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私はこの日本という国と民族と、
その文化を愛している。
しかし、国が国民のために
存在しているとは思わない。
国が私たちを最後まで
守ってくれるとも思わない。
五木寛之(1932- )。日本の作家。
満州で終戦を迎えた。
高級官僚や軍の高官はどんどん南下して
逃げて行く一方で、一般市民は取り残されていった。
病気の母はソ連軍に辱められ、死んでいった。
そういう原体験を持つ。40歳の頃に仏門を叩き、
その思想は深みを増し、親鸞に傾いている。
私は中学時代に『青春の門』に捕まった。
しかし、彼が翻訳した『かもめのジョナサン』のあとがきで、
「こういうエリートを目指す傾向に違和感を持つ」という
彼のコメントに「いい格好しい」というイメージを持っていた。
金持ちなのに庶民派ぶる人、エリートなのに非エリートぶる人は多い。
しかし、35年も彼を見続けてきて、彼は全くぶれない。
「陽気さ」「経済成長」「元気」を求める社会に対して、
彼は一貫して違和感を持ち続けている。
同時代に生きる識者でこれだけ大きな時の流れと
時代感覚を持つ人は少ないと思う。
山を登れば下山するのが当たり前だ。気をつけて下山しなくては。
無事下山できてこそ、その登山は成功したと言える。
青春・朱夏・白秋・玄冬という人生の季節の玄冬期を
迎えた彼の「覚悟」に耳を傾けたい。
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