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人は快楽とプライドで生きている。しかし、快楽はプライドを満たさないが、プライドは快楽を満たすこともある。「どうしてそんなに頑張るの?」に対する回答は大体がプライドだ。
京都人はプライドが高い。
ある知人は南大阪出身で京都の女性と結婚し、神戸に住んでいる。彼は医者であるが、そんなことよりも奥さんの京都出身というプライドのほうが目に付く。京都だから、言葉にしても、大阪弁や神戸弁と同様に扱われることは嫌う。「京都ですから」と。
「天皇陛下はちょっと間、東京に散歩に出られているだけです」
という本気とも冗談ともつかぬセリフを何度か聞いたことがある。1868年以降、天皇は東京に仮住まいしているが、その前、1000年は京都に住んでいた、と。
お客さんに京都生まれ、京都育ちの人がいる。彼の場合は、私なんかよりも京都をよく知っているので、こんなコメントをしていた。
「私は京都が嫌いです。なぜなら、すぐに家柄の話になるからです」
と。よそ者ならば家柄の話まで行かないのに、京都生まれの京都育ちとなると、さらなる差別化で家柄の話になるのでしょう。
まあねぇ、古いものは基本的に好きですけど・・・。ギリシアが結局、2000年以上前の遺産に依存して生きてきて、多くが公務員となり、国家が破綻している様子を見ると、プライドだけで生きている姿もなんだかなぁ。努力を伴わないプライドは、尊敬に値しないような気がします。
平民出身者の僻みでしょうけど、そんなことをふと思いました。
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2012年03月26日
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