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金曜日の夜は、疲れていたけど、なんだか歌が歌いたくなって、
仕事を終えると新宿御苑近くのトミーさんのスナックへ1人で行った。
ポール・マッカートニーの練習をしようと思ったけど、なかなか難しい。
「マイ・ラブ」はOK,「あのこにおせっかい」「死ぬのは奴らだ」はうまく歌えなかった。
あとは「イエスタデイ」「アクロス・ザ・ユニバース」「レット・イット・ビー」など。
途中から挫折して日本の歌も交えて10曲歌った。
他にもお客さんがいたけど、そんなの関係ない。
まだ、9時過ぎだったので、新宿駅へ行き、ジャズ・バーのブラック・サンへ。
マスターの息子さんのジュン君やその友達3人、それから、荒木さん、松ちゃん、
ミンちゃんもいた。なかなか楽しかったのだけど、Cさんという酒癖の悪い人がいて、
帰るときに階段を転げ落ちて血を流していた。皆で介助して、タクシーに乗せた。
ブラックサンは酒を飲むところだけど、泥酔すべきところではない。
楽しく飲むところだ。
日曜日は、ブラック・サンで夕方から朗読会。今回は出席者が少なくて、女性2人と
男性3名、そしてマスターの6名。
最初の女性は『ぼうさまになったカラス』という絵本を読んでくれた。人の死とカラスと
戦争と平和への祈りを描いた素敵な絵本だ。
二番目の女性は、泉鏡花。文語調の言葉が難しいけど、美しい。
三番手は、年配(74歳?)の役者のSさん。村上春樹の『1973年のピンボール』。
「村上春樹のどこがいいのかわからないけど・・・」と言いながら。
四番手は私。
ブログ友の山さんの素敵な詩を勝手に朗読させて頂きました。
出展もとのサイトはここ。
「もう一つの『神田川』」。ノスタルジックな内容で、役者のSさんを彷彿させる内容。
早稲田卒で、現在の住まいは飛鳥山公園の近くの王子だし、
普通に就職せずに役者になったし、彼女に「あなたのことが好きだ」なんて、
口が裂けてもいいそうにない人なので・・・。
読み終えたら、頑固で偏屈で有名なSさんが顔を赤らめていました。
こんな詩です。
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もうひとつの「神田川」 あなたはまだ覚えているだろうか? 春にはまだ間がある2月 早稲田から王子まで都電に乗って行った日 風がとても冷たくて あなたはぼくのコートのポケットに両手をいれ ぼくはあなたの小さな肩を少しきつく抱き 寄り添って飛鳥山公園を歩いたのを あなたは一体何になりたいの? <何にも> でも、何かにならなければならないのよ。会社員でも、職人さんでも。 <じゃぁ、革命家> 日本ではそんな職業成立しないわ。 <そうか、じゃぁ、本当のことを言おうか> ・・・? <できれば ヒモがいいな> 歳とったら辛いわよ <辛くなったら死んじゃうさ> そういう人に限って長生きするのよ <そうかな> そうよ だらだら醜く あなたはもう忘れてしまっただろうか 春3月の暖かかった真昼に 西陽のあたる4畳半の 何もないぼくの部屋で抱き合った後 あなたは どうしてそんなにやさしいのと言って ぼくの腕を 歯の痕がくっきりつくまで噛んだ。 痛い? <ああ> それだけ? <それだけって?> 怒らないの? <何を?> 痛いって <痛い> 私も痛いわ <何が?> 優しくされるのが・・・ 後になって気づいたのは いつもあなたは ぼくを誰かと比べていたこと そして ぼくは アンニュイなあなたの言葉使いや動作に惑わされ あなたが ぼくよりずっと大人だと思い込んでいたのだが 本当は 何も知らないぼくよりもっと子供だったということ ぼくは あなたがふとさびしげにうつむいた顔 や どうしても止まらない笑いに 体を折り曲げて苦しがったこと や ぼくの指の動きに 恥ずかしそうに反応するあなたの カラダ も はっきり覚えているのだが どういうわけか、どうしても思い出せないことがある。 だから ぼくはそのことを あなたに聞いてみたいと思うのだ いつもぼくはあなたに 「ぼくのことを好き?」としつこく訊いたのに ぼくは 「あなたが好きだ」 と一度でも言っただろうか と |
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『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』を読みました。
売れ行き抜群の池上さんの本の1つです。面白かった。
以下の人たちとの対談を含んでいます。
*島田裕巳(宗教学者) 「葬式はいらない」とは本当ですか
*釈撤宗(浄土真宗本願寺派) 「南無阿弥陀仏」とは?
*高橋卓志(臨済宗) 仏は「生・老・病・死」を救ってくれるか?
*山形孝夫宮城学院女子大名誉教授) 「最後の審判」は来るのか?
*安蘇谷正彦(国学院大学前学長) 日本の神様とはなにか?
*飯塚正人(東京外語大学教授) 「コーラン」で中東情勢が読めるか
*養老孟司(解剖学者) 「いい死に方」ってなんですか?
いくつか、ポイント的に、面白かったこと、知らなかったことを挙げますと;
・ユダヤ教、キリスト教、イスラム教では「神が世界を創った」ことになっているが
仏教では、世界を創ったという神の存在はない。「創世神話」がない。
・仏教では、この世は苦しみに満ちている。輪廻の中で生まれ変わってくるのは
苦しみの連続を意味するので、そういうことがない状態=解脱=輪廻の輪の
外に出ること=涅槃に入る、ことが理想。
・極楽浄土とは、輪廻の外にある仏の国。
・この世で悟りを開けない人でも、浄土へと生まれ変わることができれば、
仏陀となることができる=成仏することができる。
・解脱して浄土へ行かずに、人々を救済するためにこの世へ戻る「菩薩道」も
ある。浄土真宗では、これを「還相廻向」(げんそうえこう)と呼ぶ。
・マックス。ウエーバーによれば、宗教は①「幸福の神義論」タイプと
②「苦難の神義論」タイプがある。
①なぜ、自分が幸福かを説く。たとえば愚痴を言って暮らしているけど、本当は、君、
こんなに幸せじゃないか、おかげを喜びなさい、と説く。仏教に多い。(日蓮宗を除く) ②なぜ、こんなひどい目にあうのかを説明する。キリスト教に多い。迫害を受ければ
受けるほど、自分の信仰は正しいという理路を持っている。
・人間が亡くなったあと、その魂は49日間の旅をする。7日ごとに魂を守ってくれる
仏がいて、最初が不動明王、次が、弥勒菩薩、次が文殊菩薩、そして、釈迦如来
といる。49日後に、解脱か輪廻か、行き先の分岐点が来る。
・ユダヤ教には、いずれこの世に終わりがくる、という終末思想がある。終わりの日には
メシア(救い主)がやってくる、という思想である。
・プロテスタントの教会は、「神の言葉」としての説教を中心に位置付けている。
新渡戸稲造で知られるクエーカー教徒(日本基督友会)、内村鑑三によって創られた
無教会派は、牧師制を否定し、一切の典礼を拒否し、沈黙の祈りに徹している。
・江戸時代に島原でキリスト教に入信した女性は、マリア像に、悲母観音を見たのでは
ないだろうか。
・イエスの愛とは、悲しみを知る、ということではないか。そして、それは仏教でいう仏の
慈悲に近いものではないだろうか。
・そもそも神道における神様とはご先祖様である。そして、自然、つまり、太陽とか海とか。
・イスラム教の「アッラー」というのは、神の名前ではなくて、神のことをアッラーという。
アッラー(イスラム教)=ゴッド(キリスト教)=ヤハウェイ(ユダヤ教)。
・「日本に来て一番良かったことの一つは、宗教からの自由だ」(C.W.ニコル)
・死んだらおしめぇよ、と皆わかっているからこそ、あんなにも皆が、最後に医療費を
かけるのだ。死んで極楽浄土に行けるならば、最後にあんなにお金をかける必要はない。
・ミャンマーやマダガスカルには「死ぬ」という単語がない。そのかわり、「先祖になる」
と表現する。
・死を考える、ということは、結局どう生きるか、ということにつながります。
死に方と生き方は同じなんですよ。
・日本くらい、これだけ宗教が自然に根付いている国は珍しい。
面白そうでしょう。
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