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社史

会社で社史が配られました。とても「立派」で重たい本です。
人間の平均寿命なみの歴史のある会社です。10年に1回発行する
ようです。前回は社員には有料でしたが、今回は無料配布でした。
お客さんにも配布します。

受け取った従業員の気持ちは複雑です。
「こんな重たい本を家にもって帰りたくない」
「かみさんに嫌がられる」
などなど。

経済不況の折、コスト削減が叫ばれているのに、なんでこんな無駄遣い
をするのか!とぼやいている人もいました。

この「社史」の製造コストはいくらなのか?発行部数は?
販売しないのだから、売上はなく、すべてコストです。
きっと広告宣伝費か何かで処理をするのでしょう。

需要のない製品をつくる会社は、普通ありません。誰が望んだのでしょうか?
社長と側近以外考えられません。
何のために?

社長の虚栄心を満足させるために?
「会社」の「歴史」を残しておくために?

何かの約に立つのか?
きっと何の役にたたないでしょう。

この社史の作成を命じた人、この社史編纂の作業を行ってきた人たち、
そして、検閲する人・・・などを想像していたら、日本の歴史にも
通じるものがあるなぁと思いました。

「古事記」や「日本書記」の作成を命じた人、作成した人、検閲した人、
同じように、千数百年の間に、時の権力者は自分の虚栄心、自分の名を
歴史の書物として残そうとして「歴史書」の作成を命じて、後の権力者は
過去の歴史書を「改定」して・・・とこの繰り返し。

本当のことは、その時に生きていた人しかわからない。
「おくりびと」のように、ボロボロになった死者だって、名人の手によって
いくらでも美しくできる。

この社史のおかげで、歴史の本質がわかるような気がします。

疑わしい「歴史」

実は、私は非常に疑い深い人間なんです。

数日前に「天皇家と史上の権力者たち」で
「かなり乱暴な日本の歴史俯瞰ですが、こうやってみると、日本史上で、日本の天下
をとった人たちは、誰も天皇家に勝てなかった、誰も天皇家を滅ぼそうとしなかった、
それどころか、天皇家は完全な「別格」としてこの2000年の歴史が過ぎてきたのです。」
と書きましたが、実は、この歴史を俯瞰するにあたり参考にさせてもらったのは、
扶桑社の『新しい歴史教科書』なのです。

この本は西尾幹二が代表執筆者、その他の執筆者としては漫画家の小林よしのり氏など
がいます。中学の教科書用に作られた本なのですが、一般人が目にする前にマスコミが
「右寄り」であると騒ぎ、韓国、中国から修正要請をされたいわくつきの本です。
確かに読んでみると、日本人の自尊心をくすぐる表現、愛国心を育むための記述が
たくさん出てきます。
そして、全編を通して、いわゆる「皇国史観」が流れているのです。

日本が万世一系の天皇家による国家である、ということを矛盾なく書こう、正当化しよう
という意図は随所に見られます。したがって、非常に恣意的な歴史記述であると思います。

しかし、だからと言って、私は、この本を批判しようというわけではありません。
自分の国をポジティブに書こう、自国民のプライドを育もうというのは、どこの国でも
行っていることだと思います。
歴史なんていうものは、いかようにも書ける、ということです。そして、それを検閲する
団体がいる。後から修正もできる。

私たちが何かを「知る」のは何を通してか?
それは、教育であり、マスコミであり、書物、インターネット、そして実体験。
実体験を除くこれらの情報源は一体、どこまで信用できるのでしょうか?

例えば、私は、「1969年にアポロが月面着陸した」というのも信用していません。
宇宙をソ連に先を越されてしまった米国が沽券巻き返しのウルトラC策として、
きっと、スタンリー・キューブリック監督か誰かにお願いして、みごとな映像を
作成し、TVで流したのだと思っています。もちろん、ロケットは飛んだのでしょけど、
月にまでは行っていないでしょう。
そうでなかったら、なんで40年もたった今頃、地球の周りを3ヶ月もグルグルして
宇宙環境が人体に与える影響なんて調べるのでしょうか? 順番がまるでおかしい。
今、望遠鏡で1969年にアメリカが月に残した何かを見ることができるのでしょうか?

何が真実か。何が嘘か。現代のことすらわからないのに、過去数百年、数千年前のことなど、
わかるわけがありません。それでも、少しずつ「知る」ことはとても面白くて、
複数の情報を比較したり、自分なりに考えることは楽しいです。

なぜか、中年になると歴史に興味を持ちますね。
過去を振り返りたくなるんでしょうね。

無学な人間(私)が、簡単な歴史の本を読みながら、日本史で大きな権力を持ちながら
も、天皇家には逆らえなかった人々、勝てなかった人々、天皇家には特別な敬意を示した
人々などをざっとまとめてみました。
(これらは、今の日本の政治家が無能である、ということとは直接関係ないけど、
歴史上の権力者と天皇家の関係は興味深いです)

1)蘇我氏
7世紀、豪族の頭目である蘇我氏が勢力を持ち、政治を取り仕切って、聖徳太子の一族を
を死に追い込んだりして権勢を振るいましたが、大化の改新にて中大兄皇子らによって
殺害されました。飛鳥時代のことです。

2)藤原氏
9世紀に藤原氏は自分の娘を天皇家に嫁がせるなどして親戚になり、摂政・関白となり、
天皇の権威を利用して政治を行いました。しかし、11世紀の半ば過ぎに藤原氏と
外戚をもたない後三条天皇が即位して藤原氏の勢力を制限し、その後の白河天皇も
その遺志をついで上皇になって院政を引くなどして、藤原氏の勢力を抑えていきました。
藤原氏は没落していきます。平安時代のことです。

3)平氏
1159年平治の乱で源義朝を平清盛が破り、後白河上皇と関係を深め、藤原氏同様に
天皇家と外戚関係となり、権力を我が物にします。しかし、清盛は自分の娘が生んだ
安徳天皇を皇位につけようとして、後白河上皇の皇子である以仁王の反発を買います。
以仁王側についた源氏に1185年壇ノ浦の戦いで破れて、滅びます。
平家の栄華は30年も続かなかったのですね。平安時代末期のことです。
ちなみに、平氏は桓武天皇の、源氏は清和天皇の血統ということになっています。

4)源氏
源頼朝は1192年に鎌倉幕府を作り、武士で初めて征夷大将軍に。しかし、幕府の内紛で源家の後が
続かず、頼朝の妻政子の生家、北条氏が実権を握ります。しかし、2度にわたる元寇で経済が悪化し、
幕府の信用もなくなります。14世紀初めに後醍醐天皇が天皇親政を行うべく、
幕府を倒そうとし、島流しにあったりもしますが、護良親王、楠正成、足利尊氏、
新田義貞などの支援により鎌倉幕府を倒します。

5)足利氏、織田氏
後醍醐天皇は公家重視だったため、足利尊氏は京都に別の天皇を立て、後醍醐天皇は
吉野に逃げ、南北朝時代に。足利尊氏は北朝の天皇から征夷大将軍に任ぜられた。
そして北朝中心の室町時代になります。3代将軍義満は天皇を超える権力をめざし
ますが、急病で倒れます。以降、幕府勢力は守護大名(各地の大名)に移っていき、
1467年の応仁の乱が起こり、戦国時代となります。そして、1573年に
室町幕府は織田信長に滅ぼされます。仏教のお寺を焼き討ちにしたほど過激な信長
でしたが、朝廷に対してはどうだったのでしょう。きっと不遜な態度で、その
結果が本能寺かもしれませんね。

6)豊臣秀吉
朝廷から関白の位をもらい、1590年に日本を統一した豊臣秀吉でしたが
天皇家を超えようという気持ちは無かったようです。天下を取った秀吉でしたが、
彼の死後、関が原の戦いで、徳川家に勢力が移ります。

7)徳川家
徳川家康は1603年に朝廷から征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開き、ご存知の
通り、300年間も徳川将軍時代が続きます。江戸幕府は京都の朝廷をうやまいながら
統制するという方法で、援助もしながら多くの規制も設けたようです。
しかし、黒船来航後、朝廷の許可なしに幕府は1858年に日米修好通商条約を結んだ
ものですから、国内は賛否両論に分かれ、尊皇攘夷運動へ発展していきます。
諸外国に対抗していくには、江戸幕府では無理、ということになり大政奉還、
天皇を中心とした新政府(明治政府)の誕生(1868年)となります。

8)米国(連合軍)
1941年真珠湾攻撃によって日米が本格開戦しますが、1942年以降日本軍は
劣勢となり、1945年2つの原子爆弾を米軍から投下され、8月に無条件降伏
します。この第二次大戦中、日本人の戦意と愛国心を煽るために天皇の存在が
政府により非常に利用されましたが、戦後、勝利した占領側の連合軍もまた天皇家を
裁かないほうが有利とみて、責任追及をしませんでした。

かなり乱暴な日本の歴史俯瞰ですが、こうやってみると、日本史上で、日本の天下
をとった人たちは、誰も天皇家に勝てなかった、誰も天皇家を滅ぼそうとしなかった、
それどころか、天皇家は完全な「別格」としてこの2000年の歴史が過ぎてきたのです。

明らかに時の権力者たちは、天皇家を利用してきたのでしょうけど。天皇にとって
かわる人が出てきてもおかしくなさそうですけどね。島国だから、他民族の侵略が
少なかったこともあるかもしれません。

天皇家の存在が日本人の誇りの根拠として取り上げられることが多い理由も
わかるような気がします。皇族同士の内紛もいろいろとありましたが、
広く長く受け入れられているからこそ、天皇家の存在があるはずで、そのわけ
はなんでしょう?

聖徳太子の「和をもって尊しとなす」的な思想を一族でもっているのでしょうか。
この小さな島国では、あまり激しい思想、あまり厳しい掟は向かない気がします。
神道+仏教が天皇家とうまくあうのでしょうか。

今日はここまで。

日本の歴史

「天皇家について」というタイトルでブログを書いたところ、さっそく親切な方から
「菊のタブー」(日本のマスコミにおける天皇家について余計なことは書いてはいけない
という暗黙のタブーのこと)があるので用心したほうがいい、というアドバイスを頂き
ました。

確かに調べてみますと、戦後になってもマスコミで天皇家について「不敬」と思われる
記事が出た場合には、「右翼」の方から大変な圧力がかかったり、場合によっては、
暗殺されたり、と大変なことが起こっているようです。

かと言って、あまり右寄りですと、中国、韓国から非難されるようで、マスコミも
大変です。でも、マスコミの責任は非常に重要ですが、彼らの無責任な記事の
数々は猛省すべき点が多いのも事実です。「マス」コミで或る限り、影響力がとても
多いからです。

このブログであえて「天皇家について」というブログを書いたのは
1)このブログの訪問者は1日20-30人程度で少数であること
2)あえて批判する気持ちでは書いていないこと
などがあります。

さらに言えば、そもそもの発端は、最近の日本の首相たちのあまりの程度の低さに呆れて
あらためて、日本の歴史を勉強してみよう、と思って本を手にとっていることです。

過去の政治家はどうだったのか?
過去に立派なリーダーはいなかったのか?
日本の過去2000年は、どんな風だったのか?
などと心に疑問を持ちながら歴史をざっと俯瞰してみたら、当たり前のことですが、
ずっと、天皇家だけは一環して日本のトップの座にいることに気がついたのです。

トップの座にいたからといって、「リーダー」だったかというと、そうでも
なさそうです。政治は他の人(将軍など)に任せていたことが多いです。
ただ、日本人として日本の歴史を知ろうとしたときに、常にどの時代も天皇家、
朝廷の存在があります。とても、興味深いことです。

一部の人を騙すことはできる。
一時期、人を騙すこともできる。
しかし、ずっと、すべての人を欺き通すことはできない。

ということを聞いたことがあります。2000年にわたって日本国民のトップで
あられる天皇家は、やはり特別なのでしょう。
「神の子孫」であられるのかもしれませんが、極めて稀な存在です。
世界の人口が60億人と仮定すると、ppbレベルの確率といえるでしょう。

もし、このマイナーなブログが菊のタブーのために炎上したら、閉めるだけですが
まあ、そういうことはないと信じています。

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天皇家について

21世紀にもなって、いまだに「王様」とか「皇帝」などがいる国が存在している
というのは大きな驚きですが、それが自分の国である日本もそうである、というのは、
冷静に考えると大変なことです。

産業革命以降の近代化によって産業というものが発展してきましたが、それと
ともに、市民革命というものがありました。最初の産業革命が18世紀後半に
イギリスで始まりましたが、同じタイミングでフランスではフランス革命が
起こり、ルイ16世もマリー・アントワネットもギロチンの露と消えています。

身分制度から開放されて、人は教育と努力次第で金持ちにもなれるし、国の
政治は選挙という方法で民主的に代表者を選ぶ、という時代になっています。
それでも、いまだに英国には女王がいるし、日本にも天皇(the Emperor)がいます。

なぜ、日本に天皇がいることに、皆、違和感を持たないのでしょうか?
天皇は日本の象徴だ、ということですが、なぜ、天皇家なのでしょうか?
となりの鈴木さんではだめなのでしょうか?
昭和天皇は素晴らしい人だった、という人がいますが、素晴らしい人は他にも
たくさんいると思います。北海道の田中さんだって、大阪の佐藤さんだって、
名古屋の木村さんだって、素晴らしい人だったかもしれません。

最初の天皇は、神武天皇(じんむてんのう)だった、ようですが、その前は
どうだったのか?つまり、神武天皇のお母さん、お父さんは誰だったのか?
といったことを考える人間がいると困るので、ちゃんとストーリーはできて
いるようです。それが「古事記」です。とても有名な神話ですが、親子関係
だけ調べてみると以下の通りです。(超省略しています)

最初に天の高天原(たかまがはら)にいた神々うち、イザナキの命(みこと)と
イザナミの命が日本の国土を創造したようです。イザナキが左目を洗ったら
天照大神(あまてらすおおみかみ)が生まれ、その孫がニニギの命。
ニニギの命は三種の神器をもって地上(日向の高千穂の峰)に降りてくる(天孫降臨)。
ニニギの命には海幸彦と山幸彦という二人の子供ができて、
山幸彦の孫であるイワレヒコの命は大和の地を目指して、各地の土豪たちと
戦い、平定し、橿原(かしはら)に宮を建てて、初代天皇となった、
とあります。紀元前7世紀頃のことらしいです。

したがって、初代天皇=神武天皇は、イワレヒコの命(ミコト)のようです。
正式には、イワレヒコの命=神倭伊波礼琵古命(かんやまといわれひこのみこと)。
もちろん、神話の登場人物が実在した、と考えるのは科学的ではありません。

「古事記」が書かれたのは8世紀初めとなっており、この頃、きっと「古事記」
を書く必要性があった、もしくは、天皇家の人が誰かにこれを書かせた、という
ことでしょう。奈良時代の聖武天皇あたりでしょうか。

なぜ天皇家は、この長きにわたって日本の「天皇」であり続けたのか?
そして、神道という宗教にまでなってしまった。
今上天皇は、現人神でしょうか?

科学が発展し、民主国家といわれる21世紀の日本において、天皇家は、なぜ
いまも存在しているのでしょうか?
どうして、憲法にまで規定されたのでしょうか?

私は天皇制否定論者でもなんでもなく、単純に素朴な疑問を呈しているだけです。
そのうち、親しい外国人にも聞かれそうな気がします。

このテーマは、また、引き続き書いてみたいと思います。
今日は、これまで。

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