ここから本文です
脱原発社会をめざす文学者の会
原発事故を風化させないために

書庫全体表示

記事検索
検索
すべての「仏たち」のために
岳真也

少年のころから私は山が好きだった。「岳」というペンネームも、それで付けた。山が好きで、自然が好き。自然を破壊するものは、何もかも嫌いで、ゴルフなどは絶対にしない。
「脱原発」はだから、私にとっては必然なのだ。あの三・一一の東日本大震災で福島第一原子力発電所が大事故を起こしたときも、「あーあ言わないこっちゃない」と本気で思った。何となれば、それより五年も前の二〇〇六年に刊行された物理学者・広瀬立成氏の著書『空海とアインシュタイン』のなかで、広瀬氏はすでに原発の「超」危険性を見通し、福島での惨事を予見している。
「放射性廃棄物は、標準的な原子炉において年間におよそ一トンとなるが、これは広島の原爆が放出した放射性物質の一千倍に相当する」
現在停止している日本の原発が全部稼働したならば、いったい、どういうことになるのか。
大震災、またそれに伴う原発事故のおりに日本の最高責任者(首相)だった菅直人氏は、たまたま広瀬氏と同じ東工大の出身だが、彼はあのとき五千万人、すなわち日本の人口の半分の避難を覚悟したらしい(二〇二〇年のオリンピック開催地、東京も含まれている)。
結果としては、そうまではならなかったものの、福島第一原発の近隣に住んでいらした方々の苦難の様は想像を絶する(それは今もつづいているのだ)。
すでにあちこちで書いたので、ここでは詳しくは語らないが、昨秋、他の「脱原発文学者の会」の面々とともに「避難区域」の浪江町、そして南相馬市の小高町をおとずれて、いっそう私はそのことを実感させられ、脱原発・反原発の思いを強くした。
さきに広瀬氏の本を紹介したのも、一つにはそのせいなのだが、私は現在「大法輪」誌に弘法大師空海関連のエッセイを連載している。空海の宗教・思想の骨子は「即身成仏」。これは人はだれしも、しかも今すぐに「仏」になれるということだ(と私は解釈している)が、空海の言うのは、じつは人間ばかりではない。
鳥獣虫魚、生きとし生けるものことごとく、それどころか、空や海や川、山にも、そこに転がる一欠片の石ころにさえも、仏性は宿っている。
何人にも、何物にも、それらを破壊する権利などない。
ひとり人間社会のためにだけではなく、この地球上のすべての「仏たち」のために、私は声高に叫びたい、ノーモア・ゲンパツと。

福島原発災を忘れぬために  森詠
東日本大震災と福島「原発災」が起こってから、早三年三ヶ月が過ぎようとしています。
東日本被災地の復興は遅々として進まず、福島原発事故はまったく収束のメドもついていません。いまも福島原発の放射能汚染水は増える一方で、海に垂れ流さざるを得ず、「アンダーコントロール」されていないのが現実です。
哲学者梅原猛さんは、この東日本大震災と福島原発事故を「文明災」としました。広く人類史や文明史を考える上から、東日本段震災と福島原発事故をそう捉えたのでしょう。
福島南相馬在住の詩人・若松丈太郎さんは、福島の原発事故を「核災」と名付けました。若松さんも福島原発事故から核エネルギー開発の危険性に、さらには核兵器を廃絶するべきだという意味合いも込めて「核災」としたのだと思います。
私は、そうした梅原さんの「文明災」、若松さんの「核災」に共感します。まさに、その通りだと思います。
その上で福島原発事故を、あえて私は狭義に捉えて「原発災」としたい。一度、原発が暴走すれば、自然環境を放射能で汚染し、人や動物、あらゆる生き物に破壊的な被害を与える、そういう意味を込めての「原発災」です。
福島第一原発事故は、スリーマイル島原発災やチェルノブイリ原発災と並んで、深刻で重大な環境破壊をもたらした、人類が決して忘れてはならない原発災です。
一時は大きく盛り上がった反原発の声、脱原発を望む声は、しゃにむに原発を稼働させようという政府、官僚、財界の大攻勢の前に、次第に弱まっています。
私も決して福島原発災を忘れまいというつもりでいるのですが、普通の生活を過ごすうちに、時の流れとともに、次第に原発災の記憶が風化しつつあるのを感じます。
ここで福島原発災を風化させてはならない。
チェルノブイリ原発災により、盛り上がった反原発運動が衰退したのは、やはり、三年後あたりからでしだ。風化の二の舞をしてはならない。

二年前、文学に携わる私たちは、反原発、脱原発の声をあげるために「脱原発社会をめざす文学者の会」(略称・脱原発文学者の会)を立ち上げました。
反原発運動を応援し、文学者として、脱原発の声をあげ、いまこそ文学に福島原発災について書こう、というのが発会の趣旨でした。
脱原発文学者の会は、これまで何度か文学サロンを開催したり、地元を訪問したり、ブログを立ち上げたりしてきましたが、残念ながら、まだまだ力不足であることを認めねばなりません。
会員相互の話し合いもほとんどなく、いったいだれが会員で、何人の会員がいるのかも不明な状態になっています。やはり会である以上、会報を発行し、会員相互の交流を計りたい。会員相互の顔が見える会にしたい。
ブログの上では、一応会報がありますが、会員のなかには、ブログを見ない、紙の会報はないのか、という声も上がっています。なかにはネットは嫌いだから見ない、とか、やらないという人もいます。
そこで、あらためて会員の主張を世に訴えるためにも、賛同者を募るためにも、そして、会員であることを自覚していただくためにも、紙の会報を出したいと思います。
会員希望者は、ぜひ、入会手続きをお願いします。(申し込み用紙は別紙)
入会は無料。年会費2000円です。
会報は不定期ですが、年4回は発行したいと思います。
なお、会報への掲載原稿は、著者の了解をいただきブログにも転載します。
ドキュメンタリー映画『福島 生きものの記録 シリーズ2 異変』
鎌倉上映会
お話ー中村敦夫(俳優・作家)
2014/7/4(金) 18:30~21:00(開場18:15)
鎌倉生涯学習センターホール(鎌倉駅東口徒歩3分)
入場券;1000円 中高生;500円【取扱;島森書店 たらば書店 邦栄堂書店】
問合せと申込み;0467-24-0501(貞兼) 080-5544-5937(崔)
crossroadcafe_kamakura@yahoo.co.jp
主催:鎌倉・岐れ路の会、脱原発文学者の会鎌倉
「福島 生きものの記録」支援プロジェクト
後援:鎌倉市教育委員会

イメージ 1

原子力規制委員会の有識者調査団は14日、日本原子力発電敦賀原発2号機(福井県敦賀市)の原子炉直下の断層を検討する会合を東京都内で開いた。1月に実施した現地の再調査後では初の会合だったが、4人の委員は全員「活動性がある」という結論を変えなかった。調査団が「直下に活断層がある」と認定した昨年5月の報告書が見直される可能性は極めて低く、2号機は廃炉を迫られる公算が大きい。
(毎日新聞から引用)

原子力規制委員会
ページ名     :     敦賀発電所敷地内破砕帯の調査に関する有識者会合追加調査評価会合
URL     :     https://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/tsuruga_hasaitai/20140414.html


3  星空の村

 飯舘村は、現代の谷中村である。国や東電が本当に願っているのは、谷中村のような廃村だろう。次善の策は、帰りたい老人たちだけが帰還して、病院も保健所も介護 施設もない村で、自然死をしてくれるまで待つことだ。子どもを持つ壮年、青年層の村民たちが戻ってくる見通しはまずない。避難して三年が経過し、働く年齢層の人たちは再就職、他の仕事への転換を図り、再度の仕事場への復帰や転換はきわめて難しくなっている。酪農をやっていた農家の後継者のなかには、村に戻ってその仕事を続けたいという希望があるようだが、放射能汚染が解消されたとしても〝福島の飯舘牛(松坂に行って、松坂牛ともなっていたようだが)〟がブランドとして通用するには、数年どころか数十年を要するだろう。それもこれも、福島第一原発の事故が、安全に収束することが前提だが、それはどれぐらいの時間がかかるかは誰にもわかっていない。お先真っ暗、五里霧中の状態なのである。明るい農村の未来が切り開けるはずがない。
イメージ 1
飯舘村役場前


 陽が落ちると、飯舘村は真っ暗になる。星が空いっぱいに広がっているのが肉眼でもよく見える。北斗七星の七つの星も、はっきりと見えるのである。余計な灯りがないので、星空が戻って来た。いや、もともと飯舘村は星空で有名だったのである。惑星間観測所が山の上にあり、大きな電波望遠鏡が据え付けられているようだが、そこへの道は、大雪で裂け、折れた樹木で遮られている。星空への到達も、三・一一以降難しくなっているのである(人の手の入らない森林は荒れ放題だ)。
「ふくしま再生の会」では、水稲栽培の実験的な耕作を始めている。収穫された米にどれだけの放射線量があるのか。それは経年経過によってどんなふうに変化してゆくのか。刈り取られた稲わらを飼料とする牧畜は可能か。そうした前向きな復興のための実験も、国も自治体もまったく積極的に行おうとはしない。それだけではない。農水省や国土交通省、復興庁は、住民や民間団体のそうした調査や実験を敵視して、横槍ばかりを入れようとしているのだ。ビニールハウスによる水 滴耕作の実験も始まっている。汚染された農土を使わずに、栽培農業を復活させる試みだ。できそうなことは、やってみる。故郷の村に帰りたい人は、帰ればよい。そのための生活のフォローは、原発事故の加害者である国と東電が、無限責任の形で負わなければならない。水俣病の場合のように、加害責任のあるチッソが、国の支援を受けながらでも、最終的に患者さんへの補償、賠償を免れなかったように。ゼネコンや、腹立たしいことに、原発事故の責任を分有しなればならない原子力開発研究機構などに、除染作業を請け負わせ、数兆円の予算をばらまいていることに較べれば、何てことのない費用にしか過ぎないのに。
 もちろん、村から避難して、新しい土地で、新しい生活を始める(もうすでに始めている)人たちへの支援も忘れてはならないだろう。チェルノブイリの事故後、子どもたちの甲状腺ガンが現れたのは四、五年後のことであり、それも事故によるはっきりとした影響とはいえないと、御用学者たちは恥ずかしげもなく口走っている。まだ、三年しか経っていないから、福島県の子どもで甲状腺ガンが発生しているとしても、それは福島第一原発の事故に影響によるものではない。曲学阿世というより、これはまったく犯罪的な虚偽であり、デタラメだ。なぜ、子どもたちが、放射線作業に携わる専門家と同等の非常時の放射線量(年間20ミリシーベルト)の被曝を許容しなければならないのか。こうした基準を容認し、人びとを洗脳しようとしている人間は、児童虐待、子殺しの汚名の批難を受けても仕方がないのである。
 住宅の放射線量を測ってきたグループ、冷たい小雨のなかをビニールハウスを造っていたグループ、桜の林を植林するため に、地図や看板を製作するグループ、死んだ猪などの野生動物の血液中の放射線量を調べるグループ。「ふくしま再生の会」の現地本部である宗男さんの農家には、三々五々、作業を終えたボランティアの人たちが帰って来る。宗男さんの奥さんが、温かい肉じゃが汁を振る舞ってくれる。みんなで報告会をしてから、そ れぞれの車に分乗して飯舘村から離れる。
 車のテールランプが見えなくなると、飯舘村は、翌朝まで、神様と獣たちだけの、無人の闇の世界となる。
イメージ 2


これは二〇一四年三月二八日から二十九日にかけて、飯舘村に入り、「ふくしま再生の会」の人たちと出会った体験を記録したものです。同行した若林一平、椎野信男氏、「ふくしま再生の会」の田尾陽一氏、菅野宗男氏らの関係者に感謝します。
(2014年4月2日記)
脱原発文学者の会
脱原発文学者の会
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事