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いろいろあるけど、めげずにコツコツと

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司馬遼太郎の『この国のかたち(一)』を読んだ。
1986年から1987年に文藝春秋に書かれた「日本とは、日本人とは何かを問うた文明批評」
エッセイだ。六巻まである。
 
1923年(大正13年)生まれの司馬さんは、1943年(昭和18年)11月に、学徒出陣により
軍隊に入隊。兵庫、満州、新潟へと移動し、最後に栃木で陸軍少尉として終戦を迎えた。
その時にある若い将校が、アメリカ軍(連合軍)が東京に攻撃に来た場合に、栃木から東京に移動して
攻撃を行うという作戦に
「市民と兵士が混乱します。そういった場合どうすればいいのでしょうか。」
と、大本営からきた東北人の少佐参謀に聞いた所、参謀は
「轢き殺してゆく」と言い、
22歳だった司馬は
「なぜこんな馬鹿な戦争をする国に産まれたのだろう?
いつから日本人はこんな馬鹿になったのだろう?」
との疑問を持ち、
「昔の日本人はもっとましだったにちがいない」
として「22歳の自分へ手紙を書き送るようにして小説を書いた」と述懐している。
 
私の父(昭和2年生まれ、15年前に死去)は、司馬遼太郎が大好きだった。書斎の本棚には
司馬遼太郎の本がずらりと並んでいた。出たらすぐに買っていた。司馬さんに年が近かった
ということもあるだろうし、年を取れば歴史に興味を持つのはよくあることなのだろう。
以前、母曰く、「難しそうな本が並んでいるように見えるけど、そんなに難しい本じゃないのよ」と。
 
実際、司馬遼太郎の本は、面白いし、読みやすい。
『竜馬がゆく』、『坂の上の雲』、『翔が如く』、『街道をゆく』は、いずれも1000万部突破している。
200万部突破した本だけでも20冊もある。ベストセラー作家だ。
 
父に反発したわけではないのだが、私は司馬遼太郎をほとんど読んでいない。せいぜい、
『項羽と劉邦』くらいか。歴史上の死者に息吹を与え、生き生きと甦らせ、司馬遼太郎独自
の歴史観で展開する物語は、読んだことがある人ならばわかるけど、とにかく面白い。
 
しかし、たとえば、坂本竜馬などは、司馬遼太郎が描いた竜馬があまりにも有名なため、
実際の人物がどうであったのか、よくわからないにもかかわらず、司馬の描いた竜馬が
そのままの事実のようにイメージ的に読者に広がっていっている危険性はある。
まあ、司馬さんは悪意を持って書いていないので、「危険性」と言っても、具体的には
何もないのだけど。
 
司馬さんは、何かを調べだすと、古本屋などで数千万円出して資料を買い集めたらしい。
軽トラックで買って帰ったという。さすがに、もと新聞記者でもある。徹底的に調べられるだけ
調べて書いていたらしい。
 
『この国のかたち』の話から、随分とそれてしまった。
で、この本、どうだったか?
というと、非常に面白かった、というしかない。
古代の中国から、平安時代、鎌倉時代、江戸時代、明治以降の日本まで縦横に検証・考察して、
日本人、日本文化について語っている。
 
簡単に一部、引用して、説明するのは難しい。
でも、少しだけ引用して、ご紹介だけします。
 
**引用**
 
 本来の仏教というのは、じつにすっきりしている。
 人が死ねば空に帰する。教祖である釈迦には墓がない。むろん、その十大弟子にも
墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが非仏教的なのである。
 仏教においては世間でいう”霊魂”という思想もなく、その”霊魂”をまつる廟も持たず、
まして”霊魂”の祟りをおそれたり、”霊魂”の力を利用したりするなどといった思想もない。
 幽霊というものも、本来の仏教には存在しない。ここで、
「霊魂も怨霊も幽霊も祟りも、仏教の教義として存在しない」
といいたいところだが、ざんねんながら仏教には一大体系としての教義がないのである。
 キリスト教やイスラム教のように、預言者がコトバをもって説いた宗教なら教義が存在する。
 ところで、本来の仏教には神仏による救済の思想すらない。解脱こそ究極の理想なのである。
 解脱とは煩悩の束縛から解き放たれて自主的自由を得ることである。
 ともかくも、本来の仏教はあくまでも解脱の”方法”を示したのであって、”方法”である以上、
戒律とか行とか法はあっても、教義は存在せず、もし、存在すれば解脱の宗教とはいいがたい。
 
**引用終わり**
 
上の引用文章では、「本来の仏教」とあえて言っているのは、日本に伝来する前の仏教
のことである。日本に伝来し、そして、鎌倉時代から、仏教は日本的にどんどんと変化していく。
 
いろいろな角度で、現代の日本人・日本文化の根幹を解析し、批評しています。
 
我々は、ついつい日常生活では近視眼的になってしまうので、こういう視点をくれる本は
ありがたいです。
 
続きも読みたい。
 
 
 
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友人に借りて『モーニングサービス』(2012年、三田完著)を読んだ。
 
浅草の下町の喫茶店「カサブランカ」を営む夫婦と、常連客の織り成す人情物語です。
常連客には、ベテランの芸者、若い芸者、ソープ嬢、医大生(性同一性障害)、
近所の中華屋で働くベトナム人、などが登場してくる。
それぞれの人たちが、様々な過去と現在の悩みや喜びを抱えながらも、助け合って
いく。どこか昭和の香りがする。
 
喫茶店自体も、古いタイプの小さな喫茶店で、トーストに小岩井農場のバター、
サイフォン・コーヒー、ナポリタン、オムライスなど、日本の美味しいB級洋食を
提供する。
 
下町の人情と、風流を感じる。
 
作者の三田完(1956- 、本名:長谷川敦)は、もとNHKのディレクター、プロデューサーで、作家、俳人でもある。父親はフルート奏者、母親は俳人、祖母も祖父も俳人である。俳人家系と言える。
 
(NHKって育ちのいい人が多いのでしょうかね)
 
 
高校二年生で学校の先生との間に子供を作ってしまった菊江ちゃん(若い芸者、子供は田舎においてきた)
が、光君(医大生、性同一性障害)のお父さん(医者)に
 
「あの・・・、先生、子供さんを育てていくって、どんな気持ちのものなんでしょう?」
 
と聞いたら、光君のお父さんは少し困ったように考えて、
 
「・・・・そうですねぇ、なんていったらいいんだろう。
そうだ、こういうことです。子供が成長していくのに、
親はまだ大人になりきれない。
だんだん偉そうなことは言えなくなってくる」
 
というお父さんのセリフ、私も最近実感しています。
 
出生の秘密、男と女、親と子、性同一性障害、人の死、運命など
いろいろなドラマがありますが、かなり爽やかで心温まる小説です。
喫茶店好きの人、下町人情ものが好きな人にお勧めです。
 
 
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榊原英資(1941- )の『君たちは何のために学ぶのか』を読んだ。
基本的には、この本は10代、20代の若い人向けの本である。
 
榊原英資(さかきばら・えいすけ)は、祖父はキリスト教プロテスタントの牧師、父親は
もと総理大臣官房秘書課長。英資は、日比谷高校時代に1年間、米国に留学。
東大経済学部を出て、大蔵省入省後、(税金で)ミシガン大学で経済学博士号を
取得。1997−1999年、財務官となり、「ミスター円」と呼ばれた官僚出身の国際的な
経済学者。
 
この本の目次を紹介すると;
1)わたしたちはマーケットのなかにいる
2)21世紀、地球がひとつのマーケットでつながった
3)「サラリーマン」の時代の終わり
4)誰もがプロになれる才能を持っている
5)なぜ、学ぶ必要があるのか?
6)英語は国際共通語
7)英語をどう学ぶか?
8)わたしたちは日本のスペシャリスト
9)はみだしていても気にするな
10)進むべき道をどう決めたらいいのだろう
 
内容を要約すれば、
「あなたもマーケットの中の商品である。
プロのスペシャリストを目指せ。
スペシャリストだからといって、それだけ知っていればいい、というものではない。
常識の枠を広げるために、できるだけ若い時に海外になるべく長く行きなさい。
英語、もしくは、何らかの外国語を勉強しなさい。
海外に行って、日本人であることをよく認識しなさい。
いくら英語ができても、海外では逆に日本のこと(文化や歴史)を説明できなくては
いけない。あなたは日本人であることで他の人と違う存在となるのだ。
人から変わっていると思われても気にするな。
若くして、自分の進むべき道がわかるはずがない。30歳くらいまでは、
世界を見て、いろいろと経験して、自分の道を決めればいい。
交換可能な部品になってはいけない。
大学を卒業したら勉強が終わりではなくて、
勉強は一生続けなければならない。」
 
といった感じでしょうか。
 
私としては、8割がた賛成で、同意見です。
 
正直言って、この本をなぜ買って読んだかというと、20歳の大学生の長男に
どうかな、と思ったのです。でも、彼に読ませるのはやめます。
 
理由としては、
・榊原さん自身の家系、生まれ育った環境、学力が息子と違いすぎる。
・この本は、明らかに将来の日本を背負うエリート少年・青年向けの本である。
・非常に現実的なアドバイスにあふれているけど、ハートがない。
 
榊原氏は、いい家に生まれ、勉強ができて、人のことは気にせず、わが道を行き、
税金を使って海外留学をして博士となり、英語も達者で、弁も立つ。
彼が楽しく充実した人生を歩んできたのはわかるのだけど、なんというか
私の心を動かさなかった。
 
なかなか面白い本でもあり、現実的なアドバイスが満載ですが、その辺が残念です。
 
ちなみに『星を継ぐもの』が1980年文庫初版で現在89版。
この『君たちは何のために学ぶのか』は2011年10月文庫初版で、まだ10か月しかたって
いないですが、まだ初版です。今後もずっと初版じゃないかと予想します。

『星を継ぐもの』

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『星を継ぐもの』(Inherito the Stars)を読みました。
1977年英国人、ジェームズ・ホーガン(1941−2010)によるSF小説です。
 
内容は少し難しいところもあるけど、とても面白かった。
アイデアが素晴らしい。
 
月面で発見された真紅の宇宙服をまとった死体。綿密な調査結果、この死体は、
5万年前に死んだものである、ということがわかった。
 
この発見が、世界の科学者で大変な論争となり、「彼」は一体何者なのか?
という調査が進められていく。
 
壮大なスケールで、科学的な理論の積み重ね、そして、奇想天外なアイデア、
文章も素晴らしい。この作家の想像力というものが、半端でないことを示してくれる。
 
主人公の原子物理学者ハントが、月面に立ち、地球を見て思うところの描写が
素晴らしい。
 
**引用**
 
長いこと彼は人類がオアシスを建設した荒涼たる岩石砂漠を陰鬱な視線で眺めやった。
地球は青と白の縞模様の円板となって中空に浮かんでいた。それを見ると、ハントは急に
今まであまりにも身近なために何とも思っていなかったヒューストンやレディングや
ケンブリッジといった場所から自分がいかに離れたところにいるか思い至った。
放浪の生涯を通じて、彼はかつてただの一度もある特定の場所を自分の故郷として
意識したことはなかった。というよりも、彼にとっては特別な場所などありはせず、
どこへ行っても、そこが故郷と思えばそれで満足だったのだ。ところが、月面に立って
地球を見た途端、ハントは生まれて初めて、故郷を遠く離れていることを強く意識した。
 
 
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**引用終わり***
 
そして、ハントはさらに6か月かけて木星の衛星の1つの移動する。そこで、彼が木星の
衛星(月)から見た木星の巨大で美しいこと!
 
**引用**
 
頭上を仰いでハントは思わずあっと息を飲んだ。そこには、地球から見た月の五倍の
大きさで、真ん丸い木星がぽっかりと浮かんでいた。かつて見たどんな写真も、ディスプレイ
スクリーンの映像も、その壮麗な姿には遠く及ばなかった。木星は絢爛たる輝きで
夜空を満たしていた。
虹の七色の光の帯は交錯した綾を織り出しつつ赤道付近から幾重にも層をなして
拡がっていた。惑星の外縁に近づくにつれて光は混じり合い、溶け合って桃色に霞んだ。
桃色はさらに紫に変わり、やがて紫紅色となって、空との境を限る大円弧にくっきりと
断ち切られていた。不変不動、そして永遠なその姿。神々の王の名に相応しく、木星は
威風堂々として孤高の光を放っていた。
 
**引用終わり***
 
この写真?は、木星=ジュピター(Jupiter)。
 
 
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人類の起源、月の起源の通説を覆す壮大なスケールのSF小説です。
 
2009年に創元SF文庫の人気投票で第一位となっています。
 
興味のある方は、ぜひ。
「すごいなぁ」の一言につきます。
 
 
 
 
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村上龍の『五分後の世界』を読んだ。
1994年の作品。
 
なんと言ったらいいのか、一種のSFだ。
1945年8月に第二次大戦で日本は無条件降伏をせず、連合軍と戦い続ける。
日本は、米国、英国、ロシア、中国に占領分断され、純粋な日本人はわずか
26万人まで減少し、地下に潜って連合軍とゲリラ戦を続けている。
現代の箱根をジョギングしていた小田桐は、ひょんなことから、異空間に行ってしまい、
この世界に入る。
 
「もう一つの世界」という意味では、村上春樹の『世界の終りとハード・ボイルドワンダーランド』
や『1Q84』的なものかもしれない。
また、ジョージ・オーエルの『1984』を彷彿されるところもある。
 
いずれにせよ、村上龍の文学は、とても濃い。
ねっとりとしてる。村上春樹がややファンタジックにさわやかであるのに対して、
村上龍の文学は、暑さ、寒さ、汗、匂い、粘膜、血、肉、精液、痛み、怒りなどが
描き終えたばかりの油絵のように展開する。
 
女性向けとは思えないし、「楽しく読む本」ではない。
非常に強烈であり、圧倒される。
 
私が学生時代、ある女性が
「小説を読んで感動した、なんて話を聞くとばかばかしくて。
所詮、小説なんて、フィクションでしょう。感動する方がおかしい」
などと言ったので、
「だったら、これ読んでごらん」
と村上龍の『コインロッカーベイビーズ』を貸したことがある。
 
読了後、彼女いわく
「よくも、こんな悪趣味な本を紹介したわね」
 
まあ、人によっては全く受け付けないだろう。
 
でも、龍の小説の迫力はすごい。
へらへらと生きている人たちに、是非、読んで欲しい。
自分が「エリート」だと思っている人たちに読んで欲しい。
世の中をなめている人たちに読んで欲しい。
 
きっと、「悪趣味だ」と言うだろう。
悪趣味結構。
 
村上龍は、なぜ、こんな本を書いたのだろう?
と考えた。
 
いろいろな回答がありうるけど、その一つは、無条件降伏した日本が
戦後、米国の言いなりになって、大和魂も何も失って、金の亡者となって
腑抜けになってしまったのを批判したかったのだ。
 
あんな出来損ないのオスプレイが1台78億円。
それが岩国に11機?12機?到着したんですよ。
900億円?
税金で。
値引きしなかったの?
 
ちなみに米国の大統領が乗るヘリコプターの新しい機種の候補にもなっていたらしい
のだけど、事故が多いので、却下されています。
 
まあ、『五分後の世界』は、そんなレベルの小説ではないけど。
勇気がある人で、興味のある人は読んでみてください。
 
 

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