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私が一週間の出張で話をした人の国籍は、日本、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、ブルガリア、スウェーデン、ポーランドと8カ国でした。結構いろいろな人と話をしたつもりですが、世界には200カ国近くの国があるんですよね。多民族国家もたくさんあるから、民族の数では一体世界にはどのくらいなのか。いずれにせよ、世界は広い。 |
欧州
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ベルリンと日本とは直行便がありません。帰りは、ベルリンのターゲル空港から パリのシャルル・ド・ゴール空港を経由しました。 フランスといえば、フランス人。フランス人といえば白人、とずっと昔は思って いましたが、28年前に初めてフランスを訪れた時には黒人がたくさんいて 驚きました。植民地時代の名残なのでしょうね。アフリカでフランス語が公用語の 国はたくさんありますから。 今回もこの空港には黒人がたくさんいた。黒人と言っても、様々な黒さがあるので すが、ここで見た人たちは非常に黒かった。茶色ではない。真っ黒。 しかも、民族衣装を着た人たちもたくさんいて、まさにアフリカからやってきた ばかりという感じ。ライオンの頭のような帽子をかぶった黒人女性とか。 「こんにちは。その帽子がステキなので一枚写真を撮らせてもらえませんか?」 とは、さすがに言う勇気がなかった。 外に出て、タバコを吸っていたら、自動小銃を持った兵隊さんが3人歩いてきた。 顔も怖かった。迫力があって、写真を撮りたかったけど、頼む勇気がなかった。 で、とりあえず、後姿だけ。 パリでは小型の車が多かったです。ですが、この空港では、このようにBMWで やってきて、どんな人が降りるかと思ったら、やっぱり、真っ黒の黒人の家族 だったり。次にベンツがやってきて、どんな人が降りてくるかと思ったら、 日本人だった。 パリにまた来るのはいつのことやら。
こうして、帰途に就いたのでした。 |
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写真は、ドイツのお土産です。自分へのお土産。 右のコーヒーカップはマイセンのオニオンそっくりのチェコ製のカップ。 以前、同じものを持っていて使っていたのですが、割れてしまった。 今回、偶然、ライプチヒで見つけたので買いました。 安いんですよ。12ユーロだから1500円くらい。 これがマイセンだったら1桁は違います。 左の本は、"Alone in Berlin"。「ベルリンで一人ぼっち」といったタイトル。 ベルリンのターゲル空港の本屋で山積みになっていたのを買いました。 ベルリン最後の夜、私は一人ぼっちなったので 「これだ!」と思って買ったのです。 内容は1940年代のベルリン。一人息子が戦争に徴収されて、やがて「死亡通知」 が親の元に届きます。それまでも、ナチスに対して好意を持っていなかったその 両親はこれを機会に反ナチス運動に動きます。ゲシュタポに捕まれば殺される可能性 があります。恐怖政治化での一般市民とナチスとの行き詰る戦い・・・だと思います。 でも、600ページもあるんですよね。パラパラ見た時には、難しそうな単語はないな と思ったのですが、読み出すと大変。果たして読みきる日が来るのかどうか。 第二次大戦直後にドイツでドイツ語で出版され、この本はその英訳です。 作者のHans Fallada氏は、随分前に亡くなっています。 まあ、10ユーロだし、「記念品」として本棚に飾っておこうかな。 |
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ベルリンのホテルにて。 |
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今回の最後の朝食。結構豪華です。これに水、牛乳、コーヒー。 ウエスティン・グランド・ホテル。入り口付近にはベルリンの壁の一部が飾ってあります。 もちろん、本物。ざっくり高さ3.2mx幅1.5mx厚み15cm。 このホテルは部屋が特別広いわけではないけど、なかなか豪華でした。 さて、朝食を食べ終えて、最後の散歩へ。 ガイドブックなしでの散歩でしたので、この広場、建物がなんなのかわかったのは 帰国後です。ここは、ジャンダルメンマルクト広場で右の建物はコンサート・ホール。 早朝のため、人はほとんどいませんでした。 これからシャルル・ド・ゴール空港経由で帰国です。
結局、ベルリン滞在時間も20時間くらいでした。 |




