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サンフランシスコは、ユニオン・スクエア近くのヒルトン・ホテルに泊まりました。
この近くに炊き出しをする教会があるものだから、周りにはホームレスが多い。
残念ながら、私には慈悲の心は少しはあるけど、物乞いにお金をあげる気がしない。
黒人のホームレスの人が近づいてきて、掌を開く。1ドル・コインが何枚かある。
「紙幣が欲しいので両替してくれないか?」と。
「何ドルあるの?」
と私が聞いて、数えようとする手を閉じる。そして、
「10ドル札が欲しい」と。
「何ドルあるの?」
としつこく聞くと困った顔をして、
「6ドルくらいかな」
と。
要するに6ドルのコインを10ドル紙幣に両替してもらうことで
つまり、毎回4ドルくらいもらうことで、日々の糧を得ているらしかった。
面倒くさいので、無視して立ち去りました。
確かにアメリカには貧富の差があります。
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さて、米国最後の夜。
特に観光する時間もなし。
ファイナンシャル・ディストリクトのビルの谷間にこんなところがあります。
イタリアン、スパニッシュ、フレンチ料理屋が並ぶ。
我々は、ペローニというイタリアンの席に着きました。
ハスキー・ボイスのイタリアンお姐さんに呼び込まれた感じ。
私が頼んだ前菜は、アサリの酒蒸しのようなもの。
でも、アサリが香ばしく焦げていて、ちょっと違う。
美味しい。
同行者が頼んだのは、パンプキン・スープ。
なんでもなさそうだけど、これもちょっと味見させてもらったら、とても美味しかった。
テラスだけでなく、店内もあります。ちょっと狭いけど、天井が高い。
さて、メインは二人でシェア。イタリアン姐さんのお勧めの逸品ということですが、説明では
よくわからなかった。
なにやらでかいのが出てきた。パンのような・・・。
これをボーイが割いていきます。
すると中から出てきたのは、魚介スパゲティ。ガーリックもきいたスープで、美味しかった。
自腹の夕食ですが、ドル安なので、安い居酒屋レベルの料金で堪能できました。
満腹になったところで、ホテルへ帰り、レポートを書き、寝ました。
これが水曜日の夜です。
明日は朝9時過ぎのフライトでサンフランシスコからLAへ飛んで、乗り継いで
成田へ向かいます。
なぜか、木曜日のサンフランシスコ⇒成田直行便が隔週となり、明日はない。
少しでも空いている便は減らして行くらしいです。
どこもコスト削減ですね。
食事とホテルだけは贅沢で、時間的には奴隷のような出張もこれで終りです。
仕事面では、いろいろと収穫があったので有意義だったと言えます。
疲労感が増してきました。
やっぱり、歳ですわ。
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米国
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日本でも、練馬、品川ナンバーの中に青森ナンバーや岡山ナンバーなどを見つけると
「おお!」と思ったりしますが、米国でもよく見ると、いろいろな州のナンバー・プレートを
見ることができます。そして、少しお金を出せば、様々なデコレーションやコメントを
書くことができます。
これは、すでに紹介したミネソタ州のプレート。
10,000 lakes (1万個の湖)とあります。
これはフロリダ州。
Sunshine state 日差しの州、とあります。
オレンジと何かの花の絵。
これは、メリーランド州。
War of 1812とあります。
1812年というと、米英戦争の始まった年です。
メリーランド州との関係はよくわかりません。
これは、マサチューセッツ州のナンバー。
シンプルですが、The Spirit of Americaとあります。
アメリカ発祥の地という意識が高いのだと思います。
そして、これがカリフォルニア州のナンバー・プレート。
残念ながら、これは、なんのコメントもなし。
でも、カリフォルニアだけが文字が筆記体ですね。
さて、水曜日は、午前中2社、
1社はサニー・ベルの半導体関連の会社、面談者はインド系とロシア系。
1社はサンノゼのHD関連の会社、面談者は日本人、と後は中国・マレーシア系
に訪問。
そして、昼食。
間単にサンドイッチ・ショップへ。
日差しが強く、空が青い。
さすが、カリフォルニアだ。
こんなお店。
店内は・・・。
基本はテイクアウトのお店。
それにしても、このジーパンの人、大きい。
2mちかくあるのでは。
こういうサンドイッチです。
野菜スープとコーラと。
午後は、太陽電池関係の会社に訪問。
一日3社訪問は、なかなかハードだけど、場所が近いので効率的です。
さて、すべての仕事を終えて、サンフランシスコ空港へ。
代理店の二人は、アリゾナ州フェニックスへ。
我々二人は、ダウンタウンのユニオン・スクエア近くのホテルへと向かいました。
最後の夜をサンフランシスコで迎えます。
しかし、翌日のフライトは9:50と早いので、朝も早い。
遊ぶ時間はありません。
夕食食べて、寝るだけです。
レポートも書かないと。
これから水曜日の夜です。
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さて、水曜日の朝、ホテルの朝食で、自分でワッフルを作りました。
セルフ・サービスの仕方が図解で描いてあります;
まずは、このカップの液体を、鯛焼き機のようなものに流し込みます。
(実は、この液体の正体を知らず、飲もうとした私に同行者が「ちょっと待て!」と
言ってくれたのです(笑汗。)
この鯛焼き機のようなものは、加熱させていますし、タイマーもついています。アラームが鳴ると
ひっくり返し、またアラームが鳴ると、終了です。なんとかはがして皿に載せ、クリームや
シロップをかけて出来上がり。焼きたては美味しい。
それに、自分で作ったんだ、という満足感も得られます(笑
でも、まあ、毎回毎回バクバク食べていると太りますよね。
このエレベーターの注意書きを見てください。
重量制限が4000ポンド、つまり1814kg。
つまり90kgの人が20人乗れる。
でかい・・・。
マウンテン・ビューのホテルはグランド・ホテル。
入り口の前には、巨大な(長大な)リムジンが止まっていました。
これはたまたまですが、私の部屋はスイートでした。
無駄に広い。入り口を入ると応接間。
突き当たりを右向くと、奥にベッド・ルームが見えます。途中、右手に流しとか、バス・ルームがありました。バス・ルームには、洗面台が2箇所、シャワー・ルームとバス・タブが別々にありました。
バスタブは大きく、かつ、ジェット・バスでした。
ここがベッド・ルーム。なんというか、無駄に広いですね。
縦にも横にも寝られる。
ホテルの庭にはプールがありました。いくらカリフォルニアでも10月終りに外のプールに入る人がいるわけない、と思っていたのですが、プールからは湯気が上がっていました。屋外温水プールかもしれません。
(写真では湯気がよく見えませんが)
「アメリカは貧しい国である」とは言えませんね。
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マサチューセッツ州のボストンからカリフォルニア州サンフランシスコへ飛びました。
通常6時間くらいで飛ぶところ、風の影響で7時間もかかりました。
遠い、遠い。疲れたぁ。
ボストン時間ならば夜の10時頃到着したのですが、時差が3時間あって、
サンフランシスコでは7時。
レンタカーを借りて、少し南のマウンテン・ビューへ。ホテルのチェックイン前に
夕食を取りました。またまたイタリアンですけど。
店内は明るく、広く、イタリアンだか、メキシカンだか分からない感じ。
まずは、ビールとワイン。
ビールに最初から泡がない。だめですね、アメリカのビールは。
ワインも、いまいちでした。
私が食べたのは、子牛のクリーム煮のようなもの。
マイルドな味で、まあまあ。お腹にはやさしい。
同行者が頼んだのは、羊の骨付き肉。
野菜がたくさんひっついていて、よく見えませんが、左手に肉があり、右手に骨が。
でかいんですよ。
少しもらいましたが、美味しかった。
なんだか、グルメ・ツアーのようですが、ここで仕事の話もあまり書けないし。
代理店の人たちも、優秀とは言えないけど、こうやって、車を運転してくれて、
食事をご馳走してくれるのですから、よしとします。
彼らがいなかったら、とても顧客訪問なんかできない。
食事を終えたのは、ボストン時間で夜の12時くらい。
くたくたの体でホテルへ行き、さっさと寝ました。
こうして、火曜日の夜が終わりました。 |
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時差ぼけで夜中に目を覚ます。腹が減ってしょうがないので、まだ暗いホテルの外に出た。
ホテルの外観は、少し離れて見るとこんな感じ。
入り口の脇には、こんなプレートがあって、歴史的な建物であることがわかります。
さて、朝食は、24時間営業のお店で買ってきて、ホテルの部屋で食べました。
野菜不足を感じていたので、生サラダつきのパックです。
朝食を食べて、ネットを見ているうちに夜が明けました。
ホテルの窓から見たボストンの景色。
チェックアウトして、ボストン郊外の顧客へ出発。
アメリカは、自国の国旗が好きですね。愛国心でしょうか。
日本は、「愛国心」と言う言葉に「負」のイメージを付け、自国の国旗すら堂々と
掲げる事が難しくなってきている。
とても好意的な顧客とミーティングを済ませ、昼食に。
リーガル・シーフードというお店。
見た目よりもメニューが充実。
私はクラムチャウダーと牡蠣の??。
私の同行者は、なんと昼から、生牡蠣を頼んだ。
まったく、遠慮が無い。
美味しそうなので、私も1個もらったけど、いい味していました。
写真は撮らなかったけど、パン(小さくて丸くて硬い)も美味しかった。
さて、車でボストン空港へ向います。
ちなみに、ボストンの人は、ボストンのことを「ボーストン」とボを伸ばして発音します。
これから、飛行機でサンフランシスコへ向います。
東海岸から西海岸へとアメリカ大陸を横断します。
飛行時間約6時間強、時差は3時間。
やっぱり大陸は大きい。 |



