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今から25年くらい前には「適齢期」というものがあった。
例えば、女性は24歳に結婚するのが一番、25歳でギリギリ、26歳以降は売れ残り。
24歳をクリスマス・イブ、25歳はクリスマスに見立て、女性をケーキに例えた。
以前は、なんとなく、恋人、夫婦の男女の年齢は、同い年、もしくは、女性が数歳年下、というのが
「普通」と見られていた。なぜだか、わからない。女性が年上だと、「姉さん女房」などという特別な
呼び方をされた。
加藤茶が40歳以上若い女性と結婚した。親子以上に歳が離れている、と言っていい。
ニュースにはなるけど、別に悪いことではない。加藤茶にそれだけの魅力があるということかもしれない。
「お金目当て」という報道に対しては、加藤茶は「私は全然文無しで、彼女のほうが稼ぎがいい。
だから、決してお金目当てではない」と語っている。
男のほうが年上、というのは、やや古い何かがあるような気がする。昔は、女性が男性を選ぶ時代
ではなかった。男性が女性を選ぶ。光源氏などは、随分と幼い女性にも目をつけていた。
幼いほうが従順だし、なによりも、処女性というものが大事だったのだろう。
そして、女性は経済力のある男性に嫁ぐことが親孝行でもあり、選ばれる喜びも感じたのかも
しれない。
先日、アメリカの番組を見ていたら、30歳くらいの独身女性3人くらいで酒を飲んでいる。
一人が言う。
「今度の彼氏、最高なの!私よりも4歳も年下で若くて、ハンサムで、お金持ちなの!」
それを聞いた他の女性たちが
「最高じゃない!やっぱり若い男がいいわぁ」
「絶対に捕まえて離してはだめよ」
と。
女性がはっきりと「若い男がいい」と明言するのもアメリカらしいし、現代的だ。
このことを何人かの日本人女性にコメントを求めた。
A子「そりゃ、若い方がいいに決まってるじゃない。それでハンサムでお金持ちだったら素敵」
B子「若いっていうことは、定年までの年齢が遠い、っていうことだから、それがいい。
まだまだ働いてもらえそうだしね」
C子「だって、あんまり年上の男性だと、すぐ介護しなくてはいけなくなるかもしれないし、
結婚するんだったら、若い人がいいでしょう」
と、いずれも内容は違うものの、「若い男がいい」というのは共通していた。
日本の女性もアメリカと変わらなくなってきた。
さすがに
「若い方がセックスも強そうだし・・」とコメントする女性はいなかったけど、実際には、
そういう人もいると思う。
うちのかみさんいわく
「若くてハンサムでお金持ちだったら、当然、向こうに選択権があるわけで、自分が
それに見合うものがなければ、夫婦や恋人として成り立つはずがないじゃないの」
とクール。
年下がいいか、年上がいいか。
まあ、男女の関係に何を求めるかで答えは違うのでしょうね。
若さ、ルックス、体、人格、経済力、包容力、知識・・・・。
「恋人と夫婦とは、また違うよ」
という声も聞こえてきそう。
皆さんは、ご意見はいかがですか?
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人生・恋
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こういうタイトルで書くと、女性の反応は4つ;
①「不倫は絶対にいけません!」とヒステリックに反応する人
②「この人不倫してるのかしら?不潔!最低ね!」と個人レベルで無条件に相手を軽蔑する人
③「実は私も不倫、というか、婚外交際しています」という内緒さん
④冷静な人、楽しく読んでくれる人
このうち、①と②にあてはまる人は、できれば読まないでください。
男性の反応はよくわかりません。でも、世の中、頭カチカチの人が社会を支えていますので、タイトルだけで不快感を持った人は読まないでください。
さて、タイトルは結構刺激的ですが、結構真面目で理屈っぽい内容です。
TVの動物番組などを見ていると、なにが面白いかというと、動物と人間とは何が違うのか、何が同じなのかという点である。生物の特徴としては、「成長する」「繁殖する」「死ぬ」といった点があるけれど、生まれた子供は、成長し必ず生殖行為をして、繁殖していく。予めDNAにそういうプログラムが組み込まれているのだろうけど、かなり単細胞の生物であっても誰に教わることなく生殖行為をして、繁殖し、種の保存をしていく。
昆虫などを見ていると気の毒なほどである。蝉などは7年くらい地中で幼虫として暮らし、やっと地上に出て羽化すると、オスは声の限りで泣き叫び求愛行為をする。セミの交尾は見たことがないけど、やがて、交尾をして、メスが地中に産卵し、オスもメスも死ぬ。カマキリは、交尾の後、メスがオスの身体を食べて、産卵し、そして、メスも死んで行く。生まれて、生きるために何かを食べ排泄し、生殖行為をして、産卵し、死んで行く。
魚類、両生類も似たようなものだ。メスは大量の卵を産卵し、オスはかなり大雑把に精子をかける。大量に生まれてくる子供たちの多くは、途中、食物連鎖の一環として、他の生物に食べられてしまうが、生き残ったものたちは、同じように種の保存を行う。
さすがに哺乳類となってくると、産卵ではなく、出産なので、親子関係、家族のようなものが生まれてくる。親が幼い子供を育て、狩りの仕方などを教え、やがて、子供は成長して巣立って行く。それでも、食べ、排泄し、生殖行為をして、繁殖し、死んで行くのは同じだ。
ダーウインの進化論が真理なのかどうかはわからない。しかし、地球が弱肉強食の世界であることは確かで、強いものが生き残り、弱いものは強いもののエサになる。メスはより強いオスを求め、オスは力の限り多くのメスに自分の遺伝子を残していこうとする。
サルくらい高等になってくると「社会」のようなものが誕生する。そこには強いボス猿がいて、ハーレム状態で多くのメスを従える。しかし、そのボスもやがて、自分よりも強いオス猿が登場し、闘いに敗れれば、その場を去らざるをえない。
人類になると、かなり脳が発達して、社会というものに「秩序」を求めるようになり、「ルール」を決めるようになる。メスの取り争いで闘うよりも、協力して、食料を得て、生活して行くほうが、皆の生存率が高まる。結婚という習慣・制度は、そうして生まれたのだと思う。
「結婚」という言葉を辞書で引くと「男女が夫婦になること」とある。夫婦とは何か?
「夫婦」という言葉を辞書で引くと「結婚した男女一組。めおと」とある。
ぐるぐると回っていまい、意味はよくわからない。
人間はサルよりも脳が発達してしまい、いろいろなことを考えるようになった。だから、悩む。悩んだり、悲しんだりするのは、人間だけではなく、他の哺乳類にも見られることだけど、人間は言葉を持つことにより、悩みも複雑になり、それにあわせて、かなり複雑なルールつくりをするようになる。宗教は、無条件になにかを崇め信じる古代信仰から、やがて、神という存在を創造した。そして、神の教えを人間の言葉で伝える預言者なるものが登場し、弟子たちが登場し、かなり複雑で難解な教えを広げて行った。その教えの多くは、「道徳」「倫理」のもとになっている。
多くの神は「姦淫することなかれ!」と言った。「姦淫」とは、「男女の道徳に反した性行為」のことである。倫理・道徳に反した性行為とはなにか。簡単に言ってしまえば、結婚した男女以外が性行為をすることだろう。
「不倫」という言葉がある。辞書で「不倫」を引くと「人の道にはずれること」とある。非常にあいまいな表現だ。人の道に外れるということは、倫理に反するということだろう。この「人」というのは、「神」の存在を意識した「人」であると思う。必ずしも性に関する言葉ではない。
しかし、今では、ほとんど男女の性関係に使用されるので勝手に限定しよう。
例えば、結婚が一夫一婦制か、一夫多婦制か、多夫一婦制か、多夫多婦制か、その制度によって違うけど、その制度に従って、男女が性行為をするのはいいけれど、それを外れて性行為をすることは「不倫」なのだろう。
世の中には様々なルール、道徳、法律がある。でも、翻って、生物の基本特徴を見ると;
「成長する」には食べなくはいけない。食べて行くためには競争、戦いがある。ここに弱肉強食がある。社会を作り、国家を作り、武装し、敵を殺し・・・。「殺してはいけない」と言っても歴史を振り返れば、限りない戦いの歴史だ。やがて条約を締結し、強いもの有利な状況を約束させる。
「繁殖する」には生殖行為が必要だ。生殖行為は男女でしかできない。結婚制度があるけれど、結婚しなくても男女はセックスする。動物と違って、人間は生殖を伴わないセックスもする。さらに、人間はセックスを少し恥ずかしくて、かつ、快楽としてする。
「死ぬ」は、ほっといても死ぬ。でも人間は自殺もするし、戦争や殺人もあるし、死刑も行う。
「やってはいけない」というルールの数々。この背景は、ダメと言っても、人間はやってしまうからこそ、ダメというルールが生まれたのだと思う。キリスト教結婚式での永遠の愛の誓いにしても、「まず、永遠に愛することはないだろう」からこそ、努力目標として誓わせるのだろう。そもそも、結婚の定義には「愛」はない。
人は恋をして、誰かを愛する。無差別に生殖行為をしたいという年齢もあるかもしれないけど、やはり特定の誰かを好きになって、その人を欲しくなる。会えなければ会いたい。会ったらキスをしたい。身体を触りたい。当たり前の感情だ。一緒に暮らしていなければ、会っても、時間が来たら別れを告げる。そして、また「会いたい」という気持ちが募る。
ならば結婚したらどうなるか。新婚当時は熱々だ。やがて子供をもうけて、セックスは週1回から月1回となり、気がついたとき、配偶者は「謎の同居人」となる。
人の欲望は満たされないと肥大する。会えなければ会いたい。でも、会ってしまえば、欲望は満たされる。10年も20年もずっと一緒だったら、その配偶者と会いたい、やりたいという願望は満たされ消滅している。相手は満腹時に見せられたラーメンのようなものだ。
しかも、そもそもの最初の恋は、ある種の幻想・錯覚だ。ずっと暮らして行けば、幻想から目が覚め、現実に戻る。
不倫の楽しみは、出会いがあって、別れがあることだ。それは喜びであるとともに、切なさでもある。
多くの文学が不倫を取り上げるのも、それは、道徳やモラルがあったとしても、それを破る喜びがそこにあるからだ。頭で反論しても、あなたの魂はゆすぶられる。不倫には何かしらの魅力があるのだ。
生殖動物として、やがて人は、「お払い箱」になったような気分になるときが来る。自分はもう、オスとしてメスとして、役目は終えた、と。そういう状態で、もし、自分に、再び、オスとして、メスとして、認めてくる相手が登場したら、それは新たな生きがいになる。
不倫はいけない、と多くの人が言う。それはきっとそうなのだろう。あなたは正しい。
でも、例えば、ミッテラン大統領が大統領就任したときに、愛人との間に子供が3人くらいいた。それを指摘されたミッテランは、「はい。そうですが、それがなにか?」と平然とマスコミに答えた、という。
不倫が素晴らしい、とは言わない。でも、勝手に誰かがつくったモラルにあなたが縛られることはない。
法は守る。なるべく身近な人々の心を傷つけない。責任はとる。そういう心つもりならば、不倫は、あなたの人生を蘇生させる一つの方法である、と私は思っている。
不倫を成功させるには、努力と自制心が必要だ。
異性に好かれるような自分になる努力。心身能力とも努力が必要。デートする時間管理も必要。
犬や猫のように盛りのついた動物のように相手に接することはできないので、自制心も必要。社会的には認められていないので、節制して相手に当たらねば、お互いのためにならない。泥沼に陥る不倫も多いだろう。
不倫しましょう!
というのが問題ならば、「恋をしましょう!」でもいい。
それこそが、あなたを老化から防げる方法でもある。
Let’s fall in love even if you are already married.
That’s one of the best ways to keep yourself alive.
え!私が不倫してるかって?
そんなこと、答えられません(笑
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先日、ある新聞にこんなことが書いてあった。
「思いつきとアイデアとは違う。アイデアとは単なる思いつきではなくて、
具体的に、いつ、どこで、だれが、どのように、やっていくか、実行すれば
どんなメリットがあるのか、計画を立てることだ」
先日、倉敷に遊びに行った。私が住んでいた40年くらい前は、倉敷駅の北側は何も
なかった。やがて新幹線が開通し、バブル時代を迎え、北口には、テーマパークの
チボリ公園というのができた。デンマークかどこかの風景を模した公園だ。
なんで、倉敷にデンマーク?
誰が何をしに行くのか?
調べてはいないけど、役人の発想だと思う。
こういうのを「思いつき」というのだろう。
案の定、潰れた。
長いこと、閉園されて放置されていた。
潰れたテーマパークほどさびしいものはない。
現在は、イオンが買い取り、巨大ショッピングセンターが建設中だ。
夢も同様かもしれない。
残念なことに夢を見るのは若いときだ。若い時には世間を知らない。
たまたま得た情報が、「思いつき」になって、あこがれる。
世間を知っている親や大人は、堅実な道を教える。
堅実な道とは、誰もが目指す、ハズレの少ない道だ。
そんな道が「夢」に見えるはずがない。
親に逆らって、先生に逆らって、夢を抱いて、故郷を飛び出して・・・
でも、なんの計画性もなく、一体何ができる?
歩くこともできないくせに、走ろうとしたら転ぶだけだ。
登山を考えよう。
どんな装備が必要なのか、それを準備しなくてはいけない。
その山までどうやって行って、どのルートをどのくらいの時間をかけて登るのか?
誰といつ、登るのか?
季節は?天候も変化するかもしれない。
そもそも登山できるだけの体力をつけていかないといけない。
無謀な人は遭難する。
随分前だけど、ある登山家(70歳?)がTVに出ていた。久しぶりにエベレスト山に登る
という。お父さん(99歳?)と息子と孫で一緒にスキーで滑り降りる、と。
え!?
なんだろう、この人たちは?
それが、三浦雄一郎だった。
2kgくらいの靴を履いて、さらに重い足環をつけて、数10kgのリュックをかつぎ、
東京の高層ビルの階段を登ったり、降りたりして足腰を鍛えている、と。
びっくりしたなぁ。
でも、三浦家の人たちは、心臓のつくりとかが他人と全然違うらしい。
夏の高校野球も大詰めだ。
プロに比べて、非常に爽やかさを感じる。
でも、彼ら球児たちは、ほとんど地元出身者はいないらしい。
どこの県の、どの高校へ行ったら、一番甲子園に行きやすいか、
親が中学のときに考えて高校進学するらしい。
計画性があると言えばある。
でも、イチローや松坂になれる選手は一握りもいない。
夢を見る人、みない人。
努力する人、しない人。
わき目もふらず、頑張る人。
寄り道だらけで、遊ぶ人。
後悔する人。
楽しそうな人、不幸な顔をした人。
正直言って、何がベストか私にはわからない。
でも、なにかしたければ、ビジョンを持って、計画を立てて、
行動を起こして行くしかない。
死ぬまで、手遅れとは思いたくない。
自分の思い描く夢が、「野球の選手」や「ロック・スター」でなくてもいい。
もっと、ささやかでも、楽しければ、それでもいいのではないか。
もう、いまさら「夢」を語らなくてもいいのだろう。
過ぎた日は戻らず、二つの人生を歩むこともできない。 毎日、ちょっとしたいいアイデアの積み重ねで、
あと30年くらい楽しく生きたい。
支離滅裂?
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尾道ラーメンでお腹を満たした後は、カラオケへ。
町外れの小さなスナック。母娘でやっている。
なんと、ここのママ(母の方)は、昔からO君のお母さんと知り合いで、O君が神戸で生まれたときから
知っているとか。O君は神戸生まれ、倉敷育ち。両親は鹿児島県の人で、お父さんは沖永良部島出身。
さあ、がんがん歌おう。
私が最初に杏里の「オリビアを聴きながら」を歌ったら、
「dareyanenらしくないのぉ」と言われてしまった。
S君が松山千春を歌う。歌詞がいい。
1970年代の歌です。
これもS君かな。ユーミンの名曲を歌う。
これは吉田拓郎とかまやつひろし。私が歌った。
O君が言う
「おお、これは名曲じゃ」
若いときに夢を抱いても、それを達成できる人は少ない。
もう戻ってこない時へのノスタルジアかもしれなけど、だけど、思い出は切なく、
でも美しい。
夢破れて、故郷に帰っても、そこも、すでに時の流れとともに
変わり果ててしまっている。
これはO君が拓郎の曲「元気です」を。波乱万丈の人生を送ってきたO君らしい。
O君が消息不明の時代は
「O君は、まだどこかで生きてるんか?」
という質問を皆がしていた。
「どっかでなんとか生きてるんじゃなかろうか」
と。
毎晩毎晩、仕事が終わったら、酒飲んで・・・・。
河島英吾。死んじゃったなぁ。
久しぶりに会った女性がぐっと、キレイになったりすると、不思議な気持ちがしたものです。
ただの成長なのか、恋をしたのか、体験を重ねたのか・・・・。
こうして倉敷の夜は更けてきました。
(最近の中高生は、どんな曲を聴いているのでしょうね)
50歳を過ぎても男には「青春の尻尾」のようなものがあります。
未練がましい、というのとはちょっと違う。ロマンチックなんでしょうかね。
お店が混んで来たので、精算して、お店を出ました。
S君は明日は仕事なのでお別れし、私とO君は駅近くのショットバーへと向かいました。
もう、15日から16日になろうとしていました。
16日の午前中の便で東京へ帰ります。
さようなら、倉敷。
また来年。
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8月15日は敗戦記念日ですが、それとは関係なく、岡山CC帯江コースへ行きました。
友人のうちから車で15分。一昨日も行ったコースです。道も空いていて、あっというまに
到着。
今日のメンバーは、私、友人のO君、もとヤクザで居酒屋マスターNさん、長距離トラック運転手Hさん。
マスターNさんは、なんというか、多くの修羅場を乗り越えた人が持つような安らぎと柔らかさを
もった温厚な人。口ひげをはやしている。
Hさんは、岡山から北海道まで荷物を運ぶことがあるらしいのですが、これって往復1週間かかる
んだそうですね。岡山から新潟まで一泊二日。新潟からフェリーで北海道へ30時間。その往復。
コテコテの岡山弁をしゃべる37歳。あごひげをはやしている。飛距離がすごくて、ドライバーで
300ヤード以上も飛ばした。声もでかい。
結局、私のスコアは、47+46=93.
一昨日が96だったので3だけ改善。
O君は125くらい。Nさん98、Hさん102.
ゴルフを終えて、私はホテルのコインランドリーで洗濯。
その間にO君は、Nさんのお店に再度ご挨拶がてら一杯。
そして、5時過ぎにO君と居酒屋「かもめ」で合流。同級生のS君も合流。
S君も朝からお墓の草取りをしてきたらしい。我々は芝刈りだけど。
1時間くらい飲んで、「小腹が空いた。河岸を変えよう」と私。
「ほなら、お好み焼きでええか?ええところがあるんじゃ」とO君。
倉敷駅北側にある小さなお好み焼き屋。
カウンターだけ。
犬もいる。
大人しい犬。血統書もちゃんとあるとか。
450円の豚玉のお好み焼きを3人で食べた。
ソースの味がちょっと濃いけど、450円で文句いうレベルではない。
焼酎の水割りを3人で飲みながら、お好み焼きをつつく。
店のママは我々よりも一回り年上の若い女性。
お会計をしてもらったら、三人で1200円!
え!?1200円?
どういう計算かわからないけど、むちゃくちゃ安い。
倉敷弁では「むちゃくちゃ」「ものすごく」というのを「でぇーれー」と言います。
「でぇーれー安いがぁ」
まだ、お腹が空いていたので、軽くラーメンでも食おうや、駅の南側に渡る。
尾道ラーメンを食べました。残念ながら倉敷ラーメンというのはない。
非常に醤油味が濃い。美味しいのだけど、ちょっと濃いかな。
この汁を飲み干す人はいないのでは。
麺はこんな感じです。やや細。
さあ、これから歌いに行こう!
四泊五日の旅もあっというまに終わり。
今夜が倉敷最後の夜になる。
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