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脱原発社会をめざす文学者の会
原発事故を風化させないために

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あの日から3年

3月11日、あの日から3年が経ちました。
なくなられて方々に、深い哀悼の意を表します。
また被災された方々の一日も早い復興を願います。

昨年11月に第1回の福島訪問をしたのですが、4月上旬に2回目の訪問を企画しています。

私たちは、脱原発社会をめざして不断の歩みをしていきます。
 たとえば、原発事故以前は、二万一千人の人が住んでいた浪江町は、現在の人口はゼロ、町役場の屋上から見た甍を連ねる町並みは、空っぽの無人の町だ。町役場の庁舎には、「避難指示解除準備区域」となったことから、〝帰町〟計画が立てられ、先遣隊として、四人の職員が、二本松市にある浪江町の臨時庁舎から派遣され、日中には常駐することになった。本庁舎前のモニタリング・ポストが示していた放射線量は、毎時0.138ミリシーベルト、除染結果によって、何とか人が立ち入れるまでになったのだ。
 しかし、空っぽになった町に町民たちが〝帰還〟してくることは、数年先でもまだ無理だろう。電気は回復したが、水道は復旧していない。町役場の庁舎でも、トイレは使えず、工事現場用の簡易トイレが、数基並んでいるだけだ。ガス・ボンベの配達も、ガソリン・スタンドも、営業再開のめどはまったく立たない。
 エレベーターが動かないので、階段で上った屋上からは、請戸の防波堤の崩れた先の岬に、福島第一原発の塔や白いシートをかぶせた1号炉がかすかに見える。そちらから、東南の風が吹けば、計測機の数値は、すぐに上がってしまうのだ。
 町のメイン・ストリートは、開店休業中といったような商店やコンビニ、レストランがあると思えば、崩れて、道路にはみ出した瓦屋根の建物が、そのまま残っている。地震、津波の被害の跡が、二年間、時間が停まったまま残っているのだ。もちろん、慌ただしく町を空っぽにせざるをえなかった〝原発事故〟は、数ヶ月間も、遺体の収集や処理さえも行わせなかった。生活インフラの復旧どころの話ではなかったのである。
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