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いろいろあるけど、めげずにコツコツと

健康・家族

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天気が良く、風もなく、穏やかな陽気だったので、2時間半かけて母に会いに行ってきた。
2009年12月に脳梗塞で倒れ、現在は横浜の介護施設にいる。
 
母のいるフロアーに行くと、いつものように母は、ソファーに一人座っていた。
母の「定位置」というのがあるようだ。
私が近づくとニコニコして、嬉しそうな顔をした。
隣に座ると、「うふふふ」と笑いながら何か話し出す。
いつもながら、何を言っているのかはわからない。
私が息子だと認識しているかどうかもわからない。
 
病院からこの施設に移動する直前の医師の診断によると、母は;
 
・意識障害
・見当識障害
・記銘力障害
・運動障害
・感覚障害
・摂取障害
・音声発話障害
・筋力低下、全身
ということだった。
しかし、私が見る限り、筋力などは、当時よりも改善している。
とは言え、車椅子での移動だし、今年78歳になることを考えれば
日々の老化は避けられない。
 
髪は真っ白で、顔のツヤはよくない。
でも、顔色はまあまあ。
歯がすべて、内側に曲がってきている。
歯茎の問題だろう。
介添えすれば立つこともできるし、少しなら歩ける。
 
昨年の大地震も津波も原発事故も通貨危機も
母は知らない。
 
上着を羽織らせて、ひざ掛けをして、
車椅子でエレベーターを使って屋上へでた。
 
「天気がいいと富士山も見えるんですよ。特に午前中は」
 
と職員の人が言っていたが、残念ながら雲が出ていて、
富士山は見えなかった。
それでもたまには外気に触れたほうがいい。
屋上には芝生が植えられ、木製の遊歩道があった。
なかなかいい感じ。
(カメラを持って行くのを忘れてしまった)
 
母は、外気に触れて、やや緊張しているのか、寡黙になった。
私は一方的に、ゆっくりと、なるべく笑顔で語りかけた。
 
お母さん、
ボクも52歳になっちゃった。
お兄ちゃんも55歳だよ。
早いもんだね。
お母さんもそのうち80歳だもんね。
あっという間だったね。
昔、お母さんとはよく散歩に行ったね。
お母さんは、「これは食べられるのよ」なんて言って
ヨモギとか、セリとか、三つ葉とかを道端で
摘んだっけ。
長男のFは、もう今年成人式だよ。
二男のKは中学3年になる。
みんな元気だよ。
いろいろとありがとね。
 
「寒いでしょう?」
と言って、母を室内に戻しました。
ちょうどおやつの時間。
母も上手にフォークを使って洋菓子を食べていました。
 
 
子供叱るな、来た道じゃ
老人笑うな、行く道じゃ
 
 
職員の人たちにお礼を言い、
母に別れを告げ、帰途に就きました。
 
 
 
 
イメージ 1
 
 

 

息子に来た年賀状

誠に勝手ながら、中学二年生の息子に来た年賀状を拝見した。
大学生の長男への年賀状は少ないけど、二男には結構来ている。
その中で、面白いのがあった。
 
 
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なんと、あて先の住所は正しいのだけど、名前が
「西郷隆盛どん」となっている。
よくこれで届いたものだ。
(私の苗字は「西郷」ではないです)
 
そして、文面は、上の通り。
 
 
Happy New Year!
日本の夜明けぜよ!!
by 龍馬
 
と。
思わず笑ってしまった。
 
実は、言われてみれば、二男は少し西郷隆盛に似ている。
どっしりとした体格。短い頭髪。太い眉毛。落ち着いた態度。
 
長男は小さいときから、「可愛い子」で「いい子」だった。
しかし、二男は、ちょっと変わっていた。
妙に落ち着いて、大人びているのだ。
 
三歳のときに、私の義兄がなにか難しいことを質問したら
「オレは、まだ、三歳だから、そういう難しいことはわからないんだ」
と胡坐をかきながら答えた。
なぜか最初の一人称は「オレ」だった。
やがて、「オレ」は「僕」に変わり、今は、どうなのかな。
 
八歳くらいのときにディズニーランドで、知らない二十代くらいの女性に
「ボク、どこから来たの?」
と訊かれても、無視していた。
彼は、知らないおばさんに「ボク」などと呼ばれる筋合いはない、
と考えていたのだ。
 
彼が小学校5年生のときに、
私は大阪で単身赴任していた。
彼は二度遊びに来てくれた。
散々遊びまわって、新大阪駅で別れるときに
彼が訊いた。
「今度、いつ会える?」
「わからない」
と、私が答えた。
すると、彼はただ一言、
「わかった」
と言って新幹線に乗り込んでいった。
 
中学に入って、
「成績表で5を取ったら、5000円あげるからな」
と言ったら、
「お父さん、ボクがそんなことで動くと思うの?」
と言われてしまった。
 
とくに勉強ができるわけでもない。
運動神経もよくない。
努力家でもない。
 
一応、サッカー部でゴールキーパーをしている。
別の年賀状には
「今年も○中の守護神として頼むぜ!」
というのがあった。
 
神童が凡人になってしまうように
大物もやがて小人になってしまうのだろうけど、
彼の個性というものが
今、「西郷隆盛」という名で呼ばれていることは
なんとも楽しい。
 
親バカですが、
彼は彼で、個性豊かな人格で
生きて行って欲しいなぁ
と思っています。
 
 
 
 

2012年正月

お正月はゆったりと過ごしています。
 
二男は暮れから田舎に帰省。
元旦は、家族三人でおせち料理とお雑煮を食べ、
年賀状を確認し、だらだらと過ごしました。
 
それにしても、おせち料理って、美味しくない。
昔、母が
「おせち料理はね、年に一回くらい、主婦も楽できるようにって
暮れに保存食をつくって、料理を休業するためにあるのよ」
って言っていたのを思い出す。
 
うちの子供たちも
「おせち料理は美味しくない」
というので、うちは、おせち料理は元旦限定となっている。
普通に料理をしたほうが美味しい。
 
私は朝から金粉の入った日本酒を飲み、映画など見て、
午後は、近所の小さな神社に初詣。
名も無い神社なので空いていていい。
 
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昔、明治神宮に行ったことがあるけど、あまりの人の多さに驚いた。
もう、二度と行くことはないと思う。
私はひねくれているので、大勢の人がやることはやりたくない。
通勤以外で人ごみには行きたくない。
 
わずかな賽銭で、いろいろなことをお願いする。
でも、結局、目を瞑って、お願いすることは、家族や親しい人たちの健康だ。
健康に勝るものなんてあるだろうか。
 
 
 
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年賀状。
自分のことを将棋の駒程度にしか考えていないだろう、
と思っていたような昔の上司から、思いがけずに年賀状が届くと少し驚く。
こちらから出していないと心が痛む。
わずか50円の年賀状だけど、はがきは存在感がある。
 
さて、二日目。
妻は朝から実家へ向かった。
長男も行くはずだが、まだ寝ている。
連日の飲み会で疲れているようだ。
 
私はどうするか。
外に出て見ると、思いのほか曇天で寒い。
横浜の介護施設にいる母を見舞おうかとも考えていたけど
この天気では気が重い。
80歳を過ぎたスキークラブの会長の家に遊びに行こうかとも
考えていたけど、億劫だ。
 
TVをつけると箱根駅伝をやっている。
昨年、『強い風が吹いている』を読んでからは、箱根駅伝の見方も
変わった。この駅伝に出場するだけでもすごいことなのだ。
お金にもならない。でも、その努力だけでも生涯忘れられないものに
なるらしい。人間は、努力する動物なのだ。
(去年は一念発起して私も走り出したら、股関節を痛めてしまった。
努力はいいけど、無理は禁物だ)
 
さて、TSUTAYAからは5本映画を借りてきた。
あと、3本見なくては。
 
今週末はまた3連休だ。
今日は、ゆっくりと映画でも見るとしよう。
 
 
 
 
 
 
 

母のお見舞い

横浜の介護施設にいる母のお見舞いに行ってきました。
 
片道2時間半から3時間くらいかかるので、電車の中で読もうと思って、
本棚から昔の村上春樹の本を取り出しました。ちょっと、重かったけど
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。
 
 
イメージ 1
 
 
小腹が空いたので乗換駅で昼食。
牛丼すき屋へ。初めて入りました。
このセットで350円。安い。
特別美味しいというほどでもないけど、350円で文句いう人はいないだろう。
 
 
イメージ 3
 
 
朝夕はめっきりと涼しくなって、寒いくらいになりました。
でも、すがすがしくて、最寄り駅から3km以上ある介護施設まで歩きました。
桜並木。4月に来たことがないけど、桜が満開の時期だったらすごくきれいでしょうね。
 
 
イメージ 2
 
ちなみに横浜はとても坂が多いのですが、上り坂と下り坂とどっちが多いか知っていますか?
(回答は、最後の写真の下に)
 
施設に着いて、母を捜したら、広間のソファーに一人で座っていました。
あいかわらず認識障害だから、私が自分の息子であることもわからない、と思う。
それでも、嬉しそうな顔をして、なにやらわけのわからないことをしゃべって、
笑っていた。
 
何度も
「どうしようもない」
と言って笑っていた。
ひょっとして、わかっているのかも。
 
施設の人いわく
「熱を出したりする人もいますが、○○さん(私の母)は、熱も出さずにお元気ですよ。
以前は環境に慣れていないのか、ときどき怒ったりしてましたが、最近では、大体
笑っていますよ」
と。
 
よかった。
ソファーの母の隣に座り、母の腕に触ったら冷たい。私の体温が高いのか、女性の体温は
低いのか。足にさわったら、足も冷たかった。
私は母の足を私の膝の上にのせ、上履きを脱がせ、膝から下をマッサージしてあげた。
足の指から土踏まず、ふくらはぎを揉んだ。
母は最初驚いたように「あー」と声を出し、「ねー」と気持ち良さそうな顔になっていった。
マッサージしているうちに母の顔はトロンとしてきて、やがて薄目になり、口をあけて寝てしまった。
 
今年の6月で77歳になった母。本来ならば「喜寿」のお祝いでもしたいところだけど、
お祝いするような状況ではない。それでも、面会して、マッサージして、寝てしまった母を
見て、なんとなく私は安らかな気持ちになった。
 
 
秋の日に 母のからだに触れ
その冷たさに どきりとして
足をさすって 温めた
気持ちよさげに 寝てしまった母に
私のこころも 安らかに
 
 
イメージ 4
 
 
 (回答)もちろん、同じです。
     失礼しました。
 
 
 
 

健康診断

今日は健康診断でした。
だから、昨夜はお酒も飲めず、今朝は朝食抜き。
 
実は、私は血圧が低いんです。
今日の測定値は、上が93、下が53くらいでした。
だから?朝が弱い。
血圧が高い人向けのアドバイスはいろいろとあるんですが、
血圧が低い人向けのアドバイスってないですよね。
 
まあ、そんなことで、今夜は飲もうかと思っていたところ、東京駅で
ばったりとOB(現在嘱託)の先輩にばったりと会い、「飲もうか」と
赤羽の焼き鳥屋「川栄」へ行ってきました。
 
イメージ 2
 
ここの鶏肉は新鮮でサシミもあります。
 
イメージ 1
 
焼き鳥も美味しい。
 
イメージ 3
 
歳をとったせいか、こういうあっさりしたエシャロットも美味しい。
 
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かなりディープなお店なんです。いかにも赤羽という感じ。
 
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さて、次は、ということで、ラーメン屋「ゆうひ屋」へ。魚貝系の味です。
私は美味しいと思う。
 
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赤羽のOK横丁近くは、ラーメン屋だけでも8軒くらい密集して激戦区です。
大変だなぁと思います。
 
明日もどこかへ飲みに行こうかな。
 
I had physical checkup today.
My blood pressure is very low.
Upper value was 93, and lower value was 53.
As I could not drink yesterday, I went for drinking with my old collegue.
We went to Yakitori-ya in Akabane.
And we ate Chinese nudle after that.
 
I feel happy when I eat something delicious.
 

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