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講和会議が始まってから3日目の9月6日、ジャヤワルデネ蔵相はセイロン政府代表として、次のように演説した。
「アジアの諸国民はなぜ、日本が自由になることを切望しているのか。それは、アジア諸国民と日本との長きにわたる結びつきのゆえであり、また、植民地として従属的地位にあったアジア諸国民が、日本に対して抱いている深い尊敬のゆえである。往時、アジア諸民族の中で、日本のみが強力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ友邦として、仰ぎ見た。私は前大戦中のいろいろな出来事を思い出せるが、当時、アジア共栄のスローガンは従属諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インドネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されることを希望して、日本に協力した者がいたのである」
戦前の日本は、西洋の価値観が暴力的に世界を席捲する中にあって、唯一東洋において民族の誇りを失わず欧米列強に対抗した国だった。日本はスリランカにとってイギリス植民地主義打倒への勇気と希望を与える存在だった。
大東亜戦争中、セイロンの首都コロンボや北東海岸のトリンコマリー港には、戦略的イギリスの海軍基地があり、日本軍の空襲の対象となった。コロンボの精神病院の建物やトリンコマリーの石油設備が被害を受けたが、氏はこう演説した。
「セイロンの私たちは、幸い侵入を免れたが、空襲により引き起された損害、東南アジア司令部に属する大軍の駐屯による損害や、セイロンの主要産品の一つであるゴムの大量採取による損害を請求する資格がある。しかし、私たちは日本に賠償を求めようとは思わない。なぜなら私たちは、その教えが無数のアジア人の生涯を気高いものとした、かの偉大なる教師・釈尊の″憎しみは憎しみによっては消えることはなく、愛によってのみ消えるのである″との言葉を信ずるからである。」
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学校では絶対教えてくれないお話です。大東亜戦争は日本の侵略戦争だなどという事ばかり強調されますが、東南アジア諸国を先に侵略している欧米諸国からの開放戦争だと一般の兵士は信じて戦っていたんじゃないでしょうか。あの戦争が無かったら今でも欧米の植民地のままかもしれませんね。朝鮮にしても日本の統治時代の日本の事を悪い事ばかり学校で教えてる様ですが、日本がいなかったら北欧諸国の様にロシアの植民地になってもっと惨めな事になってたかもしれませんね。
2006/10/4(水) 午前 6:30