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原発問題

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Life

英語にはlifeという単語があって、その意味は、日本語にすると命、生活、人生、生きること
などである。
なぜか日本語では微妙に使い分ける言葉が、英語ではlifeですべて集約される。
 
今回の地震・津波でどれだけのlifeが失われてしまったのか。
数十が数百になり、数千になり、数万になりそうだ。
あの大津波の映像を見れば言葉を失う。
 
当社の工場、顧客の工場が東日本にはたくさんある。茨城県、群馬県、福島県、秋田県には
関係者が多い。どうなっているのだろうか。
 
世界中のマスコミで日本の地震の状況が流されているらしい。アジア、欧米などだけでなく、
中東などでも日本人を心配する声が大きく上がっているらしい。ありがたいことだ。
これだけの震災を受けながら、日本人が極めて冷静で、パニックにもならず、暴動も起こらない
ということに対して世界は驚いているらしい。
 
レディ・ガガが震災被災者のためにWe pray for Japan!(日本の為に祈りを。)というブレスレットを
チャリティで売り出した。アクションが速い。
 
しかし、二次災害として、福島の原発が爆発した。
 
イメージ 1
 
日本人は冷静だが、海外はかなり心配している。10km避難が20kmに拡大した。
すでに放射能で何人かなくなった。そんなに危険なら、最初から「危険です」と正直に言って、
原発から10kmか20km以内には人は住まないようにすべきではないのか。
 
今日の関東地方は快晴。暖かかった。
近所の旧家に巨大な梅の木がある。電信柱よりも大きい。
 
イメージ 2
 
桜切るバカ、梅切らぬバカ、というけど、梅切らぬバカなのだろうか。
でも、梅の実を取ろうという気がなければ、切る必要もないのかもしれない。
大きすぎて梅の木に見えないけど、近くで見れば、やはり梅である。
 
イメージ 3
 
梅の木には、きっと、生活、人生、命、など細かなものはないのだろう。
あるのはただ、lifeだけではないか、そんな気がする。
 
日本人は毎日の生活を大切にしているだろうか?
人生を悔いなく生きているだろうか?
命を大切にしているのだろうか?
 
自分のlifeを大切にしているだろうか?
 
明日からの自分のlifeをこれまで以上に大切にしたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 2
希望を込めて想う”いつか”はいつまでも訪れることがないのかもしれないけど、
恐れている”いつか”は突然やってくる。(『東京タワー』より)
**
 
2011年3月11日午後、私は東京都千代田区大手町の会社の事務所にいた。
28階建ての11階だ。2時過ぎにビルが揺れ始めた。
「地震だ!」
と皆が叫ぶ。
揺れはどんどん大きくなる。いつもなら止まるあたりで止まらない。
もっともっと揺れは大きくなった。女性は「怖い!」と言って机の下に入る。
ヘルメットをかぶる人。揺れは大きく、これでもかというくらい長く続いた。
隣の机の上から書類が崩れ落ちてきた。
 
ネットとTVで確認したら、震源地宮城の北部は震度7、東京は震度5強、埼玉は6弱だった。
私が50年以上生きてきて最大の地震だった。
 
館内放送で
「ただいま地震が発生しました。火の元に気をつけてください。当ビルは耐震設計で建てられて
いるので大丈夫です。パニックを起こさないよう冷静に行動してください」と。
誰かが言った。
「このビルが大丈夫である根拠はあるのか?」
「適当なことを言いやがって」
 
「女性の人は早めに帰ってください。男性も」と管理者が言った。
帰るって言ったって、電車が動いているわけがない。
何人かが、「それではお先に帰ります」と言って非常階段から降りていった。
当然、エレベーターは止まっている。
 
その数分後、同レベルの地震が再来。これも大きく、長い。地震が終わっても、ビルはゆらゆらと
揺れている。船酔い気分だ。
階段を下りていた人たちも、途中でこの地震攻撃を受けて大騒ぎだったと思う。
窓から他のビルを見ると、窓ガラスに他のビルが反射して映っているのだけど、その反射映像が
ゆらゆらと揺れているのがわかる。
 
トイレに行ったら、大便用の水洗が流れない。一時的なものだろうか・・。
これもかなりやっかいだ。
 
その後も余震は続いた。自宅に電話しても繋がらない。
応接のTVニュースをしばらく見ていた。宮城県を襲う津波がすごい。イーストウッドの映画
「ヒアアフター」と同じだ。首都圏の電車はすべて止まっている。
 
とりあえず、会社から家まで帰る道が載っている地図を何枚かコピーした。
最悪、歩いて帰らなくては。
 
どうしよう?
1)電車が動き出すまで会社にいる。でも、電車は再開しないかもしれない。
2)会社に泊まる。布団はあるのか?
3)ホテルに泊まる。もしくは、サウナ。これは選択肢だ。でも、早くしないと一杯になる。
4)タクシーで帰る。タクシーが捕まるだろうか?
5)歩いて帰る。家まで40−50kmある。10時間以上かかるだろう。
 
そんなことを考えながら、少しだけ仕事をしていたら、別の事業部の人が
「タクシー捕まえて帰ろうかと思うんだけど帰らない?」って誘ってきてくれた。
「たぶん、そんなに簡単にタクシーは捕まらないだろうけど・・・」
私はこのお誘いに応じた。
 
うちの事業部長は、「もう、ここまできたら各個人の判断だ」と言って、指示らしい指示はださなかったが
別の事業部では事業部長は、事業部全員の安否を確認し、事務所にいる人については
「同じ方向の人は一緒に帰るように」と言ってタクシー・チケットを配っていた。
 
さて、我らが埼玉方面帰りは3人。私と先輩男性Oさんと40代の女性K嬢。
K嬢は10cmのハイヒールだった。まず、11階から1階まで降りるのも大変。
「絶対、大宮まで歩いて帰れる気はしない」と。
夕方5時に会社を出た。
 
地上に降りると多くの人たちが歩いている。ヘルメットをかぶっている人も多い。
空車のタクシーなどいやしない。洪水のように人が歩いている。道路も車でいっぱいだ。
二人とも「全然道が分からない」ということだったので私が先導した。
皇居の周りを1/4ほど歩き、白山通りへ。そして、この道をひたすら歩いていけば17号だ。
 
イメージ 3
本来ならば?、3人で居酒屋にでも入って、一杯やりたいところだけど、一杯やってしまったら
絶対歩けない。ああ、ビールが飲みたい。
 
運がいいことに1時間半くらい歩いて白山を越えたあたりで、タクシーから人が降りるところを見つけ、
そのタクシーを捕まえた。やれやれ。これで安心。なんて運がいいのだろう。
 
しかし、車は動かない。大渋滞だ。首都高が閉鎖されていて、皆がタクシーを使い、下道を使い、
大渋滞。時速2km。人間の歩く速度は時速4−5kmくらいだから、どんどん歩く人たちが
タクシーを追い越していく。
 
この年配のタクシー運転手、まだ、運転手になって1ヶ月。関西出身で関東の道を知らない。
だから、自分でカーナビを買って取り付けているのだけど、このカーナビの使い方がよく
わからない。しょうがないので助手席の私が人間ナビをしたり、カーナビを操作したり。
 
途中、いろんな人たちと携帯やメールで連絡を取ろうとしたが、うまく繋がったり、繋がらなかったりと。
自宅には繋がらなかった。
 
ラジオでニュースを聞いていた。
最初に運転再開したのは銀座線だったが、ホームに人が殺到しすぎて、再度、停止になった。
しかし、結局、JRを除く私鉄、地下鉄の多くは運転をまばらに再開した。
家に帰れない人たちは、都内の高校などで宿泊させてくれるようだ。でも、もちろん、
人数に限りがある。数百万人?の人が足を奪われたのだから本当に大変なことだ。
 
イメージ 4
 
板橋あたりに着いたのが夜中の12時過ぎ。7時間も経過。歩いても同じくらいか。
途中、コンビニに立ち寄りトイレに行ったり、軽食を食べたりしながら、1時半頃に、やっと
埼玉県に突入、少し行くと急に道が空き出して、2人を送った後、私はなんとか3時15分に
帰宅できました。10時間以上かかった。疲れたぁ。
ちなみにタクシー代は36000円。通常は15000円くらいだけど、時間がかかった。
もちろん、会社に払ってもらう。
 
かみさんはTVをつけっぱなしで居間で寝ていた。
長男(大学生)は大地震の最中も熟睡していたらしい。
二男(中学生)は学校を早退して帰ってきた。
自宅の被害は特になし。金魚の水槽が揺れて、水がいっぱいこぼれたことくらい。
よかった。
 
3月12日(土)、昼前に工場の人から電話。
「ご無事ですか?」と。工場も製造中のものをすべて停止したため、かなり被害が出ているし
納期も1週間は遅れそう。人的な被害はなし。フォースマジュールだ。しょうがない。
海外の顧客から安否を心配するメールをたくさんもらっているらしい。
 
イメージ 5
 
まずは、家族と友人、知人の安否ですね。
 
さて、昨夜はこんな緊急袋を背負って帰りました。中身をご紹介します;
・ヘルメット(写真なし)
・水(写真なし、飲んでしまった)
・トイレ用にも使えるゴミ袋
・軍手2種
・タオル 2枚
・防塵マスク
・銀色のリュック
・乾パン(少し食べちゃった。結構美味しい)
・防災食(鶏スモーク)
 
イメージ 1
 
こんなものが本当に必要になるなんて思ってもいなかった。
 
嗚呼、まだ余震が続いている。
やな感じです。
 
 
 

地震と津波 20110309

東日本で地震があった。宮城県の一部では震度5弱、東京は3.
私は28階建てのビルの11階で働いている。耐震構造で、真ん中あたりが一番揺れるように
なっているので、結構横揺れが続いて、船酔い気分だった。
 
たまたま震度3−5くらいで大きな被害は出なかったけど、もし、これが6−7くらい揺れたら
どんな状況になっていただろう。そう考えると怖い。でも、何もできない。
 
津波も今回はなさそうだ。
 
昔読んだ「猫目小僧」というマンガがあって、この猫目小僧が海辺で地震の後に
「大津波がくる」
と予言する。
「逃げろ!」
と皆逃げ出すが、やがて山をも飲み込む大津波がやってきて大被害になる。
 
猫や鼠、動物たちは予知能力があるらしい。沈没する運命にある船からは、事前に鼠が
逃げ出す、とか。
私には予知能力は全然ない(笑
 
そういえば、サザンの名曲「TSUNAMI」って、どんな歌詞でしたっけ?
津波に関係あるのかな?
それとも、心理的な「津波」なのか。
 
サザンの名曲はたくさんあるけど、なかなか歌詞が難しくて・・・。
 
♪風に戸惑う弱気な僕
通りすがるあの日の幻影
本当は 見た目以上 涙もろい過去がある
止めど流る清か水よ
消せど燃ゆる魔性の火よ
あんなに 好きな女性に
 出会う夏は二度とない
人は誰も愛求めて闇に彷徨う運命
そして風まかせ ...
 

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