前回みていただいた
如来様に、砥粉をかけてもらいました。
砥粉は、先生がかけてくださいます。
土だって。
彫りの粗も、薄汚れも消えます^^
dariaは、砥粉をかけてみたことがありません。
これが初めて。
砥粉は、磨いていけば、もっと艶が出るそうです。
柔らかい布で、思いついたら磨いてあげれば良いそうです。色が変わっていきます。
そのあと、蜜蝋を塗りこんで行けば、もっと艶が出ますよって。
お地蔵さま、童子、猫、それから帯留めは彫りましたが、
如来様は初めてです。帯留め以外は、母の病室にしばらくおいた後は、実家に置いてあります。
如来様は、四角い角材から。光背は、綺麗に形と穴をカットをしてもらった薄い木を、模様を刻んで、厚みに緩やかなカーブをつけました。台座は、三段それぞれ、円柱だったもの。
うちで彫る時間もまとめたものはとれず、
この一年、一気に忙しくなったのも重なって、
一年以上かかってしまいました。
次は、帯留めに手をつけています。
ゆっくりゆっくりでいいですよ。って、言ってくださる先生と、
同じ教室のお仲間のおかげで、何とか続いている、大事な時間です。
来週末には、富山まわって京都。あっという間に一か月です。
先月、東本願寺へ行ったときのものを、あげる時間もとれなかったです^^;
明日は早朝からですが、今日は大事なOFF日でした♪週末に向けて、充電できました^^
真宗大谷派の、東本願寺で、宗祖、親鸞聖人750回御遠忌を記念して、
スラムダンクを書いた漫画家の井上武彦さんが、親鸞の屏風を書かれたので、
見に行きたくて、ぎりぎり展示の期間に間に合うよう、帰る日の朝一に起きて行ってきました。
スラムダンクはバスケットボールマンガ。累積一億冊@@宮本武蔵を書いた、バガボンドでしってるかたもいらっしゃるか。
そして・・・震災の直後から、胸に県の名前の入った子どもの絵を描いてアップしつづけておられましたね。
私は、本願寺で実物を見たかった。本願寺も、長いことぶりです。
東本願寺は、私にはとても身近です。実家の門前町のお寺が大谷派です。
小さいころ、地域のうちでは、何十年かに一度(地域の持ち回りだったんでしょう)、お坊さんがこられて、
夜には、地域の人がみんな来て、仏間で説法をされました。
人がたくさん来て、お坊さんはお泊りされるので、いつもより念入りに掃除して準備して、
精進の御膳もあって・・・・ほんとに小さかったんだろうな。お説法が子ども心にも楽しかった。っていう記憶だけ。
親鸞さまは〜に〜こ〜や〜かに〜〜わたしのとなぁりに、いらあぁしゃ〜る〜〜♪
いつも、これを書かずにはおれない、私のルーツ。
日曜学校で習ったのか、おばあちゃんが口ずさんでいたのか、この唄を、いつも脳内にぐるぐるさせてました。
あの田舎の暗いくらいそとや、仏様にご飯をあげていらっしゃいと言われて横ぎらなきゃいけない広間、畑の畝のところに生ゴミを捨ててきなさいと言われて、半泣きで真っ暗な庭に出なきゃいけないとき、つまらない時、寂しい時、それから・・・おばあちゃんがなくなったときも。ずっと、支えてもらった。
親鸞様について、詳しく知るようになったのは、大学に入ってからだったけれど。
それやこれやで、行かなきゃ。って。
←これが、右隻(うせき)の屏風です。
小さな屏風を買ってきたのでそれです。
実物は、もちろん撮影禁止^^;
銘仙の袖の上。如来様の後ろにみえるのは、これです。
河を歩く人々。先に立つ親鸞。
一体どこに向かおうとしているのか。
左はし真中あたりにぼんやりしか写ってませんが、これは蝶です。
さまざまな境遇に生きる民衆たちの顔には、絶望も悲しみも、
怒りも、それこそ、いろんな表情が。
だけど、子どもは、笑っているんですよ。
胸が詰まる迫力の、ひとりひとりの表情の中、子どもの笑顔が救いです。
←こちらは、左隻(させき)
親鸞のアップは、井上先生の写真の横の方がよく写っています。
二羽の鳥と、草と花と蝶(右端、上に見えるのが蝶です)
静寂の中に佇む親鸞ですが・・・・
その表情は、私には、声をかけずらい孤独というかなんというか。
何を思って描かれたのだろうと、井上武彦の製作中の様子を映したものもみて、インタビューも読んでみたけれど・・・
「 」内は、いただいた4・29の真宗大谷派宗務所の、ミニ新聞中の文章です。
「その姿は、凛としているようにもみえるが、ほっと安心しているようにも映る。
また孤独、寂しさを漂わせているようでもあり、その存在の確かさを主張しているようでもある。
静と動、対照的に見えて、また同じようにも見える。
しかし、二つの絵が何の場面を描いたのか、それを井上は語らない。
絵をどう受け止めるかは、人それぞれの感性に委ねているからだ」
・・・・・・あらら。 孤独の受け止めは、私のいつも思うところですから。
「親鸞が生きた時代は、戦や飢饉、疫病、身分の違いによって、命がいとも簡単に奪われていく、
捨てられていく、すさまじい時代だった。
「バガボンド」で描く世界も、時代の違いこそあれ、同じような空気感があった。
聖人と武蔵。この二人が探し求めたものは、その現実を生きていく確かな救いだったのだろう。
バガボンドとは、漂泊者という意味がある。
井上は、救いを求め続けたひとりの漂泊者として、親鸞聖人を描いたのかもしれない」
三月のあんな日が来るとは思いもせず、井上さんは
二月の中旬から、この屏風に向かっておられました。白い屏風に向き合って、悩み続けられて。
三月八日夜半、数日間ほとんど眠らずに屏風と向き合って。
そして・・・
「絵が好きだった子どもが、大人になってなんという仕事をさせていただいているんだ。中略。とめどもない感謝というか、嬉しくて仕方が無いという感情が溢れたんです。その時に、あ、描ける。と、迷わず右隻の親鸞さんの前に立ち、顔に筆をいれました」 と、インタビューに答えておられます。
本願寺さんに久しぶりに行けてよかった。
三月のあの日以来、どうしていいかわからぬ、ぞわぞわした気持ちは、確かに落ち着きました。
人間であることに深く悲しみ、苦悩し続けた親鸞。
私は、特別な宗教を持っていませんが、生まれ育った環境の中で、心の中に何かが育っていたことは
間違いありません。
如来様は、仏壇に入れていいからね。って。ちなみに、観音様は入れちゃダメって。
だけど、私の如来様、仏壇に入れるには、まだまだです。
母のそばにしばらくいて、実家の棚にいてくれたら、私の如来様には、特等席といっしょです^^