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父親殺しの容疑者として警察と検事による長い長い尋問が始まり、
途中でドーミトリイは、疲れて果てて少し寝てしまいます。
そして、奇妙な夢を見ます。
**(少し長いですが、引用します)**
彼はどこか広野を馬車で走っている。(中略)
と、近くに部落があり、黒い、ひどく真っ黒けな百姓家が何軒も見える。ところが、
それらの百姓家の半分くらいは焼失して、黒焦げの柱だけが突っ立っているのだ。
部落の入口の道端に女たちが、大勢の百姓女たちがずっと一列に並んでおり、
どれもみな痩せおとろえて、何やら土気色の顔ばかりだ。特に、いちばん端にいる背の高い、
骨ばった女は、四十くらいにみえるが、あるいはやっと二十歳くらいかもしれない。
痩せた長い顔の女で、腕の中で赤ん坊が泣き叫んでいる。
おそらく彼女の乳房はすっかりしなびて、一滴の乳も出さないのだろう。赤ん坊はむずがり、
泣き叫んで、寒さのためにすっかり紫色になった小さな手を、固く握りしめてさしのべている。
「何を泣いているんだい?どうして泣いているんだ?」
彼らのわきを勢いよく走りぬけながら、ミーチャ(ドーミトリイ)はたずねる。
「童(わらし)でさ」
馭者が答える。
「童が泣いてますんで」
馭者がお国訛りの百姓言葉で、子供と言わずに《童》と言ったことが、
ミーチャを感動させる。(中略)
「でも、どうして泣いているんだい?」
ミーチャはばかみたいに、しつこくたずねる。
「なぜ手をむきだしにしているんだ、どうしてくるんでやらないんだい?」
「童は凍えちまったんでさ、着物が凍っちまいましてね、暖まらないんですよ」
「どうしてそんなことが?なぜだい?」
愚かなミーチャはそれでも引き下がらない。
「貧乏なうえに、焼け出されましてね、一片のパンもないんでさ。ああしてお恵みを乞うてますんで」
「いや、そのことじゃないんだ」ミーチャはそれでも納得できぬかのようだ。
「教えてくれよ。
なぜ焼け出された母親たちがああして立っているんだい。
なぜあの人たちは貧乏なんだ。
なぜ童はあんなにかわいそうなんだ。
なぜこんな裸の広野があるんだ。
どうしてあの女たちは抱き合って接吻を交わさないんだ。
なぜ喜びの歌を歌わないんだ。
なぜ不幸な災難のために、あんなにどすぐろくなってしまったんだ。
なぜ、童に乳をやらないんだ?」
**引用終わり**
ミーチャ(ドーミトリイ)は、今すぐ、何が何でも、カラマーゾフ流の強引さで、
みなのために何かしてやりたくてならない。心が燃え上がり、何かの光をめざして突き進む。
生きていたい、生きていたい、よび招くその新しい光に向かって歩いて行きたい、
と思ったときに目が覚めるのです。
ドーミトリイは、大金持ちと言わないまでも、貴族の家に生まれ、父はろくでもなしだった
としても、生活に困ることもなく、酒を飲み、喧嘩をして、詩を好み、ロマンチストで高潔で、
自分が愛する女性に熱を上げ、嫉妬深く、好きに生きてきました。彼には、ロシアの一般民衆が
いかに貧乏で、住む家も、食べるものもろくになく、赤子にあげる乳にない、といった惨状とは
全く無縁の世界にいたのです。
アンシャンレジーム下でマリー・アントワネットが、庶民の生活の厳しさを全く
理解していなかったのにも似ていますね。
これはドストエフスキー自身についても言えることです。彼はシベリアに流刑され、
そこで地元の農民たちと接することによって、「一般民衆」というものがどういうものか、
初めて知ったのです。インテリが、神がどうしたとか、社会主義がどうしたとか言っている
のとは別のところで、ロシアの民衆は、非常に貧乏ではあるけれど、大地を愛し、心の中に神を
抱き、清く逞しく生きている。ロシアの将来は、決して頭でっかちのインテリの思い描くように
はならず、最後は、この民衆とその未来の精神力が、ロシアの無心論者たちを改宗させることが
できるのだ、と考えたようです。
ドストエフスキーは素朴な民衆を愛していました。何年も欧州を旅行しましたが、当時の
「進んだ」欧州の文化や学問に懐疑的だったようです。
ドーミトリイは移送され、裁判となります。この裁判をめぐって、多くの人が彼を助けよう
としますが、状況は彼にとって圧倒的に不利になっていきます。
バカなドーミトリイは、この「童」の夢で目が覚めた!とこれからの人生は自分は生まれ変われる、
と信じますが、シベリヤ流刑は目の前です。
この「父親殺し事件」はセンセーショナルな事件として全ロシアを揺さぶります。
実話をもとに書かれているようです。
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