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ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
寺山修司(1935-1983)。青森県出身。
劇作家、詩人、歌人、演出家、映画監督、小説家、
作詞家、脚本家、随筆家、俳人、評論家、俳優、写真家。
演劇実験室「天井桟敷」主宰。
47歳で亡くなった。
多才な人だったが、伝説やら奇行やらも多かった。
私が学生時代、天井桟敷のメンバーとして寺山と一緒に欧州公演に行った、
という役者さんと阿佐ヶ谷でマージャンをしたことがある。彼は、
キレイな彼女と同棲していて羨ましかったけど、お金はなさそうだった。
寺山は競馬も好きで、マスコミに
「結局、これまでを通算すると競馬で勝ったんですか、それとも負けたんですか?」
と聞かれ
「あなたね、人生に勝ったとか、負けたとか、あるんですか!?」
と聞き返した、という話もある。
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2012年04月21日
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母が亡くなって、四十九日には一週間早かったのですが、今日、納骨をしてきました。
父が眠る墓地は、厚木の山奥にあり、今日は、幸い曇り時々晴れの天気で
あたりには八重桜や枝垂桜などが咲いてキレイでした。
宗教も坊主も抜きの兄と二人の納骨です。
どこかの宗教法人の名義を借りて、石材屋が墓地を経営しているのか、石材屋の人が
墓を空けてくれて、そこに母の骨壷を入れてもらいました。
まだ、父と母の二人の骨壷しかありません。この次に、ここに入るのは兄だと思います。
私は二男なので、ここには入らない。もし、墓が欲しければ自分で買わねばならない。
ご焼香をして、拝み、そして、おしまい。
兄とは非常に仲が悪かったのですが、遺産相続ではもめませんでした。
兄も変人ですが、プライドもあるので、弟に文句を言われないように最善を
尽くしてくれた、と理解しています。
両親とも亡くなり、納骨も完了し、遺産相続も完了。
今後、この墓参りに来ることがあるのだろうか。
兄と会うことはあるのだろうか。
兄と二人で簡単な昼食を済ませ、一族の話などをしました。
墓石を見て、初めて自分の家の家紋を知りました。
好きとか嫌いとかではなくて、否定できない事実として
自分たち一族の血がどうなっているのか。
祖父母、従兄弟あたりまで見渡せば、大体のことはわかります。
蛙の子は蛙。
蛙が蛇になったり、トラになったりすることはない。
実家は兄が相続する。
家にあった古いもの、子供のときの学校の成績表や
大学の卒業証明書などをもってきたもらった。
私の成績の悪かったこと!
小学校1年生のときには2と3しかない。
3年生でオール3くらい。
4年生から徐々に良くなって行く。
中学校の模試の結果などあったけど、平均よりはいいけど、
特別に優秀とは決していえない。
とても、子供たちに見せられない。
うちの親は教育熱心ではなかった。
少なくとも、学校でいい成績を取ることをそれほど求めなかった。
母はそもそも学校の先生を尊敬していなかった。
父もそうだと思う。先生よりも子供たちを信じていたし、
学校の成績よりも、とにかく本好きになって欲しい、というのが
母親の希望だったような気がする。
塾にも行ったことはない。
でも・・・
こんなことを自分で書くのはなんだけど、自分で思うのは
伸びきったゴムのような大人にならなくて良かった、
ということ。
お母さん、ありがとう。
お父さんの近くで安らかに眠ってください。
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