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地震のために、スケジュールがなくなって空白の一日となった。
夕食はホイコーローとのことだったが、お腹もすいたし、4時くらいに自分で簡単な料理を作った。
牡蠣のソテーと菜花。
① 牡蠣(加熱用)を買ってきて、水を切って、酒をかける。
塩コショウ。これに片栗をまぶせる。
② 菜花は簡単に茹でて絞る。
③ ①を表面に軽く焦げ目ができる程度に炒める。
少し遅れて、ついでに②も一緒にかるく炒める。
写真は牡蠣の焼きが少し足りなかったので、また、少し炒めなおした。
ガーリックと炒めても美味しい。牡蠣がふっくらとして、また、片栗で旨みを逃さないのがいい。
菜花には、少しポン酢をたらしてもいい。苦味が牡蠣と合う。
ビール(シルクエビス)を飲みながら、晩酌をしました。
美味しい。
生きていて良かった。
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食べ物
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先日、シンガポールの商社の人Aさんが来日した。もう、15年、シンガポールに住んでいる日本人だ。
永住権ももって、現地にアパート(マンション)を買い、日本人の妻と娘と暮らしている。
娘さんはインターナショナル・スクールへ。本人は橋を渡って毎週マレーシアでゴルフをするのが
楽しみ。40歳くらい。アメリカのコロラド大学卒業とかで英語も堪能。
彼と彼の会社の社長さんに接待を受けた。(この会社は全部で3人しかいない)
「神田で寿司を食いましょう!」とAさん。
「日本で中華だけは食べたくないんです。せっかくだから寿司を」と。
連れて行かれたのは、神田駅から歩いてすぐの渋めの小さなお店。確か、壁に値段が
張っていなかったような・・・。こういうお店には私は怖くて入れない。
刺身を食べながら世界の四方山話をして、そして、寿司を食った。
なんと、昔、このお店で寿司の握り方・作り方を学んだ?日本人女性が米国で書いた寿司の本が
いまだに米国での寿司本の定番になっているらしい。この本の写真もこのお店で撮影したらしい。
(今では、もっと、いろいろな本が出てるかもしれないけど)
結構古い本だ。書いた女性は1962年に日本女子大を卒業している、とのことなので、それなりの
年齢だ。こんな人です。
寿司をご馳走になった後、私はAさんと二人で新宿のジャズ・バーへ。
集英社の雑誌の編集長とか、デザイナー、映画監督、舞台監督などがいて、最初は文化的な
お話で盛り上がっていたのだけど、途中からAさんの横はただの酔っ払いになってしまって、
少し気の毒だった。まあ、しょうがない。
安いけど、こちらは私がご馳走しました。 |
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私は、最近、疲れているせいか仕事のミスが目立つ。一方、アシスタントの女性が慣れてしっかりしてきたせいか、この日も「間違ってますよ!」などと指摘をたくさん受けた。それが木曜日。
4時頃、東京の会社を出発して、大阪へ出張。
7時半に大阪駅でお客さんと待ち合わせ。携帯電話がないので待ち合わせはリスクがある。
場所もピン・ポイントである必要がある。なんとか無事会えた。大手メーカーの子会社の技術部長48歳。
二人で駅近くの飲食店がごちゃごちゃ入っているナントカ・ビルへ入り2Fの居酒屋へ。
彼はフットサル、陸上、少林寺拳法をやっていて、見た目も非常に精悍な感じ。三重県出身、阪大を出て、
ずっとこの会社のある材料の技術を担当している。
私はお疲れモードなのでレバサシなどを頼んだ。塩とごま油、生姜で食べる。美味しい。
いろいろと食べたけど、大阪らいいのは、この「スジコンネギ焼き」。よく煮込んだコンニャクと牛筋の刻みと大量のネギで作ったお好み焼きだ。美味しい。大阪では「スジコン」だけでもスーパーで売っている。
当然、こちらが接待で支払おうと思っていたのに、先方が「いやいや、せっかく大阪に来てもらったんですから、当然こちらが支払います」と主張し、彼の自腹でご馳走になってしまった。次回、彼が東京に来たときにはお返しをするという約束で。これが10時。
彼と別れて、淀屋橋のホテルへ一度戻り、部屋から友人のSさん(商社マン、41歳、H大好き)に電話。
事前に、宿泊ホテル名と「ひょっとしたら飲みに誘うかも」、という連絡をしていた。
「すぐ近くの喫茶店で待機しています」と。義理堅い男だ。Sさんは今日は同僚の送別会をし、その流れ。
二人で、淀屋橋の数少ないカラオケ・スナックへ。キタならばいくらでもそういうお店はあるけど、淀屋橋に
限定するとなかなかない。私よりも年上のお姉さん姉妹がやっているスナック。
四方山話をして、後は歌を歌った。Sさんは、ウイングスの「マイ・ラブ」とか「ジェット」などにチャレンジにしていました。私もチャレンジでイーグルスの「ならず者」「ホテル・カリフォルニア」を歌ったけど、全然だめでした。
11時過ぎになるとだんだん客が減ってきて、ふと見ると、すぐ近くに
見覚えのある人が。K商事のM課長、3年くらい間までときどき仕事でお世話になった人。
「Mさん、お久しぶり!」って声をかけたら
「おおお、お久しぶりです。なんで、ここにいらっしゃるのですか?」
と立ち上がって、握手して、ハグされて。
彼は45歳くらいの独身。とても柔和な大阪弁をしゃべる人で、私がもっとも好きな大阪弁の一つ。
ひどく酔っ払うと、噛み付いたり、中島みゆきの「うらみます」とか、すごい歌を歌う人だけど、基本的に気のいい人だ。若手の送別会の流れだったようで、2人で来ていた。
12時頃に帰っていったけど、最後は、なんだか土下座みたいにして
「本日は気づかずに失礼しました」とか言って帰っていきました。
我々も12時過ぎに2曲ばかり歌って帰りました。
翌、金曜日、10時すぎに尼崎にある大手電機会社の研究所に訪問。
午後は2時に新神戸のお客さんへ。そして5時に新大阪で中国関係のビジネスの件で商社の人と
待ち合わせして喫茶店で面談。これにて関西の仕事完了。
6時過ぎののぞみで東京へ。
夜9時前に東京駅に着き、会社へ。まだ2人くらいが働いていた。1人は日曜日から海外出張なんだけど
プリンターの調子が悪くなり、どうしても印刷したいのに・・・と当惑していた。
私はPCを立ち上げて、メールをチェック。あまりに大量のメールが着ていたので呆然とし、15分くらい
ざっと見た後、閉じて、退社した。
そして、新宿のジャズ・バーへ。ヘトヘトとに疲れていたけど、花の金曜日だ。10時前にお店に着くと
珍しい私と同姓の人と、デザイナーのOさんと、5人組の人たちが。5人の1人が、
「おお!」と言って立ち上がって私に握手を求めてきた。
20年ぶりくらいでしょうか。スキー・クラブ関連の知人で、桂三枝似の人。ひょうきんでにぎやか。
そこへOLのY子ちゃんがきて。ミンさんや原さんも来て。そこへ、サックスのマイケルがインド人2人を
連れてやってきて、一部、人が帰ったりもしたけどにぎやかでした。
インド人がスーツ着てると、ジャズが似合いますね。
インドの人口はいつのまにか11億人になったらしい。
「そのうち、中国を抜く」って言っていました。すごい国ですね。
「すごいのは人口だけです」って、謙虚。
一番右の彼は独身で、現在、日本人の彼女を募集中です。コンピュータ技術者。
結構イケメンですよね。
さて、終電時間なので帰ろうとして、最近忘れ物が多いので
「なにか忘れ物ないよね?」
なんて皆に言いながら帰ろうとしたら、マスターが
「そういえば、dareyanen、お代、払ったっけ?」と。
そういえば、まだ、お金を払っていなかった。なんとなく、自分の家みたいな感覚でいるので、
ついつい支払いなんて忘れてしまうんです。
昼間は温かかったけど、夜は風が急に強まり、寒い。新宿駅から電車に乗ったものの、強風のため
電車はなんども途中で止まり、快速が各駅停車になったりして・・・45分らくいの乗車で帰れるはずが
2時間もかかり、帰宅したのは夜中の2時15分。疲れたぁ。
自宅の鍵もないので、もし鍵がかかっていたらどうしよう!?
という心配もあったけど、無事入れた。よかった。
寝たのは3時。
今日(土曜日)は昼過ぎまで死んだように寝ました。
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昨夜、久しぶりに上野のケルト・パブに1人で行ってきました。
第一水曜日と第三水曜日は、ケルト音楽の日。初めて聞きました。
12人くらいがテーブルを囲んで座っていて、5人くらいがバイオリンを
3人くらいが笛(フルート?)を1人が太鼓のようなものを持って演奏していました。
2人はアイルランド人、あとは皆、日本人でした。
不思議な音楽ですよね。
お店は、この演奏している人たちのテーブル以外には、L字のカウンターと
4人掛けのテーブルが2つ。
お店は満員で、演奏者以外は、いろいろな国籍の人たちが。
私と同席したのは、ブラジル人と米国人。
ブラジル人はブラジルから水晶を輸入して日本に卸している人。
米国人はダイヤモンドの卸しと加工する会社をやっている人。
二人とも陽気な人で、奥さんは日本人とか。
途中で、私の隣のブラジル人のところに、アイルランド人のおばあさんがやってきて
なにやらいっぱいしゃべっていった。このおばあさんは75歳で、日本に来て、もう
37年だとか。外観は魔法使いのよう。
ブラジル人が私にいわく、
「人はファースト・カルチャー(the first culture)を忘れない。一生の間にいろいろと
住む国を移り変わっても、最初に生まれ育った国の文化は絶対に忘れない。
彼女も37年も日本にいるのに、アイルランドが忘れられないんだ。もちろん、
僕もブラジルを忘れない」
このブラジル人がアイルランドのおばあさんに言っていることも面白かった。
「僕らは遠い親戚かもしれない。アイルランド人にもラテン(ポルトガルとか)の
血が流れているかもしれない。僕の中には、ポルトガルの血が流れている」
これに対して、アイルランド人は
「ラテンは少ないと思うわよ」と。
残念ながら写真はありませんが、なかなか楽しい一夜でした。
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今日は事業部の忘年会でした。場所は浅草の駒形、どじょう専門店です。
どじょうが好きか?と聞かれても、まあ、どうでしょう、って感じだったのですが、ここは美味しかった。
こんな感じに鉄鍋にどじょうを入れて、ネギのせて加熱します。これに山椒などかけて食べる。
臭みがない。とても美味しかった。
これは、どじょうの蒲焼。まあまあ。若い人は「美味しい」って言っていました。私には味が濃い。
これが柳川鍋?これもちょっと、味が濃かった。味の濃いものは、ご飯と食べたい。
店内の雰囲気は、こんな感じ。座敷だとか股関節が痛いから嫌だな、って思っていたのですが、
畳の間に、椅子とテーブルだったのでとても楽でした。しめはお茶漬け。
派遣の音楽家の彼女が挨拶をさせられて、「年、いくつ?」っていうおじさんの質問に、笑顔で
「永遠の二十歳です」って答えていた。よしよし。
明日は、今年のゴルフの打ち収めで、5時起きのため、1次会終了後、さっさと帰りました。
まあまあ、楽しい忘年会でした。
さあ、もう、寝ないと。
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