る紛争が過激化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が
姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショ
ックを感じている。

それが政治主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚
げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、
今の段階では差し控えたいと思う。

この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに
固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな
原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。
各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能に
なり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共
通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し
(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当
に支払われるようになった。

僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長か
ったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひど
かったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくない
から)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定
したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残
されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組
が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれて
いる。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。

たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対し以前
よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。
それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓
国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の
本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。

このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血
を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けて
きたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に
存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって
行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っ
ても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたら
すことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来
する道筋なのだ。

今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊
してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐
れる。

国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避
けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだ
し、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。

領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、
それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の
酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の
声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。
しかし賑やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽るタイプの政治家や論客に対して、
我々は注意深くならなくてはならない。

1930年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によっ
て失われた領土の回復を一貫してその政権の根幹に置いたからだった。それがどの
ような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島の問題においても、
状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検
証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽
るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。

僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、1939年に満州国とモンゴル
との間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛
争がもたらした、短いけれど熾烈な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍と
の間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。
僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢や遺品がいまだに散らばる茫漠たる荒
野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が
意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたも
のだった。

最初に述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについ
ては、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一
人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。
僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国国内の行動に対して、どうか報
復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、
それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。
逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意
を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって
大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものになるだ
ろう。

安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道を塞いでしまってはならない。
その道筋をつくるために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重
ねてきたのだ。
そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋な
のだ。

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