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脱原発社会をめざす文学者の会
原発事故を風化させないために

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会報2号

渡辺一枝トークの会『福島の声を聞こう!』を聞きに行く
                            志賀 泉
 
「文学者の目的は歴史を創ることではない。歴史を生きることだ」(映画『最後の人間』)
 原発被災地に入り自分の眼で現場を見ても、人は自分の見たいようにしか見ない。自分の聴きたい話しか聴かないものだ。
 被災者は常に多種多様なジレンマを抱えて生きている。これが真実、これが正義と割り切れるものではない。ジレンマを枝葉末節として刈り取れば歯切れのよい主張も出来そうだが、文学者の仕事はむしろ、枝葉末節をいかに拾うかに掛かっているはずだ。
 原発事故関連の講演会や記録映画上映会があれば出来るだけ参加しているが、混乱した頭を抱えて帰ることも多い。被曝の危険度にしても、除染の有効性にしても、復興計画にしても、現地の声と外部の意見は乖離している。見方によって何が正しいのかはころころ変わる。けれど僕はその混乱にあえて答えを出さずにいる。混乱を生きることが、僕にとっての「歴史を生きること」だからだ。
 八月三十一日、神楽坂セッションハウスで開かれた渡辺一枝トークの会『福島の声を聞こう!』に参加した。一枝さんが被災当事者をゲストに招き、話を聞く会だ。十二回目のこの日は趣向を変え、南相馬市でボランティア活動をしている東京出身の若者がゲストだった。ちなみに南相馬市は僕の出身地だ。
 畑仕事からライブ演奏まで「何でも屋」の通称かまけんと、全国から手紙を集めて被災者に渡す活動を続けている小山謹子さん。二人に共通しているのは、被災者/支援者の垣根を越えて人間同士のコミュニケーションを築いているところだ。二人の報告には僕の両親が暮らしている仮設住宅も出てきて、元気な婆さん達の話を聞くのは楽しかった。
 しかし陽気で闊達な婆さんも夜は睡眠薬なしでは眠れないという。かまけんは「笑ってねえど死んじまう」と、婆さんが洩らした本音を聞いた。切実な言葉だ。マスコミが報道する被災者の姿は一面でしかない。しかし悲劇のみを強調するのも同様に一面的なのだ。
「フクシマの真実」などと言うけど、「真実」なんてないことは現地にいればわかる。小山さんはそう語った。それは僕も以前から考えていたことだ。自分のアイデンティティーのため、所属する団体のために自分の「真実」をぶつけ合っている。それでは進展がないという彼女の意見に、僕は強く賛同する。
 
 
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「会場で買った仮設住宅の婆さまの手芸品」
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