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いろいろあるけど、めげずにコツコツと

ドストエフスキー

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やっと上巻を読み終えました。すごい小説です。図書館で借りてきたことを後悔して
います。買えばよかった。これからでも買えるけど。

先日、新宿のジャズ・バーで「今、ドストエフスキーを読んでるんだ」という話を
したら、マスターが「黒沢さんにも、昔、ドストエフスキーを読め!って言われたなぁ」
と言っていました。マスターは昔はギターの弾き流しや、役者をやっていたときがあって
影武者に端役で出たときに黒沢明監督が若者たちに言ったらしいです。
「でも、結局、読んでないんだけど。それでも、役者なら一度はドストエフスキーの作品に
かかわるよ」とマスター。

さて、カラマーゾフ家のメンバーは;
父=フョードル:お金の亡者、女、酒が好き
長男=ドミーロリイ:直情型の人、女好き
二男=イワン:冷静な知性の人、哲学者的
三男=アリョーシャ(=アレクセイ):シャイで正直な信仰の人
スメルジャコフ:コック(父と女性浮浪者との子供?)

長男は最初の奥さんとの子供。二男、三男は2人目の奥さんとの子供。
最初の奥さんは子供を置いて家を飛び出し、2人目の奥さんは既に他界している。
スメルジャコフは、街の白痴のホームレス女性とフョードルとの子供。

父と長男は、グルーシェニカという天真爛漫で妖艶な女性を取り合いしている。
一方、長男はカーチャという気位の高いお嬢様のことも好きだが、二男もカーチャが好き。
女性の取り合いでややこしくなっています。

父親は貧乏地主から出発して、裕福な最初の奥さんと結婚して財産をせしめ、
二人目の奥さんは大人しかったものだから、その目の前で毎日淫蕩の限りを
つくし、挙句の果ては、白痴の浮浪者をも妊娠させた。
今では酒場もたくさん経営している。
彼は頭も悪くなく、財産管理の知恵もあったが、下品で、貪欲で、ケチで、好色で、徳というもの
がなく、いつも不正直だったけど、ある日、三男に正直に語る場面があります;

「俺はな、アレクセイ、できるだけ長生きするつもりなんだ、このことは承知しておいて
もらいたいね。だから俺には1カペイカの金だって必要なのさ、長生きすればするほど、
ますますお金が必要になってくるしな。
(中略)
現在のところ俺はとにかく男で通用する。まだ、やっと五十五でしかないからな。だが、
俺はあと二十年くらいは男として通用したいんだ。そうなると、年をとるにつれて、汚ら
しくなるから、女たちは自分から進んでなんぞ寄りつきゃしなくなるだろう、そこで金が
必要になるというわけさ。だからこそ俺は今、自分だけのために少しでも多く貯めこんで
いるだよ、アレクセイ、わかっておいてもらいたいね。
なぜって俺は最後まで淫蕩にひたって生きつづけたいからさ、これも承知しておいてもらいたいな。
淫蕩にひたっているほうが楽しくていい。みんなはそれを悪しざまに言うけれど、だれだってその中
で生きているのさ、ただ、みんなはこっそりやるのに、俺はおおぴらにやるだけだよ。
この正直さのおかげで、世間の醜悪な連中に攻撃されるけどな。アレクセイ、俺はお前の天国
なんぞ行きたくないね、これは承知しておいてもらいたいが、かりに天国があるとしたって、
まともな人間なら天国とやらへ行くのは作法に外れているよ。俺の考えでは、寝入ったきり、
もう二度と目をさまさない、それで何もかもパアさ。供養したけりゃ、するがいいし、
したくなけりゃ、勝手にしろだ。これが俺の哲学だよ。」

当然のことながら他人だけでなく、家族からも嫌われています。しかし、アレクセイだけは
父思いだし、この父親もアレクセイだけは好きです。
自分の欲望だけ満たす生き方をして、それを正直に言えば上のようになるかもしれません。
特に男の欲望なんてそんなものかもしれません。

アレクセイが一番尊敬している修道院にいるゾシマ長老に、このフョードルが
「永遠の生命を受け継ぐには、わたしはどうしたらいいのでしょう?」
と本気とも冗談ともつかぬ感じで、でも、形だけはひざまずいて聞いたことがあります。

これに対して、ゾシマ長老は微笑してこう言いました。
「どうすればよいか、あなた自身、とうにご存知のはずですがの。
飲酒や饒舌にふけらず、情欲に溺れず、とりわけ金の亡者にならぬことです。
それと、あなたの酒場を、全部がむりならば、せめて二つでも三つでも、閉店なさるん
ですな。大事なのは、いちばん大切なのは、嘘をつかぬことです」

「肝心なのは、おのれに嘘をつかぬことです。おのれに嘘をつき、おのれの嘘に耳を
傾ける者は、ついには自分の内にも、周囲にも、いかなる真実も見分けがつかなくなって、
ひいては自分をも他人をも軽蔑するようになるのです。だれをも尊敬できなくなれば、
人は愛することをやめ、愛を持たぬまま、心を晴らし、気を紛らわすために、情欲や
卑しい楽しみにふけるようになり、ついにはその罪業たるや畜生道にまで堕ちるにいたる
のです。これもすべて、人々や自分自身に対する絶え間ない嘘から生ずるのですぞ。
おのれに嘘をつく者は、腹を立てるのもだれよりも早い。なにしろ、腹を立てるということは
時によると非常に気持ちのよいものですからの、ではありませんか?(以下略)」

せっかくの長老の言葉に、フョードルは心の中で舌を出しながら、見え見えの態度で慇懃に
感動してみせる。しかし、修道院なんてもの、宗教的なものなんか、クソ食らえと思っている
彼は、このあとで、修道院を去る時には、別の神父との会話の果てに
「これだ、これだからな、偽善そのものだ!わけのわからないごたくを並べやがって!
せいぜい偽善者ぶるんですな。神父さん!わたしは帰りますよ。」
と言って、修行をしていたアレクセイをも無理やり修道院から連れ出してしまう。

この父親を憎む長男、軽蔑する二男、オロオロして悲しむ三男。
そして、カラマーゾフ家の誰をも憎悪するスメルジャコフというコックも無視できない存在です。

少しずつご紹介していきます。

哲学者ウィトゲンシュタインがこの本を「少なくとも50回は精読した」というほどの
ものですから、簡単に書くのはとても危険だし、難しいです。かと言って、私としては
「とてもいい本でした」では終わらせたくないです。

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せっかくドストエフスキーの『罪と罰』『悪霊』と読んできたので、この勢いで
『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫・原卓也訳)を読み始めました。
ドストエフスキーの最後の小説です。1880年出版、そして、彼はその翌年に他界
しています。

とても面白いです。

裏表紙の説明は;

「物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも
色濃く引いた三人の兄弟。放浪無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、
敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。
そして、ヒョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。
これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄絵図の中に、神と人間という根本問題を
据え置いた世界文学屈指の名作。」

言ってみれば、
父=お金の亡者
長男=情念の人
二男=知性の人
三男=信仰の人

の物語です。まだ、スメルジャコフは登場していないので、彼のことはわかりません。

『悪霊』と違って、この小説は、かなり最初から飛ばします。いきなり、ものすごい
思想対決に突入していきます。無神論のすごいインテリがいきなり、高名な僧侶
に対して、理論攻撃していきます。彼にしてみれば、宗教なんて「まやかし」なんです。
そして、下品な父親は、下品さでもって、「聖」なるものをぶち壊そうとします。
それをはらはら見守る敬虔なアリョーシャ。
この僧侶には、信者たちも、様々な悩みをぶちまけます。この悩みに答えていく、
僧侶の対応は素晴らしいものがあります。

守銭奴の父親はやがて殺されるそうですが、この父は、ドストエフスキーの父親がモデルに
なっている、と言われています。

上、中、下巻ありますので、物語はこれからです。

今後の物語の展開もさることながら、「人類の知性」とも思われるドストエフスキーが、
「神」についてどう考えたのか、先を読むのが楽しみです。

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『悪霊』に出てくるシャートフの信じる「メシアニズム」とは何か?
これが、また、大変、深く、興味深く、難しい。

メシアニズムとはメシア待望論(救世主待望論)です。

「メシア」とは何か?

もともとは、ヘブライ語で「油を塗られた者」(ギリシヤ語でChristus⇒キリスト)」
という意味。ユダヤ教の言葉です。
旧約聖書には、祭司や王がその就任の際に油を塗られたことが書かれています。後にそれは
理想的な統治をする為政者を意味するようになり、さらに神的な救済者を指すようになった。
ユダヤ教におけるメシアは「ダビデの子孫から生まれ、イスラエルを再建してダビデの王国を
回復し、世界に平和をもたらす存在」とされているそうです。

メシアは最初は、「偉大な人間」でしたが、やがて人間を超えた超感覚的・宇宙的性質を
備えた天的な存在に変化していきます。
祖国を失ったユダヤ人は、いつか祖国を回復することを夢見て、メシアを「救済者」と
して考えるようになります。歴史的な迫害を受け続け、殉教していったユダヤ人にとって
終末論とともにメシア信仰は、不条理を克服するのに不可欠なものだったのでしょう。

これがキリスト教にも同様に使われます。ユダヤ教のメシアが、可視的なもの、つまり
ユダヤの再興をめざすのに対して、キリスト教のメシアは、もっと「精神的かつ不可視的
なもの」、つまり、「魂の救済者」です。

キリスト教もユダヤ教と同じように迫害を受けた歴史があります。だから、キリスト教徒
もユダヤ人のもつメシア信仰を自分たちのものとして、少し形をかえて導入していった
ようです。

終末論と黙示文学とは似て非なるものですが、「黙示」とは「未来の世界の運命が幻や
夢の形で神から啓示される」ことです。そして、黙示文学は、大体、次のようなお話です;

世界は「聖と罪」「光と闇」の戦いの場であり、時の終わり、終末において破局的事件
が起こり、罪深い現世の世は滅亡し、まったく輝かしい世が出現する。

ユダヤ教によれば、イエス・キリストは、ユダヤの再興をなしえなかったので、
「偽メシア」と言われているようです。キリスト教では、イエスこそが旧約聖書に
書かれたメシアである、と考えられています。

シャートフのメシアニズムとは、何か? 魂の救済者を待つ、立場ではないか。

ユダヤ教では、近代になって、メシアニズムは、具体的にイスラエル建国のための
シオニズム運動に変化していきます。終末、そして、メシアの到来を待たずに、人間
の力で、財力、政治、武力で、1948年にイスラエルを力づくで再興してしまった。
でも、メシアはまだ現れない。

キリスト教のメシアは人の魂の問題です。

シャートフは非常に真面目な若者で、ロシア社会の貧富の差、不合理などから社会主義
に走りますが、まず、米国を訪問し、その後、フランス、スイス、ドイツなどを訪問
しているうちに、キリスト教に目覚めていきます。彼はスイスで結婚しますが、彼の
奥さんは無神論者で、そのために二人は数ヶ月で離婚。シャートフはロシアに帰り、
貧しくても、社会転覆や革命など考えず、質素に清らかな生活を送っています。
そこへ、ある晩、昔の奥さんが疲れ果てて帰ってきます。彼女は妊娠していました。
シャートフの子供ではありません。でも、シャートフは喜ぶとともに、出産の準備の
ために村中を回って物を売ってお金を得て、助産婦に来てもらったりします。
彼が夜中中、奥さんの介護をしている姿は感動的です。
(奥さんのお腹の子供の父親はスタヴローギンのようです)
しかし、翌日、シャートフは、スタヴローギンに感化されたピュートルたちに「裏切り者」
として暗殺されます。社会主義に染まったグループで、組織の結束を高めるために、
裏切り者の粛清をしたのです。
出産後、夫の姿が見えず、彼が殺されたことを知ったもと奥さんは、極寒の中、薄着で
泣きながら赤ちゃんを抱いて歩き回り、二人とも凍死します。

『悪霊』の物語では、虚無主義にメシアニズムが殺されます。しかし、虚無主義は、
メシアニズムの僧侶との激しい面談の末に自殺する、と私は捉えました。
つまり、ロシア(メシアニズム)は、虚無主義や社会主義によって、滅ぶだろう。
しかし、やがて、その虚無主義も自ら死んでいくのだ、という預言書といえるのでは
ないでしょうか。

現実に、ロシアは革命でソビエトになり、やがてソビエトが崩壊し、また
ロシアになりました。

メシアニズムに関する説明が不十分ですいません。ユダヤ教、キリスト教に深く
関わった概念なので、こんな文字数で説明するのはちょっと無理です。でも、
興味深いので、追って、もっと調べて行きたいと思います。

上の絵は「主の昇天」ジョット作です。

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ポリフォニーという言葉があります。もとは音楽用語で
「複数の声部からなり、それぞれの声部が、旋律線の横の流れを主張しながら、
対等の立場でからみあっていく様式の音楽」だそうです。

ドストエフスキーの『悪霊』は一種のポリフォニーです。複数の登場人物が、
主役と対等の立場で様々な思想を語り、からみあっていきます。
調べれば調べるほど、『悪霊』に登場する人たちの思想は深く難解で、しかし、
だからこそ、ドストエフスキーが単なる作家ではなく、思想家とも言われる所以
のようです。

『悪霊』下巻(新潮文庫)の裏表紙には以下のような説明文があります。
「ドストエフスキーは、組織の結束を図るため転向者を殺害した”ネチェーエフ事件”
を素材に、組織を背後で動かす悪魔的超人スタヴローギンを創造した。
悪徳と虚無の中にしか生きられずついには自ら命を絶つスタヴローギンは、
世界文学が生んだ最も深刻な人間像であり”ロシア的”なものの悲劇性
を結晶させた本書は、ドストエフスキーの思想的文学的探求の頂点に位置する
大作である」

登場回数が少ないにもかかわらず、この小説を最後まで読むと、スタヴローギンの
存在感がわかってきます。

彼はどんな人物なのか?

将軍の息子として生まれ、ものすごく美男子で、力もあって、頭もいい。服装も
お洒落で、身のこなしも上品。ロシアの大学を出た後はヨーロッパ各国で遊学し
またロシアに戻ってきます。
ところが、彼はヨーロッパでもなぜか、ときどき想像もつかないことをして人を
怒らせ、何度も決闘をしては相手を殺します。また、様々な女性と関係を持つ
だけでなく、まるで、彼と結婚したがる女性へのあてつけのように、白痴でビッコ
の女性と結婚したりもします。彼は常に冷静です。
彼は、神を信じないだけでなく、神を信じない自分自身をも信用していません。
すべてのものの価値を否定し、何ものも信じない。この世には、意味あることなど
なにもなく、真理も存在しない、家族も、愛も、結婚も、人生も、世界はなんの
意味もない、と。

彼のような思想を虚無主義(ニヒリズム)と呼ぶようです。

虚無主義とは、「この世界、特に過去および現在における人間の存在には意義、目的、
理解できるような真理、本質的な価値などがないと主張する哲学的な立場」だそうです。
(しかし、「真理などなにもない」という真理があるとしたら、この真理は自己矛盾が生じます)
哲学者ニーチェが『悪霊』に感動したのは、キリーロフの人神思想だけでなく、スタヴローギン
の虚無性が主だったようです。
(上の写真はニーチェです)

スタヴローギンのモデルは、無政府主義者(アナーキスト)のバクーニンだ、という
説もあるようです。しかし、調べてみたら、バクーニンの顔は、美男子からはほど遠く
スタヴローギンのイメージとはかなり違います。
また、無政府主義(アナーキズム)についても調べましたが、非常に難しいです。
共産党一党独裁政権という考えに対する考えとして、「国家を廃絶し、自由な個人から
構成される、相互扶助を基調とする小さな地域共同社会または中間的集団を確立しよう
とする考え」のようです。しかし、この小説を読む限り、スタヴローギンがアナーキー
かどうかはよくわかりません。

『悪霊』の最後に、スタヴローギンがチホンという僧侶に会って、懺悔する場面が
あります。この懺悔の内容には、スタヴローギンが12歳の女の子を犯して、彼女
が自殺した話も出てきます。このため当初はこの部分は出版されなかったようです。
しかし、この部分(スタヴローギンとチホンの面談)こそが、この小説で最も
緊迫感のあるすごい場面だと思います。チホンの言葉数は少ないですが、スタヴローギン
は、完敗します。二人のやりとりをここに引用するにはあまりに長すぎるし、
簡潔にまとめるには無理があります。いつもクールなスタヴローギンがここまで興奮し
うろたえていく場面は見物です。
(追って、スタヴローギンは首吊り自殺をします)

すいません、うまく話をまとめられません。しかし、主役級の人は、こういう
虚無主義の若者です。

ポリフォニーですから、別の思想もあります。脇役のシャートフのメシアニズム。
この「メシアニズム」こそが、ドストエフスキーが晩年、最も愛した思想ではないか
と思われます。

メシアニズムについては、次回書きます。

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『悪霊』に、カルマジーノフという文豪が登場します。実は、この人は、
ツルゲーネフ(写真)のことのようです。ツルゲーネフはドストエフスキーと同時代の人で
年も3歳、ツルゲーネフが上なだけです。
『初恋』という小説が有名ですが、私は読んだことがあるかどうかも記憶にありません。
『悪霊』の中で、ドストエフスキーは、この文豪をこてんぱんに、こきおろしています。
(「こてんぱん」って言葉の語源は何でしょうね。韓国語?日本語ではなさそうですね)

ドストエフスキーは医者の息子に生まれました。そう聞くと、我々は、ああ、裕福な
家庭に育ったのだな、と思いますが、そうではありません。ツルゲーネフもトルストイも
貴族の生まれで、別に小説など書かなくても悠々自適に暮らせたのです。
ドストエフスキーのお父さんも小さな村を「所有」していたくらいですから、それなり
だったようですが、彼が若いときに父親は村の農民に殺されています。また、様々な
理由で借金を重ねたドストエフスキーは、いつもお金に苦しんでいたようです。
ドストエフスキーは、ロシアで最初の職業作家でした。

ドストエフスキーとツルゲーネフの関係の歴史を簡単に書くと;
以下、ドス=ドストエフスキー
1845年 二人は知り合う (ドス24歳)
1863年 ドス、賭博の損失で、ツルゲーネフから借金 (ドス42歳)
1867年 ドス、バーデンでツルゲーネフと喧嘩 (ドス46歳)
1872年 『悪霊』完成。 (ドス51歳)
      この後は、二人は絶交?
1881年 ドス死去(60歳)
1883年 ツルゲーネフ死去(64歳)

1867年の「喧嘩」の背景は;
1863年、ツルゲーネフはドイツのバーデンバーデンに別荘を購入。1867年には小説
『煙』を発表し、ロシアにおける全てのスラヴ主義者と、あらゆる保守的な宗教思想を攻撃した。

これに対しては、ロシアの多くの人々が、彼がヨーロッパに身売りし祖国との接触を失ったと
して非難し、同年彼を訪れたドストエフスキーも、彼を母国の中傷家として攻撃したそうです。

『悪霊』に出てくるカルマジーノフ(=ツルゲーネフ)は、一見、柔和な人物で、
偉大なる作家、貴族、そして進歩的な考えを持っているのだが、実は計算高くて、
母親から数千人の農奴や広大な土地を相続したものの、ロシアにやがて革命がやってくる
と予感し、これらを売却して、ヨーロッパへ「逃亡」しようとしていました。
(事実、ロシアを捨て、「逃亡」した)
そして、小説にしても、講話にしても、どれも「恋愛」関係の妙に甘ったるい思い出
話、昔の自慢話が多くて、ロシアの今と将来とは全く関係のない、何の重要性も持たない
ものばかり、といった扱いです。

ツルゲーネフについて調べてみると、農奴解放について、かなり進歩的な考えを持って
かつ、実践したように書かれていますが、ロシア人からは「裏切り者」扱いされたようです。
しかし、晩年は、ロシアでもパリでも英国でも名士として人気者だったようです。
女性にももてたようですね。

ツルゲーネフはトルストイとも反目し合っていた、ということです。まあ、レベルの高い
ところで喧嘩をしていたのだと思いますけど・・・。

ちなみに1861年に農奴制が廃止された背景には、クリミア戦争でロシアの後進性が
明白になって、このままではいかん、と皇帝が考えたからです。すでに産業革命が始まって
いた英仏に対して、ロシアは、まだだったんですね。当時のロシアは、日本の江戸末期と
同じような状況だったのかもしれません。

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