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原発さえなかったらーー被災地の時間は止まったまま
(雑誌「創」2014年1月号から転載)
視察旅行の終りに、浪江の「希望の牧場」に寄り、牧場主の吉沢正巳しとお会いした。
吉沢さんの牧場は、阿武隈山中にあって、原発から約14キロの距離にある。線量は高く、牧場内は低いところでも、0・40マイクロシーベルトはある。高いところでは4・0マイクロシーベルトもある。いまも周辺の森や林は、ところによっては10マイクロシーベルトもある高濃度被曝地域だ。
原発爆発後、国から瀕死時地域に指定され、約300頭もいる牛を殺処分して避難するように指示された。
吉沢さんは牛たちの殺処分を拒否、避難もせずに被曝覚悟で、牧場に残って牛の世話をした。牛は被曝しているので、売り物にはならない。だが、吉沢さんは牛が死ぬまで飼い続けるつもりだ。
「なぜ、みんな国や東電に怒らないのか。この国を変えようと声を上げないのか。暴力ではなく、言論による民衆の力で政治を変える。『原発一揆』を起こそう」
吉沢さんの言葉は穏やかだが鋭さがある。私たちの心に痛いほど突き刺さる。
牛は生かし続けることで国や東電がやったことの生き承認とする。その牛にも次第に放射能の影響らしい兆候が出始めている。これまで100頭ほどの牛が死んだ。
吉沢さんも被曝している。いつか、その影響は出るだろう。
「あと5年、おれはがんばる。おれは牛と運命をともにするよ」
吉沢さんの命懸けの決意に、私たちは頭が下がった。私たちは何とか吉沢さんに応えなければならないと心底思った。
別れ際、牛たちは牧草を黙々と食みながら、私たち私たちを穏やかな目で見ていた。
私は吉沢さんの「希望の牧場」に、ひとつの光明を見た思いで帰途についた。
※ 吉沢さんの思いについては、針谷勉著『ゲンパツ一揆警戒区域で闘い続ける〝ベコ屋〟の記録』(株式会社サイゾー)が詳しい。
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経済成長の裏側には必ず負の犠牲が伴う。
江戸時代と明治、大正、昭和と日本は高度成長を目指し
その反動で社会生活は人間が暮らす安心まで奪っています。
電気は必要ですが、あまりにも無駄な電気消費なは目を向けず、電力会社は値上げを国民に負わせ、企業の存続を当たりませのような経済を作りあげた。
全てが電化された社会に、実際必要な電力はかなり
削減できる。福島の原子力発電所の災害は後何百年も続くことが、企業も国もわかっていない。
経済成長が人間の幸福=にはならない。
[ kakekomi_jinjya ]
2014/3/20(木) 午後 3:22
まさにその通りかと思います。永遠とも思える福島の放射能の影響は、不可視のものだけに語り継がなければならないと思います。
[ 脱原発文学者の会 ]
2014/3/20(木) 午後 6:24
脱原発文学者の会さん、こんにちは。当方のブログにお越しいただきありがとうございます。工夫次第で、原発がなくても大丈夫な気がしています。
[ 葛段審 ]
2014/8/20(水) 午後 6:13
葛段審さん、コメントありがとうございます。承認が遅くなりすみません。無駄をなくすことはもちろんですが、無理をしないで悠々と過ごすことが、環境にも生活にも優しいのではとも思います。
[ 脱原発文学者の会 ]
2014/8/24(日) 午前 8:25