冬の月夜

新しい一歩を、踏み出してる

実家

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ちょうどいい

富山の雪がひどいときいて、
あさ、Aにだり男に電話をしてもらった。

雪は大丈夫らしい。

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12月の時の画像。
私が小さい頃は、この、屋根から落ちた雪と、屋根雪がつながる位にふってたんだから……
酷い。ときくと、
あの、部屋が位に、閉ざされたようなうち。
父が単身赴任で、母が泣いていたような
あの冬を思い出して、辛くなる。

一人で、どうしているのだ、父は。
驚異の体力と気力の人と知っているが、

雪に埋もれてないか?灯油はきらしてないか?それから
寂しくはないのか?と、気になる。

転勤で再び過ごした富山を離れて、10年近く。
電話してみて「オオ、雪が凄いぞ」といったのが一度だけ。
あとは、今回もそう。「たいしたことはない。大丈夫だ」としかきいたことがない。

ただし、今回は。
雪は大丈夫らしいが、
「帯状疱疹になって、ここ二週間、痛みが残ってる。
こういう鈍痛みたいな残りかたは、なんとも言えずいやなもんだな」といった。

どこかが痛い。とは、まずない人。
86にして、薬も、サプリも、一粒も飲んでいない父が、感じた痛み。

だいじょうぶなの?病院は?
どーする?ストレスだよ、疲労だよ!

と、こんな離れたところにいてどうしていいかわからず、矢継ぎばやに問うわたしに、

「だいじょうぶだ」そして続きに
「丁度いい」と、だり男。

ちょうどいい………なんだそりゃ。
なんだけど、
実に、だり男らしい。

小さくとも、痛みをどこかに感じる日々に、不安を覚えないのか?
ん……私が、気づいてはならない。
みないことにしたもの。
だり男らしく、ずっと、しててもらう。と、私がそう、見えない。と、きめたもの。

なのに、あわてた。
慌てた私に、ニヤリとしているに違いない声で、
「ちょうどいい」と、くりかえした。

いつも、慌てない人だ。
状況を受け入れて、そこで、むちゃもせず、かといって、決して諦めもせず。

何をみてるんだろう、ただ、そこに向けてやる人。

私はといえば、今日は、仕事が大変で、
夕ごはんを食べるまもなく、うちについたら11時前。あったかいうちについて、
気が抜けたか。突然右足に疲労と冷えからくる痛み。

お風呂をいれてるまに、ストレッチしながら、これが明日治らなかったら?
明日の仕事どうする?
来週の京都にはいける?どーする?と考えてる。

若いときのように、怪我したわけでもないから、
今日は痛くても、いまにすぐ治る。と、

そんな確信が、全くできなくなった。

そんな自分の体力と気力が、不安でもあるし、
なんでこんなになっちゃってる?と、
抵抗できないものに、心が抵抗して、
それがつらくなる。
受け入れていかなきゃいけないものと、
歩みのテンポが、同じならいいのに。

だり男に似てるといわれるけれど、
だり男みたいに、潔くない。

ちょうどいい。か……

時には、腹が立つほどなんだけど、
私も、
いつも、ふっと口角をちょっとあげて笑いながら

今。ってやつを受け入れていきたいよ。
ただし、
顔だけは月を見上げて、最後はそこに向かっていくんだから。と、おもっていたい。

思い出したこと

ここ十年、毎年行われている会へ参加。
いちねんに、一度だけ、同い年のいとことゆっくりできる日。
あいの風鉄道で、富山駅へ向かう頃には、雨でした。

お昼を食べようと見渡すと、駅前に、買ったらそのままテーブルで食べられるお店ができてました。
もちろん、定食とかもあったんだけど。ふふふ。

イメージ 4


悩んだあげく、白海老甘エビ寿司にしたのです。そして、紅ズワイ。
何年も、こうして食べてないな。って、食べたくなっちゃって、友達と半分こ、追加!
エビは、おいしかったなぁ。ぼたんえびより、食べ慣れた甘えび派です。
そして、さぁ、カニへ。

・・・食べはじめてすぐ、私も、思い出したんです。やばい。

目の前のともだちに、かにスプーンをバネに身を飛ばすのを、見すぎて、気を使って視線をはずされ。
とどめに、もう一人の地元ともだちは
「まちがってる!蟹むきを、空中戦にするな」と、しかられたー!わははー。

いい年して自力で食べる蟹が、非常にコスパ悪い結果になると理解したので
そりゃ、蟹も、しばらく食べてないはずです、わたし

気を取り直して、食後は、さらに合流組としばし地元ドライブ。

富山に向かうあたりで、雨に変わり。
雨かと思えばまた青空になって、展望台からはちょうど虹がかかっているのが見えました。
母が入院して毎日高岡から通ってた帰り道、何度行ったか分からない、
天文台へ続く道も、走ってもらった帰り道、夕日が沈み始めました。

向かった宿は、八尾から10分ほどの山田村の、私の子どもの頃からコマーシャルをみてた温泉です。

昨日一日降った雪が、たくさん残っていました。
ともかく、お風呂に入りました。選んだのは、露天。
ご飯時間は、みんなの集合をまって七時。
大方の六時開始のお客さんたちとは、お風呂は入れ替わりだったので
おねえさんが上がられた後、隣を流れるせせらぎの音を聞きながら、露天にひとり。

雪が舞ってました。
イメージ 1
これに、さらにぶり大根と、ご飯、汁物、デザート……堪能。
幹事さん、こーすに寒ブリしゃぶ追加。グッドジョブ!
わいわいわいわい。したあと。
また、明日は岩風呂の男湯と交代になってしまう、露天に使って、
同い年従姉妹と、ゆっくり話した後、爆睡。

そして朝はこんな。
イメージ 3
夕べあんなに食べたのに、またご飯のおかわりしたくなっちゃった。
イメージ 2
そうだ。
食事の場から、お部屋に移動してからのわいわいでは、
津々浦々からきたみんなが、美味しいおやつやら、名産もちより。
これは、いとこがもってきてくれた、
富山のかぶら寿司。かぶに、ぶりかさばをはさんで。麹でつけるのが、基本。
ぶりは、上等。ね。

懐かしい。
小さい頃、おばあちゃんとあかあさんが、木の樽で作るのを、手伝って(じゃま?)た。
塩鯖をはさんだ、かぶ、麹、人参、蕪、麹、人参……楽しかったな。

ほんとに、小さい頃の楽しかった思いでが、溢れてきて。
従姉妹とおばあちゃんの話をするのも、楽しい。

私は、温泉とか観光の機会があんまりなくて。
雪(いきなりで、びっくりしたけど)の露天や、(いとこはお風呂好き。目覚めたらもういなくて入れ替え)
誰一人いない早朝の大浴場が、新鮮だった。

刺激を受けると、記憶もよみがえるんだな。
忘れてた、楽しかったこと。まだ、あったんだなって、今回の富山で、たくさん思い出しました。
父から、もう、ないとおもってたものを、もらったのことも大きかった。

1300年前にみつかった、山奥の温泉。
老人会かな?おばあちゃんもいってた。お母さんもいってたはずの、
すこし、塩味のする古くからの温泉旅館。

おばあちゃんもおかあさんも、
こんないいお湯に浸かりにきたのよね。っておもって。
いっしょじゃなかったけど、もう、そんなことはいいの。
こんな幸せな感じを、きっと、ね。感じてたんだね。

一緒に行けたみたいで、うれしかったな。

母らしくって

新幹線のお陰で、富山は近くなりました。

イメージ 1


新高岡のホームに降りてみたら
キンキンに冷えた空気!懐かしい!
でも、寒っ!
今朝は久しぶりに少し雪がふったんだって。

あいかわらず元気な、だり父に迎えに来てもらい、母の病院へ。

母、わたしをみてビックリした顔から、笑顔!
えがお……嬉しい。

母の口が、葉書、ありがとって、うごいた。ところまでは判別。
その後の長文あたりからは、
憶測で聞き返しの、イエスノーゲームなんだけど。読んでると、わかっただけでいい。

返事書いてくれる?っていうと、無理だ。ってブンブン、手を横にふる。

あら。元気そう。書いてくれない返事は想定内だけど、ぶんぶん振ってる。えー!

ならば。と、スマホの写真をみてもらいながら、葉書に書ききれなかったことを、話す私。
母が、うん、うんうなづきながら、
時々、画像が見えにくいのか、頭をちょっとあげて、見直してることに、内心驚いちゃった。
体調が悪いときは、苦しそうによこになってるだけで、

画像どころか、わたしも見てくれないことがおおかったから……

おまけに。

父が、これ。とってあるんだ。って。
母も、気分がよい日は、たまにリハビリ時間に塗り絵をしてるようで、父が壁に幾枚か張ってる、新作をみると。

イメージ 2

なんて、母らしい。
はみだすこともなく、一枚一枚、グラデーション豊かに色鉛筆をつかってある葉っぱ。
なんていうか、とても、母らしくって


また、お母さんらしい。なんて、そんな風に感じられる日があるなんて、期待してなかったから。

つまっちゃった。

明日も来るよ!って言うと、手をぶんぶん縦横にふって、いい!っていってるのが、わかる。

えー。明日も来るし、明後日も来るし!っていったら、また、
困った子だなーって顔して、笑いながら、うん。て、手を今度は左右にバイバイって、ふってくれた。

イメージ 3

病院の駐車場からの夕日。
この前富山に来たときも、ちょうど玄関を出たら、沈む瞬間だったな。

そのあと、父と親戚まわりして、私の15歳からを知る友だちと夕食に。

10時にもなろうかって頃に、
また、86になった、知れば知るほどスーパーマンのような、だりお父がお店にむかえにきてくれた。

帰りにコンビニによってもらって、「私アイスクリーム買うけど、お父さんもたべる?」って聞くと、

わたしはいらんよ。って言った後すぐに
「あずきバー、あるかな」って。
お母さんが家にいたときは、何時もあったんだけどな。って。


冬のこの時期。探したら、奥の冷凍庫棚にあった。

さらに夜も更けて。
整体したあと、どうぞ。と渡したあずきバーをかじった父は、

おお、変わらん味だなーって……嬉しそう。
そうね、よかったね。
ふふふ。あと、五本あるよ!っていったら、笑ってた。

一人で、また、眠れない夜。色々おもうんだけど。

でも、今日はちょっと違う。
変わんない事を見つけると、なんだか安心するんだな。

安心したことが、なんだか、嬉しくて、それで眠れない。

私は、めまぐるしく変わっていく自分を、
ようやく嫌いじゃなく、受け入れ始めて、
「そうだ、それが私らしいから、それで良いのだ」
って、自分に開き直ったつもりなのにね。

あー、私は、私に安心できないわけだなー
自分が安心することと、受け入れた自分が感じるであろうことが、矛盾してる!

こりゃ、私、この人生。しょーがないぞー!って、

なんだか、そりゃ、そうねぇ。って。とほほだったり、あははだったり。

変わんない。って発見は、おだやかな宝探しみたい。

なんだか、嬉しいの、ね。

ちらし寿司

三月に、実家に行こうと決めていたのに、
なんだか日程がうまくいかない。
焦るような、なにかに追われるような気持ちからか、先日朝方に、母の夢を見た。

実家の庭で話した母は、まだ若く、わたしは、どこかに違和感を持ちながらも
庭の向こうの石段下に流れる、
私の遊び場、あるいは、野菜のした洗い、あるいは畑で使った鍬や鎌を洗うのに使っていた、ちいさな板を渡された、
小川のような、農業用水を見ながら

「ここに降りて、しゃがんで作業するのは大変だったでしょう?」というと、
母は驚くほど、明るく元気な声。
もう忘れてしまっていたあの声で
「全然。なにもつらくなかったよ」と、答えてくれて。

「そうなんや、そうだよね、お母さんもまだ若かったから」と答えながら、
あれ?と思って、

夢と気づいたら、なんだか覚めるのが惜しくなってしまって。
ここにこのまま、私もいたいよ。とおもいながら泣いてるうちに、

ほんとうに目覚めてしまって、覚めてしまったなっても思って、またしばらく泣いてた。
体調の波か、心の波か、年齢から来る波か。
あー、ダメだ。と、思いつつ。
ま。声も聞けたし、若かった母には、あの花や野菜やお米に囲まれた田舎の生活を、
季節ごとに、丁寧に暮らし、母なりに楽しんでもいたな。と、あらためて思い、

気を取り直し、四月に、富山にいける日を日程表をみながら仕事に向かった。

この日、九時をまわった帰り道、電話がなった。
なんとまあ、珍しい、父から。
「19日、お兄ちゃんと私は、○○才になったよ」の、葉書が届いて、思い出したんだろうけれど
「ちょっと過ぎたけど、誕生日だなぁ」って電話があった。

元気なの?と聞く私に、父は笑いながら、おお元気だぞ。と母さんも変わりはないって。それから
「小さいときは、確かお母さんのことなら、ちらし寿司でもしてたように思うんだがな。
いま、元気なら電話くらいはしてるかなとおもって、かけてみた」って。

父は、私の小4からは単身赴任。
10才の誕生日からは、一緒じゃなかったから、父の私たちの誕生日の記憶はそんななんだなって。
確かに。そんなだったかもしれない。
昭和一桁の、父。

ほんとは、兄と同じの誕生日より、
おばあちゃんも一緒の、クリスマスの記憶しか、ほぼないのだけれど。

母のちらし寿司、久しぶりに思い出した。

次の日、クライアントさんの家で、お昼時間に
「お誕生日、おめでとー」と、出されたのは
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happy  おめでとう。と、ちらし寿司ケーキ。
層にわかれて、間に具がはさんである。
ああ、これって以心伝心だったのかなぁ・・・

こういうとき思う。神様からのなでなで。よしよし。

イメージ 2

来週からは。必ず暖かくなるって、騙されながらのような三月だけど。
必ず。と、おもえることなら、待てるはず。

そうそう。
父に「三月行こうと思ったけど、四月になっちゃうわ」っていうと
「そうか?いつだ?」「○○日かなー」
「ん〜〜そうなのか?わたしは、そこは、いそがしいからいないな〜」

もー!おとうさん!そんな気がしたわ!
そーだとおもった。
帰っても、父と顔をあわせて、食事したり、母のところへいったり何て、なかなか無理!

元気でマイペースの父。その父が日参するのを、待つ母。
一緒に年を重ねてるから。
二人の世界は、そんな感じで。まぁまぁ、私は、おまけでいいんデス!

そう。もう、いいんだな。それで。

若いときの、元気なときの。なんて、泣く私は、余計なお世話。
今だ、心配させないのが親孝行。
の、いつまでも二人の心配の種な娘デスわ。
チャンチャン!

私の荷を、下ろしてもらってます。
私には、一番の誕生日プレゼントです。

私の育った世界

お盆に来られないご挨拶。仏間へ。
外が明るい分、室内が暗く感じる。今年のお盆も、母をつれてこられないな・・・
気候の良い時期、息子のどちらかが一緒じゃないとね。
でも、それでも、思い立って、思い切って切符を買ってよかった。
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父に、母の病院へ寄ってから駅へ送ってもらうことにした。
走り出してすぐ、車を止めてもらった。

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おとといと、昨日の夜は、この空にお月さまと、無数の星。
膨らんだこの月は東京でも見るけれど、ここまで明るいと星はほとんど見えない。
ここは真っ暗闇。真っ暗な闇だからこその、小さな、ほんとうに小さな輝きも、見える。

反対に、冬の月夜は、ここ一面が雪で。
月があまりに美しいと、その反射の輝きで、星が見えない。

この空の下、私は育ったんだと、いつも思う。

病院に着くと、母が眠っていた。
布団の端を、握って。
いつもそう。こころぼそいんだな。とおもう。
母は・・・そういう人だ。

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そっと起こして、爪を切った。
気になっていたので持ってきた剃刀で、母の眉を整えた。
とてもすっきりした。

歳を重ねて、便利のために髪も短くすると、
ともすればおじいさんだか、おばあさんだか、分からない方もいらっしゃるけれど。
少し、いつもより細い目にした眉は、我ながら上手に仕上がって。
父が「おお、綺麗になったな。うん、きれいだ、きれいだ」って。

母に手鏡を持たせると、顔の角度を変えながら、少しはにかみながら、長い事みていた。

イメージ 4
帰る前、母はお手洗いへ。そっと、そっと。歩行器を使って。
それを、父はいつも、じっと見守って、ついて行く。

私は、病室に残る。いつも、そうしている。
父と、母の世界。わたしのいない世界。

この二人の下、わたしは育ったんだと、いつも思う。

私は、この世界しか知らなかったから、飛び出した時に
世界は広いんだな。って思った。

でも、この小さな世界は、とても大事な世界だったように思う。

さぁ。また、広い世界へ。
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思い立ったら、すぐ来られるんだ。って、安心した。
往復とも、本も読まなかった。
少し休んで、お茶しながら、短歌で遊んでいたら着いてしまうほどの距離。

時々、この小さな世界に戻ると、ほっとする。
それから、一抹の寂しさも感じる。

その寂しさの意味を考えながら、私は生きていると思う。

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