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シンガポールへの機内で、遅まきながらクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」
を見ました。とても感動しました。
太平洋戦争中は、日本の領土は広かった。満州、朝鮮、太平洋の島々。
しかし、徐々に戦局は悪化し、どんどんと局地戦で惨敗していく。
映画の舞台は太平洋戦争末期の南洋の硫黄島だ。ジャニーズの嵐の二宮君たちが
海岸で塹壕を掘るシーンで始まる。
「おれたちは、ここに墓穴を掘っているんじゃないのか」と。
彼は大宮でパン屋をやっていた。新婚で、新妻のおなかには赤ちゃんがいた。
作ったパンは憲兵に持っていかれ、やがてはパンを焼く釜さえ「鉄」として国に取られた。
もう取られるものはない、と思っていたところへ、召集令状がやってきた。もってきた人たちの
おばさんたちには「愛国夫人」というタスキがしてあって、妻が
「主人がいなくなっては私は生きていけません」といったことを言うのだが、
この愛国夫人は「今は、そんなご時勢ではありません」と冷たく言い放す。
その顔は、まるで北朝鮮のニュースキャスターのようだ。
二宮君は、奥さんのおなかの赤ちゃんに
「おい、聞こえるかい?」
と話しかける。
「内緒だけど、お父ちゃんは生きて帰ってくるからな」と。
硫黄島に新しい司令官(栗林中将)(渡辺謙)がやってくる。アメリカ帰りのエリートの進歩派だ。
最初のうちは、ダンディーだった彼も、戦局の悪化とともに、立ち行かなくなる。
硫黄島を死守せよ!硫黄島を米軍に取られたら、ここを米軍が基地にして、本土攻撃をする。
最低敵を10人殺すまでは、死んではならぬ。しかし、軍事力があまりに違いすぎた。
映像は基本的にモノトーンだ。ピカソのゲルニカのように。ときどき、色がつくこともある。
それは血であったり、司令官の懐かしい思い出であったり。
時々流れるピアノの旋律が美しくて悲しい。音楽はイーストウッドの息子さん?
イーストウッドという米国人が、この映画をどう描くか、とても興味深かった。白旗を揚げて
投降した日本人捕虜を2人、米兵が射殺した。これを見て、ああ、日本人だけを悪者、
ばか扱いしているのではないな、と思った。
米軍の兵力は圧倒的だった。それでも、米兵でも捕虜になり傷つき死んでいく者もあった。
よく見ると幼い顔をしている。彼が死んでから、ポケットから彼の母親からの手紙が出てきた。
母親が子供を思う気持ちは同じだ。
戦争ではたくさんの人が死ぬ。歴史では、それらを統計的に数字で表したりする。しかし、
数字では何もわからない。確かに生活のあった人たちが、一人ひとりと死んでいく。
敵に撃たれる人。爆撃で死ぬ人。自爆する人。見方から射殺される人。
人間を描くのが文学や映画である。そういう意味では、とても人間の描けている戦争映画だ。
最後のほうで、二宮君が渡辺謙の墓穴を掘るシーンもある。
「墓穴を掘る」ってすごい言葉だなと思う。
「兵隊に犠牲者が出るのは致し方ありません」というセリフがあった。
我々サラリーマンも兵隊のようなものだ。犠牲がでても会社は「致し方ない」と思うのだろう。
お国のために頑張るって、どういうことだろう?多くの人たちが犬死した。
今、サラリーマンが会社のために頑張るのと似ているのだろうか?
大きな違いは、我々には「生きがいが必要だが、彼らには「死にがい」が必要だった。
我々には食べるものがたくさんあるが、彼らにはなかった。
原作は誰だろう?
と思った。実は、終戦後、何十年もたってから、硫黄島を掘っていたら、大量の手紙が出てきた。
玉砕した日本兵たちの相手に届かぬ手紙の数々だった。その手紙の数々がこの映画の原作だ。
Letters from Iou Jima. 栗林中将の手紙が骨格のようだ。
愚かな日本人。
なんて愚かな人間たち。
それでも戦争はなくならない。
「戦争反対!」って言うのは簡単だ。でも、心には響かない。
でも、こうやって、映画の形で静かに提示されると、心を打たれる。
クリント・イーストウッドはすごい。
脱帽です。
(シンガポールにて)
<追記>
帰国してから調べたのですが、硫黄島には日本の守備軍が2万人いて、そこへ米軍4万人が上陸。
日本軍は米軍人を2万5千人殺し、最終的には日本軍は全員玉砕。これが1945年3月17日。
この後、4月1日に米軍は沖縄へ上陸し、6月23日には沖縄の日本軍が全滅。
そして、8月6日に広島へ、8月9日に長崎に原爆が落とされた。
ちなみに4月30日にはヒトラーが自殺している。
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