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『千羽鶴』 川端康成

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川端康成の『千羽鶴』を読んだ。この小説を選んだ理由は、先日行った鎌倉の円覚寺から、この小説が
始まるからだ。主人公の菊治が、円覚寺でのお茶会に参加するところから始まる。
昭和24−26年にかけて書かれた小説である。
 
どんな小説かというと、お茶を縁に知り合った男女たちの背徳的な?関係を美しい日本語で非情に
描いている、とでもいいましょうか。
 
主人公、三谷菊治の両親は既に他界してしまった。
お茶会の先生、栗本ちか子は、菊治の父の元愛人。今では栗本は「女」であることを止めたように
さばさばした性格。その栗本主催のお茶会に菊治は招待され、そこで弟子の稲村ゆき子という美しい令嬢を
紹介される。栗本は、菊治とゆき子を結婚させようとする。
しかし、その日、太田夫人という別の菊治の父の元愛人も来ていた。しかも、太田夫人は娘の文子も一緒に
連れてきていた。太田夫人は40代だが、女の色気、魅力を存分に備えた女性で、娘も母親に似て美しかった。
菊治は、栗本も太田夫人も、もと父の愛人であることを知っており、恥ずかしかった。でも、二人とも
父を愛し、息子の菊治に対してもとても好意的だった。
 
お茶会の帰り、菊治は、太田夫人と旅館に一泊し、肉体関係をもってしまう。そのことを、菊治も太田夫人の
娘も悩むが、しかし、今度は、菊治と太田夫人の娘・文子が肉体関係を結んでしまう。
太田文子は、菊治は稲村ゆき子と結婚したほうが幸せになるだろう、と考え、身を引くために、自分の父の実家
の九州へと旅行にでかける。この旅行中に何通も手紙を書くが、その手紙の九州での自然の描写がとても
美しい。
そして、菊治は稲村ゆき子と結婚する。しかし、新婚旅行に行っても、二人は肉体的に結ばれない。
菊治の頭から、太田母子のことが忘れ去れないからだ。ゆき子の悲しみは大きい。
 
なんで、こんな背徳の小説家がノーベル文学賞を取ったのか?と思う人もいると思う。
しかし、川端の文章の美しさは半端では無い。日本の美を、日本女性の美しさを、日本の茶道の道具の美を、
そして、日本の風景の美しさを透き通るような文章で書いている。
 
それにしても、なんというか、「温かみ」は感じない。川端は「非情」の小説家と言われた。それは、
彼の生い立ちに関係があるのだろう。
 
1899年(明治32年) - 大阪市で、開業医の家の長男として生まれる。
1901年(明治34年) - 父栄吉、結核で死去。
1902年(明治35年) - 母ゲン、結核で死去。祖父母と共に現在の茨木市へ転居。
1906年(明治39年) - 祖母カネ死去。
1914年(大正3年) - 祖父死去。大阪市の母の実家に引き取られるが、通学のため茨木中学校の寄宿舎に
1917年(大正6年) - 茨木中学校を卒業、現東京大学教養学部に入学。
 
2歳で父と、3歳で母と死別している。両親の愛がなかったのか。
川端に美学はあるが、愛を感じない。でも、その非情さが余計に美しいものを
引き立たせているのかもしれない。
 
ちなみに1968年にノーベル文学賞を受賞し、
1972年に逗子の仕事部屋でガス自殺した。
幸福な人のイメージは、川端にはない。
ドラ・トーザンの『ママより女』は、日本人がこれからどうしたらいいいのか、ということを考えるときに
とても示唆に富んでいる。
 
日本の問題とは?
・少子高齢化
・失業率の上昇
・経済の低迷、お金がない
・働きすぎで男性がほとんど家庭にいない
・女性は大学で勉強した知識を仕事で利用できない
・子供を持つととてもお金がかかる
・子供を持つと女性は同じ仕事の継続が難しい
・主婦になると女性は家庭に縛られやすい
・子供が欲しくても、経済的にもてない。
などなど。
 
フランス式にこういう問題点を解決するとなると、以下のようになる;
 
1) 「企業(役所)に働く人は、年間5週間の有給休暇を取らねばいけない」「一週間に35時間以上働いてはいけない」という法律をつくり、破った場合には厳しい罰則を設ける。
 
これは、ワークシェアリングというう観点でも、今、職が得られない人に就職のチャンスを与える。
頑張れば、ホワイトカラーの生産性が上がるかもしれない。仕事以外の時間が増え、男性も家事、育児の
時間が持てるようになる。
しかし、これで日本経済を維持できるのか?国際競争力がなくなって、会社が倒産してしまえば、元も子もない。
フランスは農業以外で、例えば原発関連でも随分、「効率的に」儲けているのいかもしれない。
 
2)社会福祉の充実。出産手当として、一時金、出産費用を政府が出し、また、2年間の休暇を与え、その間、通常の90%の賃金を会社は出す。結婚していなくても、所定の契約をしている二人に対しては、夫婦と同様の
税金の優遇措置をして、財産譲渡の権利を明確にする。0歳から12歳くらいまでは、託児所、ベビーシッター制度などを充実させて、働きに出る(遊びに出る)母親の負担が軽減できるようにする。学費は大学卒業まで無料とする。
 
これらによって、子供を持つ時間的、体力的、経済的な負担がなくなります。また、結婚という形式を廃止する
ことによって、旧来の女性の家に関連する役割から自由になることができる。だから、出生率が上がり、子供も増え、人口も増え、高齢化を防げる。
(でも、うちのかみさんなんて、「自分の子供は絶対に自分で育てる」と言っています。子育ては、負担であっても楽しみでもあるし、人に預けるのは心配だ、と)
ただし、福祉の充実のためには、それだけの資金(税金)が必要なので、結局は働く中産階級の負担が増える。大金持ちは多少お金を取られても困らない。
 
労働時間も減らし、社会福祉を増やして、それで、果たして国家としてやっていけるのか?
この辺に関してドラさんは、フランス人のホワイトカラーの生産性がいいから、と言っているけど、どうなんだろう。
お金持ちの人は、世界から養子をとって、ボランティアしながら、人口を増やし、国際化していけばいい、ともドラさんは書いているけど、これも日本では難しそう。家も狭いし、実際文化的に閉鎖的だ。
 
3)情熱的に生きる。人生は楽しむために生きる。不倫だろうと、婚外子だろうと、愛のなせるわざならば、世間はとやかくいわない。そして、社会的にも認知すべし。そして、人は人。自分の生き方に自信を持つべし。
 
フランスにはラブ・ホテルはないので、夫婦以外がセックスするには、普通のホテルを使わないといけないのだけど、名前や住所を書いたりしなくてはいけないし、いろいろと面倒なので、会社の事務所の個室でやることが多いそうです。ちゃんと鍵もかかるらしい。日本は大部屋だから難しいですね(笑
フランス人のセックス回数は世界一、日本人は世界最低らしいです。
そういえば、最近の日本の若い人たちには、セックスレス・カップルが増えているとか。
若い男子の草食化のせい?なんで草食化してしまったのだろう?
男女平等、不景気で女性に対して経済的な優位に立てなくなってしまったからか?
 
フランスのように恋愛が自由になってくると、ブス・ブ男・貧乏人・センスの無い人、など、いわゆる魅力のない人、もてない人は、ずっとパートナーに恵まれず、もてる人だけ忙しくなるのでは・・・・。
 
 
4)予算にあわせて遊ぶ
生活レベルと「生活の質」とは違う。高額所得でも、自由が無く、時間がなく、愛のない生活では「質が高い」とはいえない。楽しむために必ずしもお金は要らない。頭を使って節約して人生をエンジョイする。
 
日本は、なにかというとお金を使わせようとしているように見えます。「エコ」などと言って、何かを買わせようとする。何も作らない、買わない、捨てない、というのがエコだと思うけど。大量消費時代をまだ日本は引きずっている。地デジへの移行だって、完全にエコに逆行している。
 
ドラさんは、江戸時代の日本にも詳しく、消費などなくてもお洒落に生きる日本人の知恵を知っている。
「借景」とか「俳句」なんて、素晴らしいと思う。散歩や自転車に乗るのもいい。
 
人々の意識の問題も難しいけど、1)と2)の制度の問題も難しい。
でも、成功した国があるならば、是非、勉強させてもらいましょう。
参考にくらいはなるでしょう。
そして、日本の得意な「いいとこ取り」をすればいい、と思うのですが。
 
 
以前も載せましたが、写真はドラさんと、1月の終わりごろ、新宿「ブラック・サン」にて
 
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『ママより女』(ドラ・トーザン著、小学館)を読みました。とても、面白かった。 フランス人の女性ジャーナリストからの愛する日本の女性&男性へのメッセージです。ドラさんとは、今年の2月に新宿のジャズ・バーで出会いました。1967年生まれ、ソルボンヌ大学卒、神楽坂在住、いろいろな学校でフランス語講師をするとともに、新聞・雑誌にエッセイも書いている。
 
最初、ドラは、この本を『フレンチ・パラドックス』というタイトルで出したいと思っていた。フランスには「パラドックス」(逆説)がたくさんある。
例えば;
フランスの2010年の出生率は2.01、婚外子は54.8%。フランス人はあまり結婚しないけど、子供はつくります。フランスの女性は仕事はしますが、子供をつくります。年間の平均セックス回数は137回で世界一。フランス人は年間5週間は有給休暇を取りますが、GDPは世界第五位です。
(日本は、出生率1.0%、婚外子は2.1%。日本人も結婚しなくなりましたが、子供もつくりません。日本の女性は仕事していれば、出産を境に以前の仕事の継続が難しくなります。年間の平均セックス回数は45回で世界最下位。日本人は年間7日程度は有給休暇を取り、GDPは世界第三位です。)
 
『ママより女』は、みごとに無駄なく充実した内容が書かれているので、要約したり、抜粋したりするのが難しいですが、もう少し紹介します。
 
1970年頃までのフランスは非常に保守的で、女性の地位も低かったけれど、この40年で大幅に改革されたようです。その改革の歴史を見ると;
1920年 避妊と中絶が禁止される
1944年 女性が選挙権を得る
1945年 産休制度。産休時も50%の給与保証
1946年 基本的人権の男女平等が憲法の前文に明記
1949年 ボーヴォワール『第二の性』刊行される
1959年 中等教育で男女共学が段階的に採用
1965年 婚姻法の改正。妻が資産を持つこと、銀行口座を開くこと、夫の許可なしに仕事をすることができるようになった
1967年 ピルが合法化されて、避妊が認められる
1968年 五月革命(セックス革命)
1970年 父親と母親の親権が平等になる
1971年 「343人のマニフェスト」で中絶告白
1971年 産休時の給与保証が90%に上がる
1974年 ピルに社会保険適用
1975年 中絶が合法化。相互合意の離婚が認められる
1980年代 エイズ問題
1982年 中絶に社会保険が適用
1983年 男女雇用機会均等法
1985年 夫婦の財産所有権が平等になる
1999年 パクス(PACS)誕生。パクスとは結婚ではなく、事実婚とも違って、税金の控除や財産権の引継ぎなどにメリットがある契約。連帯市民協約。
2006年 嫡子と婚外子の相続の権利が完全に同じになる
 
フランス人は愛(アムール)に生きる。
ミッテランもシラクもサルコジも妻以外の女性関連の話はたくさんありますが、現役の大統領に愛人がいようと隠し子がいようと、フランス人はそんなことは気にしない、どころか、「アムールを大事にする人なのだなぁ」と国民に愛されるそうです。
 
フランス人の大原則は、人生は楽しむためにあるということ。私たちは楽しむために生きています。追求しているのは、Art de vivre(アール・ドゥ・ヴィーヴル)人生を美しく生き、精一杯楽しむためにはアムールが欠かせない。そして、アムールのためには、自分を相手から見てセクシーに、性的に魅力あるようにする努力が必要。
フランス人は個人主義ですが、社会的にはカップルが一単位です。
大恋愛=不倫大好き←リベルタン魂=自由に生きる人⇒カトリック教会の権威への反発というのがあるそうです。結婚するとなると「永遠の誓い」を立てますが、「永遠の愛などありえない」という合理的な考えで、最近のフランス人は結婚する人が減り続けています。「事実婚」(ユニオン・リーブル)というのも人気だったのですが、税金や財産権の引継ぎなどの問題をクリアするために契約して同居する「パクス」というのが、今、とても人気があるそうです。別れるときに、結婚に比べ、地方裁判所で離婚手続きなどというものも不要で、契約の解約書に二人がサインして小裁判所に提出するだけでいい、という点も人気です。
 
フランスでは、昔から赤ちゃんには乳母が乳を与えることが多いらしく、かつ、幼少時に保育施設が充実しており、学校は無料。産休で仕事を休んでも全然収入の心配は要らないし、子供の面倒も施設がみてくれる。労働時間は週35時間までと規定されているため(ワークシェアリングの一環で1980年に決まった)、残業はありえないし、父親と母親が同様に家事を分担する。安心して子供を持てる環境にあるということですね。
 
ただ、あえて問題点を言えば、労働時間に制限があるため、企業経営者にとってはなかなか困難があること。また、働く人たちも収入が増える見込みがないため、頭の中から仕事への関心が減り、家庭と余暇に行ってしまう。しかも、社会保障を充実させるための原資として、結局、中産階級は負担が苦しくなる。
フランスではファミリー・ポリシー(家族手当、育児休暇手当てなど)に国家予算の18%が当てられているけど、日本では、わずか5.8%だ。
 
この本のタイトルでドラが女性に言いたかったのは、結婚して妻となり、出産してママとなるかもしれないけど、やっぱり、ママより女でしょう。役割にとらわれずに自分の人生を楽しみましょう!ということだと思います。
 
そして、日本人男性には、「こんなに不景気なのに、まだそんなに働くの?」と。
 
ドラさんの言葉で本当になるほどと思ったのは:
 
忘れないで欲しいことは、「質が高い人生」と「生活のレベル」は同じではない、ということ。(お金がなくても人生は楽しめる)
 
大切なことは、あなたが何を持っているかではなく、あなたがどんな人かである。
L’important est ce qu’on est, pas ce qu’on a.
 
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レイ・ブラッドベリー(1920-)の『火星年代記』(1950年)を読んでいる。とても、面白い。
SFファンタジーだ。さすがに1950年の作品だから、サイエンスとしては、道具立てがかなり
古い気はする。でも、発想は素晴らしいし、皮肉もあり、せつなさもあり、ユーモアもある。
 
読んでいて、あー、手塚治虫も村上春樹もこれを読んだな、と思った。
火星に一人残され、家族そっくりのロボットを作って暮らす博士は手塚治虫の「火の鳥」を思い出させるし、
火星で見える二つの月は村上春樹の「1Q84」だ。
「ターミネーター2」が溶鉱炉?に落ちていろいろな顔に変わりながら、断末魔の叫びを上げて死ぬ最期の
場面もこの本からヒントを得たのではないか。
 
ブラッドベリーは明らかに、火星という舞台を借りて、この地球、人類を風刺しているのだ。
つまり、我々は、科学技術万能主義という精神病の手に握られている、と。そして、この精神病の
影響は、やがて地球人類を絶滅させ、我々の愛するこの美しい惑星(火星)をも破壊してしまう、と。
 
ブラッドベリーはモラリストでもある。
 
ある登場人物は言う;
「私たちが出発する前の、議会での演説をお聞きになったでしょう。もし、計画がうまくいったら、原子力研究所を三つと、原爆貯蔵所を設けるのだといいました。そんなことをしたら火星はおしまいです。・・・」
 
また、ブラッドベリーは、詩人でもある。
 
**少し引用**
 
今夜の大気には、時間の匂いがただよっていた。トマスは微笑して、空想をかけめぐらせた。
ひとつの考え。時間の匂いとは、どんなものだろう。埃や、時計や、人間に似た匂いか。
時間の音とはどんな音か。暗い洞窟を流れる水の音か、泣き叫ぶ音か、うつろな箱の蓋に
落ちる土くれの音か、雨の音か。そして、さらに考えれば、時間とはどんな形をしているのだろう。
時間とは暗い部屋に音もなく降りこむ雪のようなものか、昔の映画館で見せた無声映画のような
ものか、新年の風船のように虚無へ落ちて行く一億の顔か。時間の匂いと、かたちと、音。
そして今夜は-----トマスはトラックの外に手を出し、風に触れた-----まるで時間に触れることが
できるようだ。
 
**引用終わり**
 
発想も素晴らしいし、表現も素晴らしい。読者に想像力があれば、いくらでもその世界は広がるだろう。
 
SF史上に輝く名作のようです。
 
政治のニュースにも嫌気がさし、お笑いもつまらない。仕事もどーもね、っていう人は
こういう本を読んで気分転換するのもいいのでは。
 
 
 
作家、村上春樹が6月9日のスペインの国際賞授賞式で行ったスピーチの内容のほとんどは、日本の原発批判だった。約20分間のスピーチはネットですべて見ること、聞くことができる。
今や、世界で最も有名な日本人である村上春樹が、ただの流行作家として堕落した生活を送るのではなく、こうやって、世界に向けて自分の意見をはっきりと発信していく姿は素晴らしい。世界が耳を傾けているのだ。
自分の好きな作家が、とても全うな内容で、こんなにも勇気をもって堂々とスピーチしたことが嬉しい。当然、多くの反論、反発、圧力、嫌がらせ、脅しもあるだろう。
彼は日本の誇りだ。
(日本の歴代首相たちは、日本の埃だ)
<村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文:上>
 9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの原稿全文は次の通り。(原文のまま)
 「非現実的な夢想家として」
 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。
 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。
 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。
 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。
 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。
 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。
 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。
 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。
 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。
 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。
 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。
 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。
 どうしてか?
 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。
 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。
 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。
 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。
 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。
 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。
 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。
 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。
 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。
 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。
 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。
 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。
<下に続く>

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