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本屋でもと米国の国務長官コリン・パウエルの自伝を目にしました。
米国初の黒人の国務長官だった。彼はジャマイカからの移民の2世だ。
パウエルの後任は、ライス国務長官だった。米国初の女性で、黒人の
国務長官だった。あのルックス、女性であること、黒人であることを考えると
彼女が半端な知性の持ち主ではないことがわかる。さもなければ、WASPが
幅をきかせる米国で、ありえないことだ。
15歳で大学に入学し、政治学博士でもある。
5か国語が堪能なマルチ・リンガルでもある。
ただ単に頭がいい、というだけではないと思う。
この恐ろしくIQの高い彼女の好きな作家は、ドストエフスキーだ。
ドストエフスキーは、いわば、魂をテーマにした作家だった、と私は思っている。
キリスト教の腐敗を嘆き、ロシア帝国の冷酷さを嘆き、神の存在を疑い、
一時は社会主義に走ったが、やがては、「この広いロシアの大地こそが、我らの
神なのだ」と凍てついた大地で暮らす人々に暖かい目を向けた。
(無知で、偏見に富んだ私が大それたタイトルで書き始めてしまったが、自分の
感性しか信じるものもなく、自分のブログなので、続けて脈絡がなさそうな
ことを思いついたままに書きます。支離滅裂になりそうですがご容赦を。)
先日、TVで高倉健のインタビュー番組を見た。正直言って、健さんの映画は一本も見ていない。
それなのに、なんとなく、それなりのイメージはもっている。
孤独で孤高なイメージだ。
高倉健も今年81歳。めったに語ることのない高倉健が多くを語った。
これとて、ひょっとしたら演技かもしれない。しかし、81歳で、もう、いまさら
ええ格好はしないだろう。偶像化された俳優ではあるけれど、81歳にして語る
彼から、私は「魂」のようなものを感じた。
野球のイチロー選手にも「魂」を感じる。「サムライ」と呼ばれることが多いけれど、
あのコンスタントにヒットを打ち続ける姿は尋常ではない。「野球がうまい」ということ
では片付けられない何かがある。
魂って一体なんだ?
知性でもない。神様でも仏様でもない。
霊魂とも違う。
心とも少し違う。努力とも少し違う。
情熱には少し近い。
安易に答えを出すことはできなけれど、私が思うに
天命を全うしようとする姿から魂を感じる。
情熱をもって、天から賦与された能力を最大限に生かせるように
努力して、やれるところまでやって、天命を待っているような姿だ。
何もしないで、ただ、神を信じて祈るのとは違う。
自分の才能を鼻にかけて、他者に対する優越感を誇示するのとも違う。
もちろん、贅沢三昧することではない。
全身全霊を傾けて、何かに情熱をもやし、他者のために頑張っている人たちを
見て、感動するのは、そこに魂を感じるからだと思う。
私の魂はどこにあるのだろうか?
魂がなければ、ただの抜け殻だ。
抜け殻の人生だった、と自戒することのないように
今から一体何ができるだろう。
久しぶりにゆっくりと過ごした日曜日の夜、
そんなことを考えてしまった。
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2012年10月14日
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