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今週はいろいろとある。
火曜日の夜に吐き気をもよおし、水曜日は会社を休みずっと寝ていた。
今日、木曜日は朝、お粥を食べて、なんとか会社に行った。
すぐに携帯電話の電源を切って充電していた。
昼前、珍しく妻から会社に電話があり、
「お兄さんが電話を欲しい」って。
携帯電話の電源を入れると、兄からの着信履歴が3回。
かけて見た。大体、こういう時はろくな話はない。
「お母さんが倒れた。これから病院へ行く。
病院の名前と電話番号を言うからメモってくれ。
医者の話を聞いたらまた電話する」
と兄。
母は、すでに介護施設にいるが、そこで倒れた。
まあ、いつ、そういうことが起きても不思議はない。
兄は介護施設に比較的近い場所にある役所に勤めている。
昼食にバナナを1本食べ終えて、
1時間くらいしてから、再び兄から電話。
「まあ、前回、倒れたときと同じだ。脳梗塞。
意識不明。食事は取れないから点滴。
ICUにいるから面会は30分まで。夜は8時まで。
今日、慌てて来てもしょうがないと思うけど、どうする?
もう、意識が戻ることはないと思うけど」
と。
どうしようかと考えたけど、昨日休んで仕事は溜まっているし、
体調はまだ、いまいちだし、
「今日は行かない」
と伝えた。
土曜か日曜日に行こう。
私は別に親不孝な息子ではなかった、と思う。そう思う一方で、とくに
親孝行だったわけでもない。
母親のことが好きだったし、ずっと友達のような親しさをもって付き合ってきた。
母の気が若かったこともあるのだろうけど、思えば、私が小学生時代から
ずっと友達のようだった。もちろん、私が体調が悪いときなどは、例えば
お腹が痛かったりするとさすってくれたり、下痢だったりすると指圧のつぼを
押してくれたりもした。そういうときは、「母」だった。
私が社会人になってからは、結構実用的なものを私がプレゼントしたり、
長電話で話したり・・・。母は、とにかく、おしゃべりが好きだった。
父が死んだのが14年前。父が死んでから、母はボケてきたような気がする。
頑固で短気な父だったのに、
「本当に優しいお父さんだった」
と何度も何度も想い出話で語ってくれた。
「お父さんは、いい時代に死んだのよ」
と。
昭和9年生まれの母が、どうなるか。
死ぬにはまだ早いかもしれない。
でも、人それぞれだ。
もし、意識を失ったまま、苦しまずに死ぬことができるならば
それはそれで良いのかもしれない。
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皆さんも、ご自身のこととして気をつけてくださいね。
もちろん私も。
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2012年02月23日
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