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奴隷の歴史(3)

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「奴隷」と言えば、すぐに「黒人奴隷」を思い浮かべますが、実際には、
列強の白人がアフリカから奴隷貿易を始めるよりずっと前から奴隷は
存在していました。

肌の色に関係なく、強いものが弱いものを殺し、もしくは奴隷にする、
この歴史は我々がサルだった時代からあったのではないかと思っています。

上の絵を見てください。トルコにおける奴隷市場の風景です。奴隷となって
いるのは白人です。ジェロームというフランス人による絵ですが、19世紀の
絵ですから、きっと想像画でしょう。作者はセンセーションを起こしたかった
のかもしれません。実際、衝撃的な絵です。

奴隷は売買の対象でしたから、「市場」があってもおかしくないし、それが
国際間でさかんになれば「貿易」があってもおかしくない。

今日、息子が「ワン・ピース」というTVアニメを見ていたので、一緒に
見ました。仲間を大切にする海賊ルフィーの冒険の物語です。航海の途中で
様々な出会いがあって、友情が芽生えます。魚人や人魚とも仲良くなります。
ある島で、友人のかわいい人魚が捕らえられて、奴隷として「オークション」
にかけられます。奴隷は首に鉄の輪をつけられて、所有者のボタン1つで
その輪は爆発させることもできます。友人を売られてたまるか、と海賊仲間は
大金を用意してオークションに臨みますが、さらに高い金額で権力者に
落札されてしまいます。

イスラム教は7世紀にマホメット(ムハンマド)が神の啓示を受けて始まります。
ムスリムはこの頃から黒人奴隷をアフリカの東海岸ザンジバル(現タンザニア)から、
白人奴隷はカフカス地方(現カスピ海西グルジア、アゼルバイジャン、チェチェン
あたり)から連れてきています。ただし、奴隷といっても、兵隊、召使い、事務員
などとして仕えさせ、結婚、蓄財、信仰の自由はあったようです。(本当かな?)
9世紀にはザンジェの乱という黒人奴隷の反乱も起こっています。

slave(奴隷=スレイブ)という言葉は、Slav(スラブ)から来たという説もあります。
Slavはギリシア語で「スラブ人」。南東ヨーロッパのスラブ系の捕虜を奴隷として
使ったことから生まれた言葉だそうです。

アフリカ人の奴隷貿易と言えば西海岸が有名ですが、モスリムによる奴隷貿易は
東海岸中心だったようです。ムスリム商人は、インドとの貿易で、象牙、金、
黒人奴隷を売り、衣料品、鉄器、陶器などを買っていたようです。物々交換
だったようです。

ケニア、タンザニアなどで使われるスワヒリ語は、アラビア語と土着のバントゥー語
が融合して成立したようです。

有史以来ずっと白人が優位な世界だったわけではない、ということですね。
まあ、「白人」と言っても、いろいろなので、overgeneralizeすることは良くない。

ただ、肌の色的には、中東の人々は黒人とも白人とも我々黄色人種とも違って
なんと呼べばいいかわかりませんが。東西がいろいろと混ざっていますね。

奴隷の歴史(2)

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なんでこんな切り口で歴史を考察しようとしたのかというと、現在の経済危機、
そして、日本の政治家のお瑣末さが発端です。そこから、過去の経済的な繁栄を
歴史の教科書で見てきたら、奴隷制度にぶち当たりました。

直感的な仮説として、「経済繁栄は安い労働力の搾取によって成り立つ」と私は
思っています。これまでに、繁栄した文明で、本当に人々が平等だったことは
ないのではないか、と思っています。

共産主義という思想は「平等」を目標に一部の国々で20世紀に広がりました。
ソ連、中国などで自由経済圏と対立するような形で発展しましたが、1989年のソ連の崩壊で
共産主義の限界が明確になりました。中国は、共産主義を生かしながら自由経済を
推進していますが、民主化という点で問題点を残しています。

古代のアテネにしても、ローマにしても奴隷制を社会基盤にして発展しました。
どこの国の帝国も王国も、搾取される奴隷たち、奴隷のような立場の人たちの
搾取によって、ごくわずかな人々が優雅な生活をしたのではないか。
巨大な歴史的な建造物は立派ですが、実際は誰が立てたのか?

オランダの繁栄、スペインの繁栄、イギリスの繁栄、アメリカの繁栄の影に
苦しんだ人たちはいなかったのか?日本は明治維新後、なぜ、こんなに早く
先進国に対峙できるくらい発展したのか?戦後の日本はなぜ、こんなにも
早く経済回復したのか?

成功した個人(日本人の成人男性)の中には、「搾取される側には理由がある」
という人もいます。確かに理由があります。それは、何らかの弱者である、という
点です。「努力が足りない」という人もいます。しかし、もし、その人が、
日本人でなくガーナ人であったり、男性でなく女性であったり、成人でなく
まだ10歳であったり、健康でなく障害を持っていたり、20世紀生まれでなく
15世紀の生まれであったり、親が奴隷であったり、と「もし」という仮定条件
が変れば、努力ではどうにもならない点もあります。

ダーウインの進化論は帝国主義を正当化するために悪用されましたが、確かに
弱肉強食、適者生存などというのは、地球の自然界のおきてかもしれません。

半村良の『妖星伝』という歴史SF小説にでてくる宇宙人?が地球を見て言います。
「なんて醜い星だ!強いものが弱いものを食べていく。そうしないと生体の維持が
できないなんて」と。

そして、今の時代に仮に以前のような奴隷が存在していないとしても、時間の奴隷、
お金の奴隷、国家の奴隷、会社の奴隷、など本来の生物として生きるのびのびした
喜びを得られなくなってしまった人類が我々なのではないか、というのが現時点の
私の予見です。

話が支離滅裂かもしれませんが、奴隷シリーズは続きます。

奴隷の歴史

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今の時代は「奴隷」という言葉は死語になっているかもしれません。
しいて言えば、SMクラブでお客は女王様の奴隷になりたがるかも
しれませんが。お金を払って一時の奴隷遊びをするのと、生涯奴隷と
して生きるのでは全然話が違います。(当たり前だけど)

最初、私は列強(the Great Power)によるアフリカ人の奴隷売買しか
頭になかったのですが、歴史の本を調べていくと、奴隷は別に黒人
だけでなく、人種にかかわらず、紀元前から存在しています。
(これも当たり前といえば当たり前)

紀元前2000年頃、エジプトに王様のお墓であるピラミッドなどか
作られますが、この労働者は、どう考えても奴隷です。(たぶん)
戦って敗れた側が捕虜となり、奴隷となったと考えられます。また、
犯罪者も労働者として働かされたことでしょう。

アテネは紀元前12世紀から紀元前4世紀頃まで栄えますが、社会基盤
として奴隷制社会だったようです。

紀元前594年ソロンの改革で「債務奴隷の禁止」というのがあります。
要するに借金漬けの人を奴隷にすることは禁止にしたのでしょう。
禁止するくらいだから、借金奴隷がたくさんいて、社会問題になっていた
ということでしょうね。

また、「アテネの人々の一生」として、女性の場合、15歳で結婚して
18歳からは、「外出せず、家の中で家事・育児、奴隷の指図、機織り、
粉引きなどに専念する」となっています。外出しないのは、結婚した
女性が(他の男性と密会していると)疑われないようにするためだったようです。
しかし、「奴隷の指図に専念する」っていうのは、どういうことでしょう。

紀元前のローマにも当然奴隷がいました。多くは戦争の捕虜だったようです。
彼らが労働力になったようです。今でもローマには遺跡としてのコロッセオが残っていて、
観光客が記念写真など撮っていますが(私も昔撮った)、このコロッセオは
ローマ市民の憩いの場所で、剣闘士が剣闘士と、もしくはライオンと戦う
のを見て楽しむ場所でした。この剣闘士の身分は奴隷です。犯罪者、戦争捕虜
などが主だったようですが。生きるか死ぬかの死闘をして、市民は大騒ぎ
してみて楽しんでいたのですね。
(スペインで闘牛を見たことがありますが、距離があっても、剣によって、
真っ赤な血しぶきがあがるのを見るのは、あまり気持ちの良いものではありません。
スペイン人は歓声をあげて喜んでしましたが)

インドでも紀元前1500年頃から紀元前4世紀頃まで(ヴェーダ時代)には
インドに侵略してきたアーリア人は先住民をシュードラとして奴隷にしています。
カースト制のもとみたいなやつですね。

日本でも、107年に倭国の使者、後漢に使節を派遣し、生口(奴隷)を献上した、
と「後漢書」に書かれているようです。

天は人の下に人を作ってきたのですね。それがまさに弱肉強食かもしれません。
ちなみに弱肉強食を英語では The weaker goes to the pot.
というようです。「弱いものは鍋にいれられちゃうよ」ということです。

そもそも紀元前の人たちの生活(食事、睡眠、結婚生活、トイレ)がどんなものか
よくわかりませんが、その紀元前の奴隷の生活たるや、相当ひどいものだった
と思います。

ご主人様は、いつでも奴隷を殺すことができたんでしょうね。

奴隷の話は、また、次回へ続きます。

人類のあけぼの

最近は、通勤電車の中で高校生用の世界史のテキストを読んでいます。
とても面白い。読めば読むほど面白い。今まで断片的に知っていたこと
なんかが、つながっていく楽しみです。

まずは、人間の祖先の猿がいつ、どう進化していったか。
猿から猿人になったのが500万年くらい前。そして、その途中、
165万年くらい前に氷河期が訪れます。この氷河期は断続的に
4回くらい訪れ、1万年くらい前まで続きます。要するに氷河期は
160万年以上続いたということですね。

そういえば、「はじめ人間ゴン?」では、毛皮の服をきた原始人と
マンモスが出てきたっけ。1万年前くらい前までは寒かったんですね。

この氷河期の間に、原人(70−40万年前)、旧人(15万年前)、
新人(クロマニョン人、数万年前)などに猿人が進化していきます。
氷河期が終わる頃から、農業に関する遺跡が発見され始めます。
氷河期で他の哺乳類の数が減って、また、旧人による乱獲のために
作物を育てなくてはならなくなったようです。

農業⇒定住⇒集落⇒社会⇒物々交換と人類の最初の文化が始まっていった
ようです。

人類発祥の地は、アフリカのビクトリア湖周辺となっています。赤道直下
の熱いところですが、氷河期だったので、当時はちょうどよい気温だった
のかもしれません。このアフリカの地から500万年くらいかけて、
猿人、原人、旧人、新人は、主にはナイル川を下り、地中海方面へ、黒海方面へ
インド、東南アジア、中国などへと広がって行ったそうです。

先史時代から有史の時代に移るのは、紀元前3000年くらいですから、
今から約5000年前です。皆さん、よくご存知の通り、四大文明というのが
最初に栄えたわけです。

エジプト文明、チグリス・ユーフラテス文明、インダス文明、黄河文明。
これらを地図で眺めると、確かに、大きな河の河口周辺で、土地が肥沃だった
のだろう、気候が温暖だったのだろう、という想像がつきます。

これら四大文明よりも1000年から2000年くらい遅れて、現在の
ギリシア、トルコ、イラン、ガンジス川周辺にも都市は広がっていきます。

南北アメリカにどうやって人類が到達したかについては、2つの説があって、
以前は陸がつながっていたユーラシア大陸からアラスカへわたって南下して
行ったというものと、船で渡ったというものがあります。
(これが本当かどうか、わかりませんが、確かにイヌイット、カナディアン・
エスキモー、アメリカン・インディオなどは似たような人種ですね。
そして、日本人も近い人種だ)
いずれにせよ、中米には紀元前10世紀〜紀元後1世紀までオルメガ文明という
のが発祥していました。

有名な以下の文明は少し後です。
ナスカ文明(1-8世紀)
マヤ文明(3-16世紀)
インカ文明(3-16世紀)
アステカ文明(12-16世紀)
16世紀に何があったのでしょうね。

シリア、パレスチナあたりでは、紀元前2000年モーセ、紀元前1000年頃
ダヴィデ、ソロモンなどが登場してきます。神話ではないのですね。
ユダヤ教の世界ですね。

まだまだ、イギリスもフランスもオランダもドイツも、もちろん、アメリカ
もなかった時代です。そして、日本もない。
仏陀も生まれていないし、キリストもまだ。イスラム教もなかった。

それにしても、中東、インド、中国の歴史は古い。
弱肉強食は最初からそうだったのでしょうけど、それがどう変遷していったか、
それが歴史かもしれませんね。

いろいろな切り口で、また歴史探訪をしたいと思います。

侵略の世界史

自分なりに世界史を俯瞰してやろう、と思って、山川出版社の「詳説世界史」
という高校の教科書を読んでいます。しかしまあ、世界史は出来事も多いし、
登場人物も多いし、読むのが大変。

でも、15世紀以降を相当乱暴に俯瞰してしまうと、以下のような感じです。
(素人の雑文ですので、いい加減さはお許しを)

15世紀後半は、羅針盤、快速帆船の登場で大航海時代となります。
ヨーロッパ人が、船に乗って、アフリカの南端を越えたり、インドへ
行ったり、アメリカ大陸へ行ったり、南米に到着したり、と「地球が丸い」
ことがわかった時代です。主役はスペイン人とポルトガル人。
金銀や香辛料を発見し、世界規模な貿易をする商業革命となります。
コロンブスのアメリカ大陸の「発見」もこの頃ですね。

16世紀の初めには宗教革命が起こります。腐ったカトリックを批判をして
プロテスタントなどが生まれます。しかし、カトリック信者を増やすため
スペインではイエズス会などができて、その他の世界へ宣教師を派遣します。
1549年にザビエルが来日しています。
マカオにポルトガル人が居住権を得たのもこの頃です。

一方で、スペイン人、ポルトガル人は南米を侵略。
1521年コルテスがアステカ王国を滅ぼす
1533年ピサロがインカ帝国を滅ぼしました。
ブラジルはポルトガル領となります。
布教活動と侵略活動は常に表裏一体だったんでしょうかね。
しかし、1588年スペインの無敵艦隊がイギリスに敗北。

17世紀には、オランダ、フランス、イギリスが北米を次々に植民地化して
いきます。欧州では前半は凶作、不況、戦争、革命など。
三十年戦争、ピューリタン革命、名誉革命、フランスのルイ14世などは
この世紀です。

18世紀はイギリスで産業革命が起こり、他の欧州諸国へ広がります。
産業革命は、人口の都市への集中、労働問題などを発生させ、人権問題の
意識が発展し、市民革命へとつながっていきます。
アメリカが独立宣言、フランス革命など。
国内の問題を解決するために諸国は、海外の発展途上国へと侵略を進めます。
豊かな生活を送るには貧乏人、搾取される人の存在が不可欠なんです。

そして、19世紀には、まさに欧州各国とアメリカがアフリカ、東南アジア、中国
太平洋諸国などを次々と植民地化していきます。中国は当時清朝でしたが、よくまあ、
各国がここまで食い荒らしたもんだというくらいいろんな虫食い状態の植民地化をしています。
気の毒なくらいです。アヘン戦争なんてひどいですね。
イギリス人っていうのは、歴史的に見て、相当ずるい人種?ではないかと思います。

日本にペリーが来たのが、1853年です。300年鎖国をしていた日本に
近代兵器をもった白人がやってきた!びっくりしたでしょうね。

20世紀の初めに、欧米に植民地化されずに独立してた非白人国家は、どこが
あったのか?私がみたところ、エチオピア、リベリア(解放奴隷で樹立した国)、
タイ、日本。他にあるでしょうか?

後から「近代化」しようとした日本も、欧米と同じく海外に植民地をもとうと
思って朝鮮、中国などを侵略しますが、欧米に力で阻害されます。

なんだか、早い者勝ちなんですかね。
先に近代化した国が、先に他を侵略し植民地化して、他国には許さず。
先に発展した国が、「環境問題」などと言って、他の国には資源破壊を許さない。
先に核兵器も持った国が、あとから持とうとする国に持たせない。

明治時代に産業革命をした日本は、遅れてきた国で、先に侵略していた国々と
同じようなことをしようとして、阻止されて、戦争になり、とことんやられた。
それが1945年で、それから60年以上たっても、なぜか「日本は侵略国家だった」
とか「そうではない」などと議論している。

バカなことを言ってはいけない。強い国は侵略し、弱い国は侵略された。
それを人類はずっとやっているだけだ。「日本は」なんて特別に国として
表現するからややこしいだけだ。

あえて国名を挙げるならば、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリス、ロシア
フランス、ドイツ、アメリカは侵略国家であった、と言ってもよいのだと思います。

他の国々も侵略はしていますが、大体は国境を越えて、その先まで侵略する、
というものですが、これらの欧米列強と呼ばれた国々は、この地球を数国で支配しよう
としたとしか思えません。

カナダもアメリカもニュージーランドもオーストラリアも、後から来た白人に
占領されたまま現在い至っていますよね。南米は、混血が進んでいるけど、
言語的には文化は破壊されています。

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