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『日の名残り』を読みました。
著者のカズオ・イシグロ(1954- )は、長崎県生まれで5歳の時に親と渡英し、1982年に英国に帰化。
日本語は話せない。
なんだかつまらなそうな(退屈そうな)本にも思えましたが、読んでびっくり。とても、味わいのある
素晴らしい本でした。
裏表紙には
「品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。
美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿
への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で
催された重要な外交会議の数々----過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸の中
で生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を
呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作」
とある。
これを読んでも全然面白そうな気がしない。
執事?ダーリントン卿?伝統的な英国?ブッカー賞?
でも、とても面白かった。
何が面白かったか、というと;
1)この執事に武士道との共通点を感じたこと。
読みながら新渡戸稲造のいう「武士道」を彷彿させ、藤沢周平の『蝉しぐれ』をも
思い出した。この執事が理想とする「品格」には、われらがサムライ精神に
似たものがある。
父が死のうと、何が起ころうと、冷静に笑顔で仕事を続行する執事。
2)第一次大戦後の状況
重要なことは会議ではなく、こういう大貴族の館で決められていたらしい。
各国の大使、外務大臣、首相級の人たちが、名士であるダーリントン卿の家に
内密に集まり、打ち合わせをする。
第一次大戦で敗れたドイツは、巨額な賠償金を支払うことになり、ドイツ国内は
異常なインフレとなった。それを要求したのはフランスと米国であり、イギリスとしては
「やりすぎではないか」という立場だったようだ。しかし、ドイツはそこまで追い詰められて
ナチスが誕生した。ダーリントン卿はドイツに同情的だった。
私は歴史に興味があるので、こういう歴史の裏舞台の話は好きだな。
品格ある名士に仕える執事。名士(ダーリントン卿)の下には、毎晩のように内密に名士たちが訪れていた。私がわかる名前だけでも、チャーチル、デュポン、バーナード・ショーなど。最高の執事になることを心がけて多くの召使の指揮をしてきたスティーブンス。ダーリントン卿を敬愛し、自分自身も世界の歴史を動かすという偉業の一旦を担っていたという自負があった。しかし、ダーリントン卿は第二次大戦後、「ナチスと親しかった」という汚名で非難される。マスコミをダーリントン卿は名誉毀損で訴えるが、敗訴し、失意の下に亡くなる。新しい屋敷の主は米国人で、彼は老いたスティーブンスに小旅行に出かけるようにアドバイスする。
「もとダーリントン卿の執事だった」ということがスティーブンスの誇りだったにも関わらず、ダーリントン卿への誹謗中傷がひどく、スティーブンスは、自分の過去を語ることも憚れるようになり、自分の人生を否定されたような気分になる。
旅の間に、彼は美しいイングランドの自然を見る。教養も品格もない、しかし、心温かい田舎の村人とも接する。そして、かつての女中頭とも再会して過去を懐かしむ。
やがて、ある海岸べりに行き、夕暮れ時に、その美しい風景を見ながら、スティーブンスは涙を流す。 3)執事の涙
もと武士がサムライ精神を持ったまま、文明開化の明治を迎え、時の流れを感じ、
昔を懐かしいと思いながらも、戻ることのできない人生に涙する、といった感じか。
第二次大戦を終えた英国は、もはや、この執事が若いときの英国ではなかった。
(時代は変わった。でも、美しい自然は変わらない)
海辺で出会った執事よりも年配の人のセリフを少し抜粋します:
「なあ、あんた、わしはあんたの言うことが全部理解できているかどうかわからん。
だが、わしに言わせれば、あんたの態度は間違っているよ。いいかい、いつも
後ろを振り向いていちゃいかんのだ。後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ。
何だって?昔ほどうまく仕事ができない?みんな同じさ。いつかは休むときが来るんだよ。
わしを見てごらん。隠退してから、楽しくて仕方ない。そりゃ、あんたもわしも、必ずしも
もう若いとは言えんが、それでも前を向き続けなくちゃいかん」
「人生楽しまなくっちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ。脚を伸ばして、のんびりするのさ。
夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方が一日でいちばん
いい時間だって言うよ」
くそまじめの人生を生きた執事でした。冗談一つ言うこともできないような。
この真面目な執事のモノローグでできた小説ですが、作者は巧みにやんわりと
笑わせてくれます。くそ真面目な人って、客観的に見て、面白いことが多いんですよね。
それでいて、もの悲しい。ユーモアとペーソスというのでしょうか。
全体的にとても穏やかで温かい気持ちになれる小説です。
でも、こういう本を私が若いときに読んでも、その良さは全然わからなかったと思います。
50歳を過ぎて、やっと少しだけ、世の中の本の良さがわかってきたような・・・。
読み終えて、心がじんわりしました。
この本で残念なのは、
訳者あとがきがつまらないこと。せっかく綺麗な翻訳をしてくれたのに、この訳者には文才が
ないのかな。
それと、丸谷才一が解説を書いているのだけど、なんだか上から目線で不快感を覚えた。
丸谷は、人の心をここまで動かす本を書いたことがあるのか?智に走りすぎ、文章に
文体にこだわりすぎ、一番大切な心が抜けてしまったのではないか。
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2012年06月13日
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