ダリアの髭

慌てる事もなさそうだけど身の振り方を考えておかないとね。

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高知、武田の里と勝頼公




   車が中津渓谷から高知市に向け走り出すとまもなく

   仁淀川町大崎に差し掛かります 

   と・・・右手にある大きな絵地図が目に飛び込んできます。

   大崎郵便局を過ぎてすぐ、駐在所の向かい位の所です。

   武田の里・大崎の陣そして武田勝頼公墓所とも書かれています。

   高知、仁淀川町に武田勝頼の墓って???  ハテ〜〜〜。

   武田信玄公の四男で武田家の統領となった勝頼公は
 
   長篠の戦で敗陣した後に織田軍に攻められ

   味方の小山田氏や穴山氏などの裏切りもあって

   武田家の墓のある天目山に逃れる途中に

   確か景徳院で自刃したと聞いていましたが

   なぜ、高知仁淀川に沿った町、大崎に墓が ・・・・ あるの?




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   武田家の家紋の武田菱でも花菱でもなく剣花菱が描かれた武田勝頼公墓所とは?

   旅の途中ですが   

   こちらのお宅にお邪魔してお話を伺う事になりました。




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        織田軍に攻められ景徳院で自刃したかに見せかけて

        甲斐の国を後にした武田勝頼公は嫡男信勝や三枝夫人と

        この大崎に辿り着いたのだとか 

        そして大崎玄蕃と名前を変えこの地で64歳の生涯を閉じたようです。

        影武者が何人か居たという信玄様のご子息勝頼様ですから

        さもあらんと納得のいく話ですよね。ネ‼ 




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      ↑鳴玉神社には武田勝頼・三枝夫人の墓があります。




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      また勝頼公のご子息の信勝公は道を挟んだ向かいの丘に

      山の神として祀られその傍には武田一族の墓もありました。↓




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     勝頼公が建立した大崎八幡宮には行かれませんでしたが
 
     武田の史跡を案内して下さった岡林さんは

     甲斐の国から勝頼公に追従した神官の末裔であられ

     神官として大崎八幡宮を今もお守りしているのだそうです。

     未だに読んではいませんが甲陽軍鑑という武田家の歴史を書いた本があります。

     史実とは違い相当に美化されたものと聞いています。

     まあ、400年以上も前の事ですから事実は誰も分かりませんしね。

     悲運の武田勝頼公が大崎に逃れここで生涯を閉じたという話に

     武田の歴史も知らない情けない甲州人ですがしばしほっこり  ホッツ!

     だって甲陽軍鑑の記述とは別に織田方に残る甲斐攻めの下りには

     疲労困憊し田野を彷徨っていた勝頼公は名もなき兵士に打たれ

     甲冑から勝頼公と判明したのは後日の事とか

     これはね〜どうなんでしょうか ・・・・・

     そうそう、首実検とかもあったようですが

     甲斐から京の都まで何日かかるのかな、車もないし高速道路もないしね

     当然変化してますよね、お顔が・・・

     やっぱり影武者だったって事もあり得るんじゃ・・・    

     まあ、いろいろ分からない事は多いのです。400年以上も前の事なんですから、  

     そうそう、いつの時代の物かは分かりませんが我が家には

     武人を描いた古い掛軸で天正2年と記されたものが

     文字も読めなくなった襤褸のごとき曼荼羅と一緒に古い木箱に保管されています。

     でもね、果たしてこれが天正2年に描かれたとは信じ難いのです。

     だって描いているのを見た人がもう一人も居ないのですから  ヘヘヘ

     と、言う事で玄蕃さんは三枝夫人とカツオのたたきなんかを肴にして 

     たまには甲斐の国を思い出しながらネ‼  バンシャクナドシテタ 

     何はともあれ、戦火を逃れ大崎で幸せに暮らして居られたと知って
       
     ずっと心に掛かっていた黒い雲が吹き抜けて行った気持ちです。 ホッツ!     

    (以上は慣れないスマホを使って写真を撮りましたのでお見苦しいですがご勘弁のほど
     よろしくお願い致します。)    





             さて下の写真は勝頼公が自刃したと言い伝えられている山梨県田野村に

      天正10年、徳川家康によりに創建された景徳院古くは田野寺と呼んでいたそうですが

      その景徳院の山門、立派な造りです。    

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       境内から山門の入口方向を見るとこんな感じ・・・立派ですね。

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       木立の中の甲将殿

       甲将殿の近くには勝頼公、北条夫人、信勝公の生害石があります。

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      甲将殿、賽銭箱の武田菱

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   本堂の裏庭の池

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勝頼公のお墓のある景徳院の写真があった事を思い出したので写真を追加しました。







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