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明日、胃腸病院で大腸の内視鏡検診を受けます。つまり、今日が前日です。
検査までに腸をからっぽにしなくてはいけない。したがって、今日の3食は、病院から
買わされた検査用食事でした。1箱に入っていて、グリコ製。
朝食:レトルト御粥、御粥用のタレ
昼食:レトルト御粥、ふりかけ、フ入り味噌汁
夕食:カボチャ味のスープ
これだけ。あとは栄養補助としてのおやつがあって、グミとかビスケットとか。
水はいくらでも飲んでいい。
今日は早めに帰宅して、まず、下剤を飲み、風呂に入り、夕食を食べ、ゴロゴロしています。
明日は10時頃から検査準備開始(下剤を続けて飲む)して午後3時頃にやっと、空っぽに
なった腸を下から内視鏡で検査。腸は曲がっているから、ところどころで引っかかるんですよね。
それが痛い。また、良く見えるように、腸を膨らませるので、それもきつい。
で、鎮痛用と睡眠用の注射?か薬の飲むようです。
どんなポリープがあるか?
問題なければいいけど。ポリープ切除すると3割負担で25000円くらいかかるようです。
生命保険会社に手術特約を聞いたら、大腸ポリープ切除の場合、
1)検査目的だったら保険金は出ない
2)治療目的だった5万円出る
らしいです。医師の診断書とかも費用がかかるので、儲けは1万円くらい?
大腸検診は3回目です。
1回目は便に血が混ざっていたため、検査。ポリープを切除して分析したら「やや悪性」でした。
しかし、出血はポリープとは関係なく、痔でした。
2回目は大阪の住友病院でしたが最悪でした。痛くて途中で止めました。うまい医者と下手くそが
いるようです。
今回は何の自覚症状もないのですが、先日、お腹の調子がとても悪くて、ついでに検査して
もらうことにしたのです。
もうしばらく生きなくては。もう少し健康体で頑張らねばならない。
大腸癌だったら嫌だな。
無事終えて、安心したいなぁ。
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健康・家族
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江ノ島を後にして、母の見舞いに行った。約1ケ月ぶりのお見舞いだ。 私を見た母は、「よく来てくれたねぇ」といったような嬉しそうな顔をして 私に向かって少し手を差し伸べた。そして、なにかしゃべった。え!?と 聞き返したが、よく聞き取れなかった。 母の表情が柔らかい。いろいろと小さい声でしゃべる。口元に耳を近づけるのだけど なかなか聞き取れない。 「それでね、○○が、ありましたね」 「○○が、○○で、とても○○だと、思いませんか?」 といった感じで、肝心の○○のところはわからない。 「え?もう一度言って!」と言うと、 「ああ、そうですか」とか。 言葉がやたらと丁寧だ。でも会話にはならない。 若い看護婦さんに話を聞いたら 「ええ、随分、よくなってきましたね。顔の表情が豊かになってきました。 よくしゃべります。聞き取れませんが、何度も聞くと、同じことを繰り返すので 何か言いたいのだと思います。食事も箸を使って、食べますよ。 ”お元気ですか?”って聞くと、機嫌がいいときは、笑うんです。機嫌が悪い時 は食事もあまり食べません。」 と笑顔で一生懸命説明してくれました。 「今、今日の当直の看護師を呼んで来ますね」と言って、来たのは太った中年の看護婦。 「病状については担当医に聞いてください。私からはコメントできません。 おしゃべりですか?結構しますけど、何言ってるかはわかりませんね。おわかりになります?」 とテキパキした口調で語り、さっさと去っていた。 この若い看護婦とベテランの看護婦の違いはなんだろう? 若い看護婦は純真で情熱的で看護婦になってからもまだ日が浅い。とにかく一生懸命だ。 未熟でも生きる屍のような母の声にも一生懸命対応しようとしている。 一方、ベテランのほうは、これまでに何度も人の死を見て来たのだろう。看護婦が患者の 病状については語ってはいけない、と医師に厳しく言われているのだろう。いつ病状が 急変するかわからないし。自分の無力さもわかるし、一人ひとりの患者に感情移入する ヒマもなければ、そのむなしさも感じているのかもしれない。 なんだか、とても対照的な二人だった。 (不適切な表現を若干訂正しました) 『1Q84』の天吾くんのまねをして、母に朗読をしようと考えていた。しかし、天吾くんの 場合は、個室だし、お父さんはまったく意識がない。私の場合は6人部屋で、母は、何もわからない 状態だが目は覚ましており、しゃべる意思すらある。 私が準備した作品はドストエフスキーの『白痴』だ。昨年の暮れに読み終えて、ブック・レビュー も書きかけたけど、どうしても書き終えることができない。ドストエフスキーの長編の中では 一番読みやすい、と人は言うけれど、私にはまだこの『白痴』をうまく理解できない。 どこを読もうかといろいろと考えたけれど、そもそもドストエフスキーを病室で読むことが 妥当なのかどうか。結局、解説にあったドストエフスキーが親友マイコフあてに書いた手紙の 一部だけを朗読した。 「長いこと私を苦しめていたひとつの意図があるのですが、私はそれを小説に書くことを恐れていました。なぜならその意図があまりに難しいものなので、それが魅力的であり私も愛しているものであるにもかかわらず、準備することができなかったのです。その思想とは、完全に美しい人間を描くことです。私の考えでは、特に現代においてこれほどむずかしいことはないように思われます。あなたはもちろんこの点についてまったく同感だと思います。この思想は、これまでも若干の芸術的形象のなかにその片鱗をみせていますが、それはある程度にすぎず、その完全な形象が必要なのです。ただ私の絶望的な生活状態がこの至難な意図に着手することを余儀なくさせたのです。ルーレットに賭ける気持ちで、危険を冒したのです。<ひょっとしたらペンの下から生まれるかもしれません!>こんなことはゆるすべからずですがね・・・。」 これを読んでいたら、母がうんざりしたような顔をしてあっちを向いてしまった(笑)。やっぱり、ドストエフスキーはちょっと失敗だったかなぁ、などと思い、しばらく母の手を握りながら考えていましたが、その後、「鯉のぼり」の歌を歌いました。 ♪屋根より高い鯉のぼり 大きな真鯉はお父さん 小さい緋鯉はお母さん ふふふーふーふーふーふ 泳いでる♪ 歌詞がわからないので「ふ」でごまかした。 母の枕元には、「ご家族の方へ」と書かれた病院からの連絡書があって、それに母の状態に ついてこう書かれていた。抜粋すると; ・意識障害 ・見当識障害 ・記銘力障害 ・運動障害 ・感覚障害 ・摂取障害 ・音声発話障害 ・筋力低下、全身 と。これだけの「障害」があったら、では何が障害がないのか? それは、 ・排泄障害 ・呼吸・循環障害 ・関節可動域制限 などは「障害なし」とのこと。 5月の中旬に今の病院から「療養所」へ移ります。 「介護老人特別施設」というやつで、「特別養護老人ホーム」とは違います。 何が違うかいうと、「特別養護老人ホーム」は死ぬまでいられますが、 「介護老人特別施設」は期間制限があります。「特別養護老人ホーム」に入りたくても いっぱいで入れません。申し込みだけしておいて、空きを待つしかありません。 「長寿大国ニッポン」ですが、いろいろと考えることが多いです。 |
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4日間苦しんだ頭痛と腸炎も回復してきた。とは言っても、抗生物質と整腸剤を |
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金曜日の晩くらいから腹具合が悪くなり、土曜日に胃腸病院に行きました。 |
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「首まわりのサイズx2=ウエスト・サイズ」って知っていました? |




