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サッカーの試合で中学3年生の二男が、審判に「暴言」を吐いたということで退場になった。
その件で、「お話ししたい」とサッカー部の顧問に言われ、昨日、妻が息子と顧問の先生と
三者懇談をした。
本当は私が行きたかったけど、妻いわく
「だめ。あなたが行ったら大変なことになりそうだから」と。
二男はゴールキーパー。試合は1-1。そこで敵にシュートをされた。息子はその球を
キャッチした。しかし、審判の判定は、ボールがゴール内に入っているとして「シュート」
を認めた。
その審判の判定に二男は
「どこ見てんだ!?」
と叫んだらしい。
これで、レッド・カード。
どんな暴言かと期待していたのに、この程度だったのか。
この時、審判がなんと言ってレッドカードを出したのかわからない。
それに対して、二男は、さらに言い返したらしい。
そしたら、なんと、もう一枚レッドカードを出され、2試合、試合に出れなくなった。
(中学生相手に2枚もレッドカードを出すだろうか?)
審判が何と言ったか?
それに対して息子がなんと言ったかは、顧問の先生も聞いていないし、息子も
「覚えていない」と。
顧問は、最初、「一緒に審判の先生のところに謝りに行こう」と言っていたのだが、
息子が頑なに拒否し、諦めた。
「しかし、反省していないようならば、7月からの最後の大会にも出場させることは
できないな」と顧問が言うと、息子は
「だったら、出なくてもいい。サッカー部を早期引退する」
と言い切ったらしい。よって、もう部活にはでない。
これらは、すべて妻から聞いた話。
どうも、息子は、顧問の先生のことも好きではないようだ。
妻に「顧問の先生が嫌いなのかな?」
って聞いたら
「前の先生は良かったんだけど。すごく人気があって、若かったし。
でも3月末で変わったの。今度の先生は年配の先生で、人気は
いまひとつみたい」と。
まあ、何が正しいか、とかは難しい。
でも、私が思うに、子供がたとえば算数を嫌いになるとしたら、それは算数が嫌いなのではなく
算数の先生が嫌いなのだ。英語が好きになるとしたら、それは英語よりも英語の先生が好き
なのだ。それだけ、先生は子供への影響力がある。
そういうことを「先生たち」は自覚しているのだろうか?
あなたがた先生の知識が乏しいことはわかっている。
世間知らずなのもわかっている。
でも、人間として生徒に好かれるように頑張ってくれないと、
あなたのために子供たちは、一生の好き嫌いができてしまう。
生徒に媚を売る必要はない。
でも、まさか相手が中学生だからって、一方的に偉そうに接しているというような
ことはないでしょうね。
息子には、なんて言おうか。
「頭に来た先生がいるならば、見返してやるためにも、すっごく勉強して
いい高校に入って、いい大学に行ってやれ!
働いて、大金持ちになって、目の前でわっはっは!と笑ってやれ!」
とでも言おうかな。
まあ、とりあえずは静観ですね。
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2012年06月15日
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「〜してください」も気に障るけど、「お願いします」も微妙な表現だ。
「ホームはすべて禁煙です。ご協力をお願いします」
などとJRの構内アナウンスが流れる。
この「ご協力をお願いします」は、どういう意味なのだろう?
国の法律、自治体の条例による規制ではないが、会社として
そう定めているので、従って欲しい、ということか。
ご協力を拒否した場合には、どうなるのだろう?
野田総理が「ご理解をお願いします」と、何度も発言している。
原発再稼動、消費税値上げのお願いだ。
「ご理解」をお願いするならば、その理解のため、説得する十分な説明
や議論が必要になる。ひょっとしたら、政治家同士、もしくは、産業界、
自治体の上とはやっているのかもしれない。
でも、国民のひとりとして、新聞やTVで
「ご理解をお願いします」
と言われても、十分な説明も受けていないので納得がいかない。
勝手に決めて、「ご理解をお願いします」「ご協力をお願いします」と
言われたら、これらは、要するに「強要」ということだ。
へそ曲がりなのかもしれないけど、「お願いします」と言われると
まずは「検討します」「検討しません」というレベルの返事しか出来ない。
「お願いします」に私と同じような不快感を持っている人は、きっと他にも
たくさんいると思うのだけど・・・。
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英語には敬語がない、と思っている人がいる。とんでもない。
Pleaseをつければ、丁寧語になる、と勘違いしている人も多い。
以前、英会話の先生(オーストラリア人)に言われた。
「日本にいるとplease〜とよく言われる。あれしてください、これしてください、
って、これらは、みんな指図なんですよね。Please, pleaseと言われ続ける
と段々腹が立ってくる」と。
その気持ちがだんだんわかってきました。
たとえば、窓を開けてほしいときに、日本語でも様々な言い方がある;
窓を開けろ
窓をあけなさい
窓を開けてください
窓を開けてもらえませんか
窓を開けてもらってもよろしいですか
恐縮ですが、窓を開けてもらってもよろしいですか
大変恐縮ですが、窓を開けていただけると非常に助かります
などなど。英語も同様、日本語はもちろん。
最近、私のところに様々なところから
(保険会社から)確認したいことがあるのでお電話ください
(プロバイダーから)確認したいことがあるのでお電話ください
などなど、気安く「お電話ください」というメッセージがある。
もっと、面倒な依頼もたくさんある。
現在、取引もないのに、基本取引契約書を交わしたいので
当社案を送付します。内容をご確認ください、など。
これなどは
「現在取引はないし、貴社の契約書案を検討する時間も必要性もないので
検討を辞退します。明確にご返事することによって、貴殿の催促の手間を
削減したいと考えます」などと回答した。
証券会社、保険会社、銀行などから「重要」などと書かれた手紙が来て
「必ずご確認ください」「大切に保管ください」などとくる。
これらは、いわば「命令」だ。
なぜ、そんなにも命令されなくてはいけないのか。
だんだんとイライラしてくる。
ふざけるな、と。
役所の傲慢さに比べれば、まだましだけど、これらの「〜してください」は
決して丁寧ではない。
それはわかっているのだろうか?
そもそも電話してくること自体が迷惑だ。
用があれば、こちらから連絡する。
手紙を送ってくるならば、簡潔に書くべきだ。
分厚い文書を送ってくるな。
読む時間分の時給が欲しい。
こんな夜中にちょっとイライラ。
Pleaseとか、〜してください、は決して丁寧語ではない。
それだけは、はっきりと言いたい。
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