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奴隷の歴史(5)

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15世紀に「大航海時代」が始まります。
それまで地球は平らだと考えられていたのですが、「地球球体説」が
出てきて、羅針盤、航海術、造船技術も発達してきました。
大航海の主役はポルトガルとスペイン。地中海の東方にオスマン帝国があって
これを避けるような形で西へ南へと航海に出始めたのです。
スペイン国王の経済支援でイタリア人も活躍。

(これよりも早く中国・明の鄭和が15世紀の初めにベトナム、インド、アフリカまで
大航海をしています。アフリカからキリンを連れて帰ったりしているようですが、
黒人奴隷貿易については書かれていません)

1488年ディアス(ポルトガル人)喜望峰到達(アフリカ最南端)
1492年コロンブス(イタリア人)中米のサンサルバドルへ到達
1497−98年カボット(イタリア人)北米探検
1498年ヴァスコ=ダ=ガマ(ポルトガル人)カルカッタ(インド)到着
1499年〜アメリゴ・ヴェスプッチ南米探検
1500年カブラル(ポルトガル人)ブラジル到着

この後、ポルトガルは
1510年ゴア(インド)占領
1511年マラッカ占領
1512年モルッカ諸島に至る
1517年明との貿易開始
1518年セイロン占領
1543年種子島漂着(鉄砲を伝える)
1550年から平戸で対日貿易開始
1557年マカオの居住権獲得

一方、スペインは
1513年パナマ地峡横断、太平洋に
1519〜21年コルテス、アステカ帝国(メキシコ)征服
1519〜22年マゼラン世界一周
1532〜33年ピサロ、インカ帝国征服
1545年ボリビアに銀山発見

ふざけたことにローマ教皇が、ざっくり大西洋よりも東はポルトガル、西はスペインが
支配しなさい、と指示しているんです(1494年のトルデシリャス条約)
海外におけるポルトガルとスペインの争いを避ける目的だったようです。
線が少し西にずれて、ブラジルはポルトガルのものとなりました。

大航海時代はいわば世界貿易の始まりです。船と鉄砲の発達により、陸上に強かった
騎馬民族の覇権が衰退していきます。貿易を促進させたものは、当時の人が欲しかった
香料であり、銀であり、砂糖でした。そして、そのための鉱山、畑、労働力などが
必要で、未開の国の征服と奴隷が必要でした。

エンコミエンダ制(スペイン語)というのがあって、スペイン王室が植民者に与えた
先住民支配の信託(エンコミエンダ)制度だそうです。征服者や入植者にその功績や
身分に応じて一定数のインディオを割り当て、一定期間その労働力として使役する権利
を与えるとともに、彼らを保護しキリスト教徒に改宗させることを義務付けました。
結局、鉱山などで働かされた先住民たちは、重労働と欧州人が持ち込んだ病気で次々と
死んで行きました。

先住民が死んでしまって労働力が不足したために、アフリカの東西海岸からの黒人の
奴隷貿易がさかんとなります。
1518年にスペインは黒人奴隷輸入の最初の独占的許可状というのを発行。
1525年にはポルトガルがアフリカ東海岸(ザンジバルなど)に進出。
そして、西海岸からも南米に多くの黒人が奴隷として運ばれました。航海日数は数ヶ月
かかったらしく、荷物のようにして運ばれた黒人たちの多くは船底で死に、死体は海に
投げ捨てられたようです。19世紀までにアフリカから南北アメリカ大陸には1000万人
以上の黒人が奴隷として運ばれたそうです。仮に1船に100人として10万回運ばなければ
なりません。後の大きな船でも500人x2万回です。
300年間奴隷船が動いたとして、300年x365日=109,500日
少なくとも毎週1回は奴隷船が出航していたわけです。

16世紀には欧州で宗教革命も起こり、カトリック系のポルトガル、スペイン人
たちが、新しい布教場所を求めていったというのも、1つの真理だったかもしれません。
カトリックの教えをしりませんが、有色人種は人間として扱う必要がなかった
のかもしれません。もしくは、カトリックを信じる者だけが、生きるに値すると
考えたのでしょうか。「信心深い」ってどいうことでしょうか。
宗教や宗教の開祖、預言者は、まあ、良いのですが、後々、それにあぐらをかいて
権力の座についた宗教家たちを私は信用していません。もちろん、素晴らしい人も
いたのかもしれませんが。

歴史は、同時にいろいろなことが起こるのでややこしいのですが、16世紀の後半に
スペイン支配下のオランダが独立、そして、1588年スペインの無敵艦隊は英国海軍
に破れ徐々に世界での覇権を失っていきます。

今回は特に南米に焦点を当てたいと思っているのですが、ポルトガル、スペインに
よる征服、先住民虐殺、黒人奴隷輸入、そして、その後が、とても面白いのです。
最近まで知らなかったのですが、南米では独自の民族の融合、国家の成立がされます。
アジアよりも独立がずっと早いんですね。

それは、また次回にします。

渡辺貞夫

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ナベサダの生演奏を聞いたのはいつ頃だったろう?
30歳を過ぎてからは、大きなコンサート・ホールが嫌になり、
小さな会場でのライブを好むようになりました。
15年以上前だと思いますが、渋谷か六本木のライブ・ハウスで
渡辺貞夫を聞きました。

1933年栃木県生まれ。今年はもう76歳ですね。
1951年に銀座で演奏を始め、1961年にアルバム・デビュー。
1962年にボストンのバークリ音楽院に留学。
その後の活躍はご存知の通り、1978年の「カリフォルニア・シャワー」
は大ヒットしました。とてもポップで爽やか。

ジャズをやる人には拘りのある人が多いのか、たまに、ナベサダを好きでない
という人もいます。ポップすぎるのでしょうか。でも、76歳になる人が、
これだけポップなジャズを演奏するというのは、生まれ育った時代背景を考える
とすごいことです。

ライブ・ハウスでは、ビュッフェ・スタイルでの食事でしたが、演奏の合間に
渡辺さんも皆と同じように並んで食べ物を取っていました。当たり前と言えば当たり前
だけど、ステージ場の大スターが観客と同じように食べ物をとっている姿は
なんとも親しみやすく、しかも、誰もキャーキャー言わないし、サインも
求めないし、なんとも大人の雰囲気でした。すぐ隣にナベサダがニコニコして
並んでいる、というのは不思議な感じでした。

最近では、子供たちに音楽の楽しみを教えているようです。いまだに栃木訛りが
抜けず、あの笑顔。素敵ですよね。


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