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空っぽの町ーー二年後の原発被災地を歩く
〈1〉 日本国憲法第22条は、国内での居住と移転の自由を謳っている。しかし、こうした憲法に違反した地域が日本のなかにある。福島県の浜通りの浪江町、双葉町などの九市町村だ。そこには、わけのわからない線引きが行われている。帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域、計画的避難区域である。
赤線でも青線でも、ABCラインでもいいから、もっとすっきりさせることができないものか。地元の役場の人間でさえ混乱するような、複雑な線引きだ。簡単に説明すると、災害対策基本法によって立入禁止とされるのが「警戒区域」(これは川俣町山木屋地区に残っている)。それを三種類に改編し、日中の出入りはできるが、夜間は宿泊できないのが「避難指示解除準備区域」。「帰還困難区域」は、文字通り少なくとも当分(十年か、二十年先か、誰にも分からない)は〝帰還〟できない区域で、原則立入禁止、「居住制限区域」は、立入はできなくはないが居住は無理という区域だ(やはり実質上、立入禁止)。
これらの区域に入るには、道路を封鎖した柵を通る許可が必要で、各市町村がその予算で雇用した民間のガードマンが検問している(彼らは、〝止まってください〟という赤い旗を持つ)。ただし、これは法令に基づかず、原則的には〝立入〟を〝遠慮願う〟というもので、住民であるとか、親族であるとか、その他の理由があれば、入域することは可能だが、これも本当は事実上の立入禁止なのである。
ややこしい説明をしたが、五月の下旬、山々に緑が溢れる季節に、飯舘村から南相馬市、浪江町の一帯を車で廻ってきた私にとって、現実的には、その一帯がすべて立入禁止の地域であり、日本の国土の一部が、すっぽりと空白地域となっていることを実感せざるをえなかった(私たちは、町役場の許可をもらって動いた)。
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2014年03月10日
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東日本大震災から3年が経ちます。
亡くなられた方に心から哀悼の意を表します。 被災された方たちのご苦労にも心が痛みます。 いまだ復興は遅々として進まず、様々な問題が残されたままです。 ことに福島第一原発の事故は最悪の状態のままです。 高濃度の放射能で汚染された土地は立入りもままならず、 あるいは入ることができてもそこでの生活を取り戻すことはできず、 ただ時間だけが過ぎていきます。 私たちは、この原発の事故を風化させてはならないと3012年10月に、 作家、編集者が中心となり、〈脱原発社会をめざす文学者の会〉(略称脱原発文学者の会)を立ち上げました。 ゲストを招いての勉強会や、メディアへの執筆などを積極的に行おうとするものです。 立ち上げのメンバー(世話人) 加賀乙彦(医師・作家) 川村湊(法政大学教授・文芸評論家) 佐藤洋二郎(作家) 竹内充(編集者) 宮内勝典(作家) 宮田昭宏(編集者) 村上政彦(作家) 森詠(作家) 山本源一(編集者) 活動報告をできるだけ頻繁に更新をしていきます。 |
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