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大東亜戦争で敗れ、日本に乗り込んで来たマッカーサーは米陸軍元帥となり、
占領軍総司令官として日本もフィリピンと同じ占領政策を踏襲して独立後もアメリカの支配下に置くべく、
このマッカーサー製作のフィリピン憲法を日本文に直ちに翻訳し、これを日本政府に強要して来た。
日本側はこれの修正を加えて何とか明治憲法に近いものに加筆しようとしたが、
マッカーサーは受けつけず、「もしこれを拒否するならば、天皇の命を保証しない」と脅迫して来た。
そこで日本政府は涙をのんで受け入れざるを得なかった。当時、憲法学者であった清水澄博士は誠に申し訳ないとし、
この憲法発効の日に自決して国民にお詫びしたのである。日本もフィリピンの占領政策は同じで、
独立後も実質的にアメリカの支配下に置かれ、手も足も出ない状態に置かれたままである。
当時、日本人は、この強制日本憲法を「マッカーサー憲法」と呼び、軽蔑していた。
その後、日本の左翼の洗脳政策がはじまり、矛先が「マッカーサー憲法を」「日本平和憲法」と呼び、
この歴史背景を知らぬ戦後の若者の頭脳の中に沈積させるという悲しい結果となってしまった。
これが日本国憲法(マッカーサー憲法)の歴史的背景である。
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ミノミノです。 このGHQの制定した憲法はGHQ統治終了後米国側は日本は当然憲法改定するであろうと思っていたそうですが日本国民の戦争に対するアレルギーと平和憲法という金科玉条の呪縛に誰も手をつけることが出来ませんでした。米国も無理に変えなくてもという思惑はあったでしょうが 私はむしろソ連コミンテルンの謀略が大きかったのではと思っております。私のブログで昨日岡崎久彦氏の論説の紹介と同時に コミンテルンの謀略について小生なりの意見を述べさせて 戴きましたがコミンテルン謀略説はどう思われますか?
2006/9/4(月) 午前 11:50 [ minominopmg ]
共産党による情報操作は、昔からされいますね。日本の左翼もそれに踊らされて・・・平和憲法なんて、左翼や共産党には、とても都合のよい憲法ですから。マルクス・レーニン主義の一つ、価値観の違う人間は殺してもOK、というか殺れ!って言う考えがあるのでその為には、手段を選ばない怖さがありますね。今は、中国共産党は、大人しいですが・・・まだ日本を征服する野望を捨てていませんしね。中国の軍拡が終了すれば、動き出すかもしれません。
2006/9/4(月) 午後 8:45 [ dar*_*hou*_da*k ]
はじめまして、るいじです。日本の敵は、社会主義・共産主義だったのになんでファシストと手を組んだのか?共産主義の流入を防ぐための満州の壁を作ったはずでしょ?中国は、北京オリンピックが終わったら動く可能性は有りますんね。その辺り(その前からかも…。)で景気が下降気味に成るはずですから。
2006/9/5(火) 午前 1:40
こんにちは。ドイツとの同盟は、日本の中でも反対意見が多かったらしいです。アメリカが進めていたオンレジ計画・・・日本包囲網によってイギリスとの同盟を破棄させられ、追い詰められた日本は、ドイツと同盟を組むしかなかったと言われてます。アメリカは、第一次世界大戦後から日本を疎ましく思っていたようです。
2006/9/5(火) 午後 9:30 [ dar*_*hou*_da*k ]