冬の月夜

新しい一歩を、踏み出してる

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本棚 棚ざらえ 2

内館牧子 「憎いものが好き」 小学館文庫です。

やっぱり、人気脚本家さんらしく、女性の心にぐいぐいと。人間、よくみてるっていうか、なるほどねと。
この中で、いいなぁっておもったあたり。

往生際。っていう章

ある人が、いろんなことに対して批判をしているのをずっと聞いてた彼女・・・
なるほどとおもうこともあるものの、そのうちに、・・・自分のことではないが、自分の大事に思ってることにたいして
言ってる事にキレて、はっきり反撃した話。

わかる。わかるのだ、これ。
私も、一生のうち、数回自分で覚えてる、キレて、女性に言い返したことがある。
あはは・・・覚えてるんですよねぇ。
自分のことなら、案外流せます。
あとのややこしいことおもえば、まぁ、いいか。って。
一応、普段、そんなことするように思えないって言われてるんです。あ、男性には別ですが、あはは・・・
でも、大事な人については、別。代理戦争、仕掛けられたきになって・・・ああ。キレるチャンスをもらっちゃう。

その続きに
「往生際の悪さはその人を醜く見せるだけだと実感した」とあった。
「男女のことであれ、人間関係や仕事やどんなことであれ、うまくいかないことの多くは、
相手と自分が同罪なのだ。ぐちゃぐちゃ言わずにトットと往生したほうがよほど健康的だ。よほど明日がある」

なるほど!だよね!!!!

でも彼女は、キレて「相手にとどめをさしたあと、ずっと気分が悪かった。
なんだか弱い者いじめをしたようで落ち込んだ」と、あって。

これも、すごくわかる。だよね。

あれこれ言ってる人に対して(私も含め)、人はいろいろ思うことはある。
特に、文句を言ってる人には。
そのことに対して、どれくらいの人が、面と向かって言ってくれるだろう。
「悪口や批判をいつまでも重ねることは、実にカッコ悪いことだと、彼女に教えられた気がする」

・・・だよね。
「聞き苦しい話に辟易した」ってよみながら、うん。っておもった。わかったよ。って思った。

自分を落としてでも、醜くしてでも、泣いて泣いて訴えたいくらいのこともあるんだけれど、
それ以外は、あるいは、それ以上は・・・

どこかでね。
できるなら、自分でね。往生際もよくなりたいなぁって。すとん。ってようやく落ちたんです。

内館さんの本だけじゃなくてね。実はドラマもそうなんですけど。

ボーンズのエピソード9の中の一話の、ある話の中で
「もう涙をながした?失ったものを悲しんで泣いた?」いう、会話があって。
ボーンズは、天才科学者なので、いうのです。
「涙腺と情動をつかさどる脳の辺縁系は、ニューロン結合しているの。
厳しい状況にある時泣くのを我慢するのは、不健康よ」

そうなのか。いいのか。当たり前なのか。って思ってね。
で。昨日の、いつか書く書くといいながら書けなかった、「ブログを書かなかった秋の話」を、
ようやくかけたというワケです。

いつもいつも、本が、私の安全地帯、避難場所でした。
現実逃避ともいいますし、自分を客観視できるともいうのかも。

いっぱい読んで、眺めてきたけれど。
歌も、歌詞を聴く派です。
ドラマは、現実派。
その中からどこに共感して、どこに反発するか選んでるのは、やっぱり自分だから。

時々、人に語ると(本ってそんなところもありますね)、まさしくそれは私の事だったわ!って、
自分の代弁者かっておもえますが、

これが、本を読みながら、ドラマを見て感じながら気づいたことなら、
それを人に語っても、
ああ、そうなんだ!自分が見つかってよかったね!って思うけれど、

もし、ほんじゃなくて、人が自分について話してる事を聞いてて、「あ、それ私もそう思う」って思って、
それをその人より先にやっちゃったり、
自分で気づいたように他の人に言っちゃったら・・・やっちゃったら・・・書いちゃったら・・・

最初にその人に、
自分がひらめいた、深く考えた、長く思い続けた、学び続けた、感じた
夢や知識や、理想や経験を語ってくれた相手をギョッとさせて、

あるいは、それを先に聞いてた周りの人が、あれ?それって
「あなたじゃない他の人が(あるいは自分が)」言ってたよね・・・
やってたよね・・・考えてるって言ってたよね・・・って気付いてたり、気づいたら。

なんで、自分のことになってる???

っておもったら、思われたら
もちろん、自由なんだけど・・・残念ながら、
黙って、あるいは喧嘩になって人間関係変わっちゃう。いや、偶然とかたまたまは、仕方ないにしても。
でも、たとえが一度でも、相手が思うこと(こんな風な、人の資質についても、痛い事も書いてあります)
人間関係変えちゃうようなことですもんね・・・

でも、本はね。
(ある意味逆に、著作権で厳重ですよ。こうしてブログに書いてても、
他の人が見る、読む限り、人間関係と同じことなんですね)

本は、誰かの、ものすごい時間を凝縮して、私に見せてくれてるなぁって思うのです。
私が一生かかっても体験したり、勉強したりしきれない、想像もつかない世界。知識、経験、思い。
たくさん見せてくれます。
そして、それを活かしてくれ!って言ってくれてます。
影響されて、刺激されて、楽しんで、考えて、知って、って言ってくれます。

本、って、ありがたいな。って思います。
老眼になっちゃって、本がつらくなった今は、
誰かが書いてくれたお話しを、音で聞かせてくれたり、見せてくれるドラマや映画も、ほんとうに、
楽しくて、ありがたいな。って、そう思います。

本棚棚ざらえ 1

昨日の宣言通り。日常の中の、気になっていたことを、まだのんびりやってます。

奥の部屋にAはいるので、ご飯はするんですが、何せ不規則な日常なので。
私は、ご飯とおやつ差し入れくらいで、のんびりと。

本日メインは、本棚のたなざらえ。
以前も書いたように、Aの資料になりそうな本以外は、どんどん処分してるんですが、
何度も見返すとか、読み切らないとかのものが残っていきます。ま。お勉強本(涙)
時々、諦めるとか、読み切るとか、やりきるとか、あとは、大事なところを書き写すとか。
…ま、これは昔からの習慣。何冊かに、本の数行しかないんですけどね。
それを写したら、処分です。

HULUでずっと200話近く見てた「ボーンズ」は、字幕なので、なかなか同時進行でなにかは無理ですが、
とうとう、ボーンズのシーズン9を見終わり(ええええ!で終わってます。どうなるの?)
今日からは、「キャッスル」で、あえて吹き替え。
基本これも一話完結、重すぎない笑いもある犯罪捜査ものなので、
同時にできることがいっぱい。目を離しても、大丈夫!!!ふふふ。

これ、昔からです。テレビ時代は、これでした。
で、今日は、これ!ひさしぶり〜〜。中途にしてたのをおもいだしました!
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あえて、体関係の本と、並べてみましたョ。(まだまだ一部です)

確認のためにパラパラ眺めながら、ストレッチしてみたり。(自力でできることは聞かれれば私がやってることはお勧めするので)低糖質レシピに刺激され、ブラウニーも焼いてみました。

ペン字。時々、これ系は買って、やり直してみたりするんですが...とほっ。
母に絵葉書書いてるとはいっても、日常のスピード勝負。思うまま、ざら〜〜とかくと、酷いもんです。
昨日、数十枚のハガキを書きながら、あ〜字が、字が〜〜!!!と、情けなくなってたので。
本の紹介なのにね、でも、この先生のは楽しいんですよ。
ん〜〜、へたくそなんで、そこ、おまけで見てやってくださいねっ!!!
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そう。
こんな風に、薄い文字と、自分で書く用になってます。あはは・・・
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もちろん、一字ずつの練習もありますが、歌の歌詞を書くんですョ。

世界に一つだけの花 未来予想図Ⅱ 氷雨 浪漫飛行 川の流れのように 君がいるだけで 天城越え
イノセントワールド 少年時代 どんなときも。 ラブ・ストーリーは突然に 昔からある場所
一番、心に響くあたりの、練習です。
ふふふ。時代でしょ。ちなみに、少年時代にでてくる場所。あちこち、実家の近くです。
疎開先。ですよ。

これは、鈴木暁昇 著 歌謡曲でペン字練習帳 翔泳社 です。
岡田崇花 小筆・筆ペン練習帳 日本文芸社 もあります。これは、水で何度も書けるシート付。

字は、自分の好きな字がありますよね。わたしは、ちゃんとお習字やった時間は短く、
父に「とにかく、自分らしくのびのび」と言われてきたので(涙)
字を見て選びました。

実用書もおせわになってるな。

そうだ。本カテゴリ、記録です。次にしとこう!

本音を言うと

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旅のおとも。やっぱり読んでみた。
伊集院静は、夏目雅子に、この人は作家になるべき人だと思うんですが、と言わせた人。

なるほど。と、思った。
無頼派には、全くついてはいけない私には、一生、魅力は分からなかっただろう人だけど・・・
いい女は違う。
ちなみに、彼が文中でかいてるいい女は、これまた、憧れても、到底なれなかった。

でも、ナガク生きてきた、いまなら、
わかる気がする。
なりたい、気がする。

道徳や法律や宗教上の善悪で区切られる生き物ではなくて、
ただ、生まれて死ぬものとして生きる、人。

時代や国で、変わる軸ではなく、
口にしない選択、自分でもわからずにやっている生き方が、
それぞれにあるとおもってはいたし、そう今もおもっているが。
近頃、年齢のせいかよく考える。
胸が痛くなって、あら?わたし、どうなるの?なんて初めて思ったせいかもしれないけれど。

残りの人生を想ったとき、終息を図るのも、手だと思う。
ある人は、後、あって、十年二十年。もう、めんどうだからこのままで。といった。

残りの人生を想って、やりたいことをやり遂げるのも、手だと思う。
ある人は、もう十分譲ってきたから、「カエル」と言った。

選べない。という人も、選ばない。という選択をしていると思う。
「自分」の人生を選んだ人は、選んだという幸せ、というか、なにかあると思う。
ほんとうに、それぞれだ。

私は、いつも、選びたい。いまだに、選びたい。
ピンボールのように、最後の穴をまだ、はねながら探している。
いまだ、はねている。はねていることを、幸せと思う日もくるのか。

わたしは、父の子だ。と、血を感じる時がある。
やりたいことは、おおよそ、自分ができる限りはやってきたつもりだ。と言っていた父は、
平均年齢を超えそうなころ、少し心細げなことをいった。
超えたら。
今は、やりたいことが、沢山あるから。まだまだ、だなぁ。という。
父は、やるだろう。やり続けると思う。
未来を語る父は、いい男だと思う。わたしも、父のようになりたい。

甘えることができたら、完璧なファザコンだっただろうが、
それは、させてくれなかった。
そのポジションは、母が譲ってはくれなかったから。
母が入院して十年。
はじめて、父とは、少しずつ、すこしずつ、距離を縮めている感じだ。
その分。後悔がへる。

いや、昨年秋には。
このままの父でいい。このままの母でいい。と思った。
大人と、大人に、初めてなったとおもう。
父とも、別れの準備の時間をたくさんもらったんだとおもう。

blogを書かなかった時間に、感じたことのひとつ。
父は、ずっと、受け入れてきた人で、
母は、ずっと、受け入れられなかった人だ。

母の長い入院は、私に、親との別れを意識させ、
生きる。を見つめなおす、長い期間をくれた。

「別れる力」 伊集院静 講談社

短い、色んな別れについてかいてある。
つまりは、生きること、についてだ。
人より面倒くさいところのある私は、とっくの昔に自分で学んで知っていたことも、書いてあった。
知りたくもなかったのに、気が付いてしまったことも、たくさん書いてあった。
知らないふりしてきたことも、書いてあった。

『避けて通れない離別があっても、再び人は歩き出す。
その時に、目に見えない力が備わっているのが、人間の生で。
その力こそが、生きる原動力で、人間が持つ美しさでもある。
いずれ力になる』
とあるけれど。そんなことは、知っていたけれど。

本音を言うと、もう、いい。
どんな別れも、つらい。
そんな力はもう、欲しくないとおもっている。

本を見せてと言われて

先日、読み終わった本を読ませてほしいと、メールがあった。
いつも書いているように、いただき物は処分を任されていて、特に、色々回った後のものは、
お風呂で読む用のもあるくらいだから、捨ててくれたらいいと言われているので、
さし上げる事も全くかまわないのだが。
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京都から、こちらに持ってくるのに、荷物になるのでまずセレクト。
重いので文庫に限る。文字の小さすぎるのもダメ。
目が悪くなってからは読書量が追いつかないので、少し読んで、違うな。というのは、京都で処分。

わたしは移動中に読むので、一番長いのは、新幹線。さぁ、そうなると・・・向こうに持ってくときのもだめ。
そんなわけで、東京でお渡しするのは、
選ばれれて、タイミングが良くて、面白かったと思うものくらいしかないのだが。
そうなると、読書って、

公衆浴場、裸の気分・・・見ます?でも、これがわたし。でもないのよ。って感じの・・・あはは。そんな感じ。

「野心のすすめ」 講談社現代新書 林真理子 は、おもしろかった。

30代のクライアントさんには、勧めた。
なんというか・・・個性があふれてて、
少し年上の彼女の言うことは、ある意味、一部の人の言えない本音だと思う。
きつい言葉も並ぶけれど、その時聴く聴かないは別で、母なら、姉なら、言ってくれたらよかった。とおもう。
野心。という名の、向上心だった。
ただし、もう、今の年齢ではね。林真理子。という、やはり何かを極めた人って、凄いんだな。っておもった。

ぶ厚くて、持ち歩くことに躊躇して、数か月おきっぱなしだったのは

「彼女がその名を知らない鳥たち」 幻冬舎文庫 沼田まほかる

ああ。これは・・・解説で藤田香織が書評で「これを恋と言うならわたしはまだ恋を知らない」と記してしまった
とあるのが、一番納得する。帯の惹句の「それでも恋と呼びたかった」よりも、

長編ミステリというが、う〜ん。想像はしていたのだが、想像を超えたし、ああ。なんというか
…切ない。
主人公が終わりのあたりで、たった一言、ある人を肯定する文字が・・・よけいに、くるしくて。
人はどうして、そこを見て生きて行けないんだろう。

沼田まほかるさんの名は、見かけていたのだが、彼女は2004年ホラーサスペンス大賞受賞デビューで、
56さいで新人賞受賞なさってるそうで。
そうか。それなら、納得。
33歳の主人公と、15年上の人と住み始めて六年という設定の中進んでいく話なのだが、
女性の気持ちも、年上の人の気持ちも、分かるし。分かるって、痛いし、苦しい。

まるで自分が・・・っておもうと・・・くるし・・・あれ??
ええ!そう!
これが、わたしが、恥ずかしくなるあたりなんだとおもうんだな。

この本がおもしろかった。と書くと、
あの描写や、あのあたり・・・まるで家族でテレビを見ている時に、
「・・・・」「。。。こほん・・・」ってなってしまうような、気まずさを感じるんだなぁ。
私の、プライベートを、どうぞどうぞ、って言える辺りと、
いやそこは、えっとですねぇ、勘違いしないでほしいんですが!なんて、言いたくなるあたりと。なんだよなぁ。

「変わるものと変わらぬもの」 文春文庫 遠藤周作 初出産経新聞 文庫1990

これは、ほんとうにおもしろい。って言うか、全く古くない。狐狸庵先生、懐かしい。
珈琲のこまーしゃるにでてらした?少し髪が薄くて、眼鏡?

髪の事も凄く気にして、あれこれやったけど、諦めたけど、諦められなくて・・・なんていう章もあったけれど。
ああ。今なら、せんせ!モテますって!心配なさらないで!!って、言ってさし上げたい。
本当に先生、魅力的!旦那さんだったら良かったのに〜〜!(あら、先生、愛妻家だわ。ちぇ)
「話の幅のある人って、いいわよねぇ〜〜」なんて、友だと話してもりあがる。

海と毒薬 沈黙 等、遠藤周作を読んでいたのは、中学?高校の頃か。
いずれにせよ、まだ正義感のある、潔癖で、多感な頃だった。
でも。
いまならよくわかる。
この平凡な、クスッと笑わせてくれたり、まぁまぁ、っていさめたくなるような
普通のオジサンの中にこそある、その深くて重い、何かを。

そういえば、
池波正太郎が亡くなった時も、大泣きしたなぁ。絶筆の文字が辛くて。
池波正太郎も、エッセイを書いておられたから、なんだか、近所にいらっしゃるような気になってたな。
鬼平犯科帳の中の、悪人側から見た話は、なんというか。衝撃だった。
ひょいと、日常に溶け込んでる普通のオジサンの頭にある世界。

本の世界、あるいは今は、HULUでボーンズの140話辺りまで見てるので、長い長い海外ドラマでもそう。
どっぷりつかって、すっかりその世界の住人みたいな楽しみ方をするんだけど、

わたしは、人に興味があるから、作家さん自身をみたいとおもってるって、思う。

なのでというか、だからというか。なによんでるの?って聞かれると
それは、クラスで「どの男子が好き?」って聞かれてるような、やっぱり、恥ずかしさがあって。

みんなの好きな○○君あたりならいいけれど、
私だけが知ってる、△△君とは、言えない。△君の魅力にみんなが気がついて
△△君っていいよね〜、なんて先に告白された日にゃ、もう、目も当てられないから。

大人の流儀 3 別れる力 講談社 伊集院静と
最後の恋 女流作家たち・・・叱られる力 阿川佐和子…あたりは、
東京まで持ってきたけれど、もう、読まないだろうなぁ…
ここらは、みんな納得、みんなが好きな○○君。だもん。

いただいた本は、セレクト段階で、一次選考。東京に持ってきて、二次選考。
最後まで読めたら、それは、お見合いしたみたいなもので。
そのなかで、良い出会いもあるわけだけど。

自分で探す本って、ある日カッコいい先輩を見つけたみたいに「カッコいい!」って、大騒ぎ。
とりあえず同級生に宣言はしてみて、なんとか、みんなにも、素敵すてき!って分かってもらいたくて。
でもね。ある日、卒業式がきて。

ほんとうに恋した時のような本は・・・
やっぱり、まずは、親友に打ち明けるよね。どんなに魅力的か、語りたくなるもの。ふふふ。

で、本棚におさめる。そばにある事に、満足。でも、読み返すことは、ほとんどない。
何度も読み返したのは、
恋ではなく、親友のようだった赤毛のアンや大草原の小さな家、リンバロストの乙女とか。

恋のようだったのは・・・
山本周五郎や池波正太郎、もちろん、遠藤周作、都筑道夫あたりは、若い時の私の側に
ずっと一緒にいてくれて。
最後は、ある日、もう読み返すことはないなって、処分したんだけど・・・
って、くりかえし?
あら。恋バナみたいになっちゃった。アハハ。

小さい頃から読んできた本は、少しずつ、わたしの中に溶けてしまっている。私になってる。
本を見せて。
っていわれると、わたしを見せるみたいで、ものすごく恥ずかしくなった。みたい、だな。

なんて、書いてるけれど。
昔から、記憶力はたいしてない。悲しいかな、容量が小さい。
記憶の仕方の種類によって、大きいものもあるのだが、欠落してる部分すらある。
年と共に、その器の特徴は顕著になった。
だから、
読んで覚えているよりも、
ただ感じているような、そんな読み方をしてるというだけだ。

「僕らの側にはいつも本がたくさんあった」って。
まさかの、本を書く側にまわった息子達が言った。
息子が思ってるよりも、ずっと沢山、見えない本があったんだよ。って、そんな風に思ったりもする。

ナメテタ

久しぶりの、12時間長旅のおとも。
いただいたもの。

イメージ 1

新宿につくまで、ようやくギリギリ読み終えて、処分した。

言葉の持つ意味の曖昧さ。
気持ちが分かる。と、思うことの、不確実さ。確かめるすべのなさ。

はぁ。そっか。そうね。うわー、こうくる。

選者の評が先にあるのが、苦しい。

自分のペースで読む文章は、
流れてく画像と違って、
見ないふり、感じないふりしてることと、向き合わされるな。

小説の中に、傍観者のようにいながらにして、頭のどこかは、
同時に自分物語の、傍観者になってるきがした。

もうすぐ駅。成人式の振り袖姿の娘さんたちを眺めながら、
こんな時期が自分に本当にあったのかしら?と、いぶしんでる。

いや、いや。
これは、小説の力だ。
違う、違う。

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