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歴史において「もしも・・・」という話はたくさんある。無意味ではあるけど、ある意味、SF的な仮定で考えるヒントになる。
以前、韓国人に見せられた韓国映画では、「日本が第二次大戦で勝利して、いまだに、朝鮮半島は日本が支配している。朝鮮民族は全員、日本語を使用することを強制され・・・」
といった仮定だった。日本人では、仲村トオルが出演していた。全然、面白い映画ではなかったけど、韓国人にしてみれば、「ぞっ」とする内容の映画なのだろう。日本では話題にもならなかったと思う。
村上龍の『五分後の世界』でも、やはり、日本が無条件降伏をせずに、ゲリラ的に徹底抗戦している。日本人は20−30万人までに減ったけど、地下に潜って戦い続ける。連合軍は地上を制覇しているけれど、地下活動をする日本人に怯えている。天皇家はスイスに避難している。
もしも、南北朝鮮が統一されて、北側の金正恩が「主席」となって、独裁国家となったとしたらどうだろう?後ろには中国がいて支援する。韓国人にとっても、米国にとっても、日本にとっても、嬉しい状況ではないだろう。
北海道がもしも、ソ連(ロシア)領になっていたらどうだろう?連合軍に無条件降伏をして、連合軍が日本を分割。北海道はロシア、九州は中国、四国は英国、本州は米国が占領して、それぞれが争い続ける。楽しい想像ではない。無条件降伏しながら、よくぞ分断されなかったものだと思う。
それでも、ベトナムでは北側(社会主義)が勝利した。それでも、なぜか、ベトナムは親米政権となった。これは一体どういうことだろう。米国でベトナムからの移民と話をしたことがあるければ、若い彼女は、ベトナム戦争のことなど全然気にしていなかった。「昔は昔。今は今」と。
もしも、日本が真珠湾攻撃をしていなかったら、日本はどうなっていただろう?もしも、南太平洋にも進出せず、朝鮮半島と満州のみの侵略だったならば。原油などがなくなり、軍隊のエネルギー源を断たれて、大陸から撤退することになったかもしれない。その場合、どうなったのか?追い詰められた無抵抗のウサギのように列強の餌食になっていたのか。
もしも、米軍が原爆を2個、落とさなかったら、日本はどうしていただろうか?降伏しただろうか?それとも、「一億玉砕」とか言って、最後の最後まで徹底抗戦して、さらに多くの日本人が戦争犠牲者になったのだろうか?それどころか、ソ連軍が満州に乱入後、日本に上陸してきただろうか?そして、日本国土での米ソ中の戦争になっていたのだろうか。
ペリーの来航後、日本の取った道は間違っていたのだろうか?もはや、江戸幕府でもない。ひとつの国家としてまとまり、列強に対抗しなくては、やがて植民地化されたのではないか。富国強兵で朝鮮、満州に進出したのは正解だったのだろうか?明治以降の日本に、他に、どんな戦略があったのだろうか?
日本は戦後、米国と安保条約を結んで、軍事的に米国の子分になっている。これは果たして正しい戦略だろうか?それとも、選択の余地のないことなのか。もしも、日米安保を解約したら、一体日本はどうなるのか?尖閣諸島も竹島も北方領土も中国、韓国、ロシアの思うままか。だけど、いまでも、実効支配はかれらにある。日本は「主張」しているだけだし、米国は何もしてくれない。
8月15日に黙祷を捧げ続けて50年。この黙祷に意味はあるのだろうか?心の問題は重要だ。実質的には、何を望んでいるのか。お国のために死んだ人々に対するお悔やみはわかるが、黙祷で平和はやってこない。「二度とこのようなことを繰り返さないように」というのは、「被害者」としてだけの発言なのか。
ある若いシリア人女性は、「原爆を2個も落とされても、日本人は米国人を恨んでいない。素晴らしいことだ」と褒め称えた。確かに怨みは何も生み出さない。米国を怨んでも得るものはない。それでも被害者やその遺族は米国からの謝罪の言葉が欲しいだろう。米国は一度も日本に謝罪していない。
日本の政治家や皇室が言う「遺憾」とはどういう意味か。Regret(残念)以上の意味はあるのか。
今の日本の繁栄は、戦争で死んでいった人々のおかげなのか?
戦争で死んでいった人たちは、今の日本を見て、どう思うのか?
横井さんと小野田さんが終戦も知らずにジャングルに長年潜んでいた。小野田さんは現代の日本に馴染めずに、ブラジルへ渡ってしまった。
50歳を過ぎても先の大戦のことはよくわからない。ましてや、明治以降の日本が歩んだ歴史が正しかったのか、それとも、他に打つ手はあったのか、わからない。そんな人間が人の親となり、子供達に何をどう伝えていけばいいのか。勉強ができて(偏差値が高くて)、高収入の仕事につけば、それでいいのか。日本人としての歴史観、人間としての価値観をどれほどの人が後世にきちんと伝えることができるのだろうか。
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歴史
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張景恵(1871-1959):満州帝国の総理大臣は、帝国が終焉したとき、こう語った。
日本の軍隊は世界一強いが、
日本の軍人は戦争の意義を知らない。
戦争は国と国との取引の一つの手段に過ぎないものだ。
だから負け戦を5分か7分かで喰い止めるのも戦争上手なわけだが、
日本の軍人は戦争と個人同士の果し合いを混同して、
どちらかが息の根を止めるまで戦おうとする。
惜しい軍隊を失った。
この数ヶ月、明治から終戦までの本を何冊か読んできた。なぜ、日本は戦争に
突入したのか?なぜ、日本は朝鮮、中国、東南アジアなどに侵略したのか?
なぜ、日本は負けたのか?
といったことを知りたいのだ。
そして、つくづく思ったのは、張景恵の言うとおりだ。もちろん、誰がどういう立場で
書いた本かということも重要だけど、日本軍に共通していることがある。
それは、最後まで降伏しなかった、ということだ。負けるくらいならば、捕虜になるくらい
ならば自決しよう。自爆してでも相手を殺そう!
自分たちに逆らう者たちは容赦なく殺そう!
と狂気の集団に見えることだ。
戦争は外交の一手段であり、仮に局地戦で負けて白旗を掲げても、恥ずかしいことではない。
それは局地戦での敗北を意味するが、国の敗北を意味することではないのだ。
欧米軍は、太平洋戦争で最初、次々と降伏していった。日本は調子に乗っていった。
中国でも時には激しい抵抗にあいながらも、中国は次々に降伏していった。
でも、最後は欧米と中国、いわゆる連合軍が勝利した。
長年鎖国をしていた日本は外交べたなのか?
島国日本は、戦争に慣れていないのか?
サムライ魂が、恥の文化をつくり、白旗掲げるくらいならば自決を選んだのか?
それとも天皇を神とあがめ、日本人はイスラム原理主義者たちのように狂信的な
宗教信者だったのか?
日本人の戦争での戦い方は、残念ながら、今でも一部会社に残っている。
あえて、張景恵の言葉をモディファイしてみよう;
日本の企業は世界一強いが、
日本人は企業の意義を知らない。
企業は生活の糧を得るための一つの手段に過ぎないものだ。
だから売れなければ、のんびりと余暇を楽しむのも生き方上手なわけだが、
日本人は仕事の業績と個人の生活を混同して、
自分の健康以上に会社での仕事を優先して死んでしまう人もいる。
惜しい人を失った。
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あなたは、「満州」について、何を知っていますか?
図書館で借りてきた『満州帝国』(ふくろうの本、河出書房新社)を読んだ。
写真も豊富で、文章は簡潔で、150ページ余りの本だが、内容は非常に濃い。
さらっと読む本でもなければ、読める本でもない。だけど、これを読めば中国人が
なぜ日本人を憎むか、なぜ、日本はそんな愚行に走ってしまったか、我々が学校で
習わなかった様々な先の大戦の背景を知ることができる。
この本は、決して日本だけを悪者にしているわけではない。調べた範囲で淡々と
書いている。歴史というのは、ある事件だけを取り出して語ることにあまり意味はない。
必ず縦横の背景があり、歴史的な、もしくは運命的な必然と偶然がある。
もちろん、日本の海外侵略の話ですが。
なぜ「満州」なのか?
恥かしながら、私が満州について知っていたのは、中国北部のある地域を日本が
満州と呼んでいた、という程度。
下の地図を見てください。
満州とは、この赤いところです。
私はずっと思っていました。なんでまた、こんな寒そうな場所を占領したのか、と。
日本の隣国は朝鮮で、その朝鮮を占領したら、次に侵略すべきはその上だったんですね。
そして、この満州という地域は、この地図ではわかりませんが、ちょうど、万里の長城の
北側なんです。(万里の長城は8000km以上ありますから、、もっともっと長いのですが)
ペリーに門戸を叩かれた日本は1868年に明治維新を行い、大急ぎで西洋化を進めます。
日本も鎖国をしていましたが、朝鮮も鎖国をしていました。明治になり、隣国の朝鮮と修好を復活させようと
したら、拒否されます。朝鮮には清の後ろ盾がありました。とはいえ、当時の清は、欧米にどんどん侵食され、
ベトナムなどの属国を奪われ、朝鮮は最後の属国でした。
日本は武力でもって、朝鮮の門戸を開きにかかります。
1875年に朝鮮の海岸で勝手に測量していた日本軍に朝鮮が砲撃。「待ってました!」とばかりに
日本は応戦して、江華島の砲台を占領(江華島事件)。これで日本に一方的に有利な日朝修好
条約を結ばせます。
1882年、朝鮮で暴動(壬午の変)が起こり、日本人数人が殺され、日本大使館が占拠される。
日本は在朝邦人保護の名目で朝鮮に軍隊を駐留させるようになる。
1894年、朝鮮全土に甲午農民戦争(東学党の乱)という民間宗教団体の暴動が起こる。
朝鮮政府はこれを鎮圧できず清に援軍を頼む。これを日本は天津条約違反だ、として
さらに大量の軍隊を朝鮮に派兵する。そして、なんだかんだ口実をつけて、朝鮮の宗主権を
争って、清と戦争を始める。これが日清戦争だ。
日本艦隊は清軍を圧倒し、陸軍は平壌も攻略する。そして、日本軍は「満州地域」にも
突入し、遼東半島(朝鮮半島の根元、西にある)を占領する。戦争は日本の勝利となり、
1895年、圧倒的に日本に有利な下関条約を締結する。
・朝鮮の独立承認
・台湾・遼東半島の割譲
・多額な賠償金の支払い
などなど。
ところが、下関条約から1週間目に、ロシア、フランス、ドイツからこの条約内容を破棄せよ!
という「三国干渉」が入る。とくにロシアだ。ロシアはシベリア鉄道を建設中で、満州を縦貫させたい
と考えており、やがては遼東半島や朝鮮半島につなげたいと考えていた。
こうして、ロシアが日本の「敵」となっていく。
・・・などと書いていくときりがない。でも、こういう本はちゃんと読まねばならない。
やがて日本は朝鮮、満州、遼東半島の権益をめぐって、日露戦争に突入、なんとか勝利する。
勝利といっても、あくまでも局地戦であって、日本がモスクワを占拠したわけではない。
そして、1910年、日本は朝鮮を併合する。
占領した朝鮮の保全のために、さらにその北部の満州を自分のものにする。
その方法と言うのが、満州帝国の建国だった。
もともと、万里の長城の北側は、漢民族ではなく、様々な騎馬民族、非・漢民族が住んでいた。
秦の時代に北方民族の進入に悩んだ始皇帝が建設を始め、やがて明の時代まで相当増設している。
清は女真族(満州民族)の興した国だった。その清は、1911年の辛亥革命で滅び、孫文などが
1912年漢民族の中華民国を興す。
(ちょうど、日本は大正時代となる)
滅んだ清朝最後の皇帝が溥儀だ。いわゆる「ラスト・エンペラー」だ。
清滅亡時、溥儀は、まだ、6歳だった。日本は、この少年をうまく利用して、中国の北部に新しい国
「満州帝国」を築いた。1932年のことだった。
完全な日本の傀儡帝国だった。「占領」すると国際非難を浴びるだろうから、新しい国「満州」
を建国して、中国人の皇帝を立て後ろから操ろうとした。でも、世界のどの国から見ても
ばればれだった。
日本から満州には大量の移民が移り住んでいった。
日本軍は満州からさらに南下して、中国本土を次々と占領して行く。日本に逆らうものは、容赦なく
殺していった(臨陣格殺)。中国に駐留する関東軍(日本軍)は人数も多く(最大75万人いた)、
勢いがあり、残虐だった。
日本は同時に南方、東南アジア地域も侵略していく。日本が国際的に孤立して、石油などが
手に入らなくなったので、インドネシアあたりの原油を確保するために順次、侵略して
いった。その流れの中で、東から米国が攻めてくるのを避けるため、先制攻撃をかけたのが
1941年の真珠湾攻撃だった。
最初は好調だった海軍だが、ミッドウエー海戦あたりから敗戦が続き、どんどんと兵士が足りなくなった。
不足の兵士は、中国の関東軍から異動となった。これら異動になった兵士たちの多くは次々と
南の島で玉砕していった。
1945年米国は8月6日にヒロシマに、8月9日にナガサキに原爆を落とし、
壊滅的な打撃を加える。
そして、8月9日、ソ連が日本に開戦する。なんと174万人のソ連軍が満州になだれ込んだ。
すでに満州に軍隊らしい軍隊もおらず、多くの民間人が虐殺、強姦、強奪された。
(このへんのことは、五木寛之氏がときどき自分の体験として書いている)
スターリンは50万人くらいの日本人捕虜を捕まえ、シベリアなどの強制収用所で労働力
として使うよう指示した。
シベリア抑留となった人たちの一割は寒さや飢餓や病気で死に、残りの人たちが日本に戻されたのは
1956年のことだった。終戦から11年もたっていた!
京都の舞鶴港に船で返されたようです。
終戦時に満州にいた日本人たちの中には、特に赤ちゃんや子供たちは中国人に預けられたり
女性は中国人の妻になった人たちもいる。彼らが中国残留孤児であり、1981年から、やっと
この人たちを探すように日本政府は動き出した。
ちなみに満州帝国皇帝となった溥儀は、ロシアの収容所に送られ、1950年に中国共産党の
手に移された。「再教育」をさせられ、最後は北京の植物園の庭師として働き、1967年、
61歳で波瀾にとんだ生涯を閉じた。
戦後、中国は、満州帝国のことを「偽満」(ウエイマン)と呼んでいる。
わずか13年で滅んだ満州帝国は、幻のようなものだった。
本当に、最近、自分の無知さを痛感します。
自国の歴史は、何も見ずに、ざっと話せるようになりたい。
でも、考えてみたら、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争って、要するに、
中国、ロシア、アメリカと戦争したわけですからね。
今、冷静に考えて見たら、日本は、世界の超大国と戦争したんですね。
立派でもあり、無謀でもあり、愚かでもあり、結果は悲劇でした。
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今日は3・11、東北大震災から1年目である。だから、TVも新聞もこのニュースだらけだ。
いずれにせよ、東北大震災は、福島が正常に戻るまでは「終わった」とは言えない。
天災と人災を分けて考えなくてはならない。また、原因と対策、復興について中途半端に
終わらせてはいけないと思っている。
話は飛ぶようだけど、日本にとって、大東亜戦争というのも、まだ終わっていない、と私は
思っている。
そもそも皆さんは「大東亜戦争」って知っていますか?
第二次大戦、大東亜戦争、太平洋戦争というのは日本にとっては、どれも同じようなもの
ですが、正確には第二次大戦とは欧州などでの戦争も含みます。
太平洋戦争は1941年の真珠湾攻撃から1945年の敗戦まで。
大東亜戦争とは、1937年の中国での盧溝橋事件から1945年の敗戦までを含む。
1945年の敗戦まで日本では通常、「大東亜戦争」と呼んでいたのですが、戦後、日本を占領した
GHQが大東亜戦争という呼称を禁止し、「太平洋戦争」(Pacific War)と呼ばせたそうです。
欧米では、第二次大戦太平洋戦線という言い方もあるそうです。
ちなみに天皇はこの戦争のことは「さきの大戦」と言います。
アメリカにしてみると真珠湾攻撃が始まりで、正義のために原爆を落として戦争を終結した
とするのがシンプルで都合がよいようです。
しかし、当然のことながら、「なぜ日本は真珠湾攻撃をしたのか?」というのは重要な
疑問です。突然、日本人が発狂してハワイを攻撃などするわけがない。
そして、なぜ、日本は朝鮮、中国に侵略していったのか?
すでにそこには、「先客」がいて、英国、ドイツ、米国、ロシア、オランダなどがアジアを
好き勝手に侵略、植民地化していた。
そこへ後から黄色人種の日本人が白人みたいなつもりで同様に侵略しようとしたら
当然衝突が起こる。
なんて具合に歴史の流れを追っていくと、日本にとって1945年に終わった戦争の名前を
どう呼んだらいいのかすらわからなくなる。いつが始まりかもわからない。
私には1937年の盧溝橋事件が始まりとも思えない。始まりはずっとその前だと思う。
先週、たまたま4冊の歴史本(第二次大戦関係)を図書館で借りてきたので、こんな話題です。
4冊のうちの一冊がこの本。面白い。河出書房新社刊『図説 太平洋戦争』。
様々なことが起こり、多くの人たちが死んでいった。
でも、太平洋の戦いについて、とくに次々と「玉砕」していった日本兵のことを読みながら
思うことは多い。
私の印象をざっくりと言ってしまえば、
・欧米の兵隊たちは戦況不利になるとすぐに降伏した。降伏して、一時的に命拾いをして
その戦闘に負けても、結局は最後には国として戦争として勝った。
・日本兵はどんなに不利でも降伏はしなかった。命をかけて戦った。結果としては、
無条件降伏となった。
なぜ日本兵、日本人は降伏しなかったのか?
降伏することは「恥」である、と刷り込まれていたからだ。
だから殺されなくても自決した。また、ここで負けると思ったら味方をも殺し
その後、自決した。
日本本土も大空襲で多くの人が殺された。
原爆も2個も落とされた。
なのになぜ、なかなか降伏しなかったのか?
それは天皇を守ろうとしたからのようだ。
「天皇を戦犯にしない条件で」敗戦を認めた。
マッカーサーの手記には
「昭和天皇は日本の責任者として連合軍が決定するいかなる裁きも受ける準備がある、
と言った。人格的にも素晴らしい人物であると感じた」
と書かれているが、これが真実か、なにか日本国民を操作するための作文かは不明だ。
「一億玉砕」という言葉もあった。
これはサムライ根性だろうか?
なぜ死ななくてはならなかったのか?
神である天皇の子であるから、父である神を守るために子供は
命をかけて戦わなくてはいけない。
死を恐れるのは恥じである、ということか。
ならば、なぜ神である天皇は、全能でもなければ、不死でもないのか?
私はサムライは決して嫌いではない。でも、あまりに美化することは国家権力に
うまく利用されてしまう恐れがある。
日本には「人権」というものがなかった。
「人間の尊厳」というものもなかった。
アメリカが戦後、そういうものを教えてくれた。
非武装の一般民衆を数十万人爆撃で殺して、教えてくれた。
(日本人の戦死者は、兵員230万人、一般人80万人)
なんと呼べばいいかわからないこの戦争は、なぜ、起こったのか?
歴史的な必然はあったのか?
日本はいつ、どこで、なにを、なぜしたのか?
他国は何をしたのか?
なぜ、いまだに中国と韓国は戦時中の日本の行為を責めるのか?
靖国神社に総理大臣が公式参拝するのは、なにが問題なのか?
日本は、今後、どうすべきなのか?
といったことに大変興味があります。
そういえば、亡くなった私の母は昭和9年生まれでした。
この年、つまり1934年はどんな時代だったか。
ドイツではヒットラーが総統に就任。
日本は満州国を帝政にして、溥儀を皇帝にして傀儡政権を樹立。
一方、毛沢東率いる共産党軍の長征開始。
ソ連ではスターリンの大粛清が始まります。
大変な時代だったんですね。
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支離滅裂でごめんなさい。
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週末に図書館で歴史関係の本を4冊借りてきました。その一冊がこれ。
まるで、人を馬鹿にしたようなタイトルですが、中身がしっかりしています。
大月書店という会社から2000年に出版されたもの。
歴史の本っていうのは、書いた人がどういうスタンスなのかが重要ですけど、
この本は3人のもと高校教諭が書いたもの。私が気に入ったのは、
「きれいごとが書かれていない」という点。
質問も回答も非常にシビアだし、興味深い。
と、いうことで、Q&AのQの部分だけ抜粋してみます;
・世界大恐慌で一番ひどい被害を受けたのはどこですか?
・ナチスがユダヤ人をひどく迫害した理由はなんだったのですか?
・日本は、なぜ満州事変をおこしたのですか?
・日本軍が南京で大虐殺をした、というのは本当ですか?
・戦後、ドイツは被害を与えた人々に補償をしているそうですが、
どのようなことをしているのですか?
・アジア太平洋戦争で、日本はなぜもっと早く降伏しなかったのですか?
・アフリカには、どうして内戦が多いのですか?
・メキシコ・オリンピック(1968年)のとき、多くの学生が射殺されるという事件が
起こったのはなぜですか?
・ビキニの水爆実験で日本の漁船が被爆したというのは本当ですか?
・朝鮮戦争は日本に重大な影響を与えた、といいますが、それはどういうことですか?
・中東の国々の関係が、どうしてもよくわかりません。宗教の影響が強いせいだと思うのですが、
どうでしょう?
・どうして、広島と長崎に原爆が落とされなければならなかったのですか?
・これだけ危険な核兵器が、なぜ、なくならないのですか?
・アメリカはなぜヴェトナム戦争をしたのですか?
・アメリカ軍は猛毒ダイオキシンを空からまいたそうですが、どうして
そんなことをしたのですか?
・ヴェトナムは小さな国なのに、どうしてアメリカが負けたのですか?
・アメリカは自由の国のはずなのに、どうして黒人は差別を受けていたのですか?
・なぜ、イラクはクウェートに侵攻したのですか?
・国際連合にはどれくらいの力がありますか?
面白いです。
上の質問に3つ以上、ちゃんと答えられたら偉いですよ。
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